13 まぶしい
賑やかな毎日が過ぎる。
たまに友人たちが「先生も一緒にどうですか」と誘ってきたが、男同士の遊びに自分が行っても彼らに気を使わせるだけだろう。
やんわりと断ると彼らも強くは誘ってこなかった。
ユーリスも「先生を困らせるなよ」と皆を叱り、引っぱっていく。
今年はユーリスと話す機会がほとんどない。夕暮れの散歩も、彼らがたまに池で遊んでいるところを邪魔しないように控えている。
こうやって次第に縁が薄れていった方がありがたいと、今日も読書や調べ物に没頭する。
のどかな毎日に、近頃は読書をしながらうたた寝をしてしまうのがクセだ。
話し声が聞こえる。外から?
「あーあ、うーらやましー。アーサーの奴」
「僕もルーシーちゃんみたいな娘と二人きりで遊びたい…」
「アーサーもあれで度胸あるよなあ。ユーリスに頭下げてルーシーちゃんゲットって…」
ああ、庭先で友人達が話をしているのか。
「セシリア先生誘ってみよっかなあ」
「あ、先生も悪くないよな。先生なんていうからおばさんかと思ったらまさか、あんな、ねえ…」
「ねえ…地味にしてるけど…ねえ」
(えええ?何?何ですか?まさかって、あんなって、ねえって、なんなんですか!?)
彼らは自分から何を読みとったんだろうか。
おばさんかと思ったら…大人にみえないとかおばあさんくさいとか?
地味にしているけど…ドジっぽいとか子供っぽいとか?
あたふたして理屈がおかしい思考になる。
(ぬ、盗み聞きはよくないよくない)
自分の評価なんて聞きたくないのもあって急いでそこから退散した。
「僕が悪いんです先輩。彼女は悪くない」
「違うわ!私が行きたいってわがままを言ったから…!」
エントランスホール付近から声がする。ルーシー・アンとアーサーの声。
そしてユーリスが腕を組んで二人を見下ろしている。
「じゃあ僕がなんて言ったか言ってみてくれアーサー」
いつもと違って冷たく低い声。こちらに背中を向けていて表情は見えない。
だがアーサーとルーシー・アンの青い顔が、ユーリスの表情を簡単に想像させてくれた。
「…敷地からルーシーを出すな、と言いました…」
「で、君はどうした」
「…昼だから大丈夫だと、村祭りへ連れていきました」
次の瞬間、アーサーの頬がはり倒され、彼は床に倒れ込んだ。
ルーシー・アンは小さな悲鳴をあげてかけより、それから殴ったユーリスを見上げた。
その顔は彼女が兄へ生まれて初めて向ける憎しみの顔だった。
「私が連れ出したんです、彼をだまして!だってそうでしょう?どうして私はどこへも行けないの!?その理由を教えてくれなきゃ大人しくしていられません!」
「ルーは黙っていろ!」
今まで彼女を怒鳴ることのなかったユーリスの声が響く。
「先輩、僕はだまされてなんかいません!僕が彼女を連れまわしたかったから…」
めげずに立ち上がったアーサーにユーリスの手が再び振り上げられた。
「やめ…!」
とっさに飛び出したセシリアは拳の威力をうけてしまった。
とはいってもかすったようなものなので倒れ込む程のものではないが少しくらくらした。
「せ…!?」
目の前に出てきて庇われたアーサーはもちろんのこと隣のルーシー・アンもユーリスも茫然としていた。
「…頭は冷えましたか?ユーリス様」
「どうして…?」
「話し合って下さい。お願いします。ルーシー様はまだ子供のようですが、大人になりかけているのです」
「……」
ユーリスはまだ茫然とセシリアを見下ろしていた。
今年初めて彼の顔をじっくり見るわ、とのんきなことを考えてしまう。
「あの、先生」
健康的なはずのアーサーが今にも倒れそうな顔になっている。
「すみません、僕なんかをかばって、本当に…」
