12 四年目
翌年、ユーリスは6人の友人を連れてきた。
クラブの仲間だと言うだけあって、皆日焼けをし、体つきも大きい。
その中にカーライル侯爵の子息、アーサーもいた。その事にルーシー・アンは気絶するんじゃないかというくらいにあがってしまった。
「約束でしたからね、先生」
また大きくなったユーリスがいたづらっぽくささやいた。
そうは言いながら本当は自分が妹の嬉しい顔がみたかったんじゃないのかしら、と笑う。
アーサーは優しくルーシー・アンの相手をしてくれた。
というよりアーサー少年の方が顔が赤い気がする。自分の話にルーシー・アンがころころと笑うと本当に嬉しそうな顔をする。
それはそうだ。ルーシー・アンも13になった。
子供らしい愛くるしさから、開き始めた花のつぼみのように少女は娘へと変貌しつつある。
天使のしぐさはそのままに、少しずつ女性特有の輝きを見せ始めた彼女に見とれない者はいないだろう。
他の級友たちは何度も天使の兄に耳をねじられ「鼻の下を伸ばすな手を出せば川へ沈める」とセシリアは聞いたこともない物騒な小言を言われた。
彼らみんながルーシー・アンを褒め、セシリアは何故か鼻が高い気分になる。
(それにしても…)
ユーリスの同級生も一つ下のアーサーも、皆ユーリスより幼く見えてしまう。体つきはそれなりに大きいが、子供のようだ。
名門校といえども校門から出た男子集団はこうなるのか。
ユーリスが落ち着きすぎなのか。
「あ、初めまして、僕ジュードと言います!趣味は相手を2,3人タックルできること…」
「そりゃ俺の特技だ!どうも、レイです」
「あ、あなたがセシリア先生ですか!お会いできて光栄です、俺の名は…」
「こんなやつらはどうでもいいんですよ!僕の名前さえ覚えておいてくれれば!僕の名はリアムでスペルは…」
がやがやいっぺんにかかってこられてセシリアは「は、はあ…」と笑ってごまかすしかなかった。
誰が何を言っているのかわからない。
なんだかわからないうちに取り囲まれてわいわいされていたが、慣れてくると皆明るくて楽しい人たちばかりなのがわかってきた。
はしゃぎまくる子供っぽさが動物のじゃれあいみたいでセシリアは笑った。
「グレイス。うちのところの石鹸てあるかな」
「ございますよ。おいくつほどでしょう」
ユーリスが言っているのはライベッカの領地で獲れるハーブ系植物を使って精製した石鹸のことだ。
この地方でしか植生できないハーブも混合され、都会では評判の特産品である。
「そうだな、