「あなたをかばったんじゃありません。ルーシー様に暴力を見せたくなかっただけです。約束を守らなかった人を庇うお人好しではありません」
ぴしゃりと言われてアーサーは「はい…」と小さくなった。
「ユーリス様も。殿方同士の間をとやかくは言いませんが、守りたい者の前での暴力は、決してしないでください」
そう言ってしゅんとしているアーサーの腕を引く。
「ではアーサー様をお借りしますね、ユーリス様、ルーシー様」
「え、先生…」
ルーシー・アンは心許ない顔でセシリアを見つめたがそれに微笑みを返す。頬を動かしたので痛い。
「お二人でお話なさって下さい。きちんと。納得するまで。それまでこの方は私が預かります。お二人はアーサー様を煮ることも焼くことも共にいることも禁じます」
そう言ってカーライル侯爵のご子息の腕をぐいぐいひっぱりそこから立ち去った。
ユーリスはセシリアを殴った負い目で何も言ってこないだろうことを見込んでの行動である。
「い、いいんですかね。先輩、かなり怒ってたから話合いになるか…」
「…私もあなたにかなり怒ってるんですが。勝手に連れ出すなんて。ルーシー様になにかあったらどうしてくれるんです!?」
侯爵だろうがこの際関係ない。ようはルーシーを安心して任せられるかなのだ。この時点じゃ…
「失格ですね、あなた。まだまだぜんぜん駄目だわ…」
はーっと大きなため息をつかれてアーサーは半泣きになった。
「せ、先輩と同じ事言わないで下さいよー!」
とはいえ、ルーシー・アンがそろそろこうなるだろうとは思っていた。
あまりに閉じこめすぎではある。
何か事情がある。そう確信したから、頭ごなしではなく話し合ってほしかった。
「そりゃ、今回のことは僕がすべて悪かったと思っています。だけどあんなに元気に駆け回る女の子が新しい世界を知らないなんてあんまりだと思ったんです。もっと楽しいことがあるって知って欲しくて…」
「それは私だって同じ気持ちです。だけど、人の家にはそれぞれその家の事情というものがおありでしょう。一番ルーシー様を大事になさっているユーリス様がどんな思いでそうしているのかを知らないで独断されるのは身勝手というものです」
「……う」
「ユーリス様がどんなにあなたに期待を置いたかわかりますか?私だってそうですよ、あなたなら任せられると信じていたのにこんなにも早く裏切ってくれるなんて」
「…先生、けっこうキツいんですね…もっとはかなげかと思ってました…」
「はかないのは私が抱いたあなたへの期待です」
「…本当に!すいませんでした!」
貴族の坊ちゃんが体育会系ノリで謝ってくるので、セシリアも言い過ぎたかな、と反省した。
「そ、それはユーリス様に言ってください…約束してくださいね。ルーシー様をしっかりお守りすると」
アーサーの心根は認める。まっすぐだし、一生懸命だし、自分の間違いをちゃんと認める。
身分も申し分ない。
あとはもっとこう、確固としたものがあれば…
「ああ、でも不安だわ…」
「いえ!もう不安な気持ちにさせるようなことはしません!」
「ルーシー様は寂しがり屋さんなのに、私は来年でここを去らなきゃならないし、ユーリス様はずっと一緒にいられるわけではないし…一人社交界に放り投げられたらどうなってしまうのかしら…
あのようにお美しい花のような方ですもの、殿方は黙ってはいないだろうし、ご婦人方に嫉妬はつきもの、孤立されやしないかしら…」
さめざめと不安要素を上げていくと、アーサーの顔も重くなっていく。
だが、突然真っ赤になって顔をきっと見上げた。
「……先生、僕、決めました!」
「なにをです?」
「彼女に結婚を申し込みます!」
わあ。
セシリアは目がちかちかしたような気がした。アーサーのまぶしさに。




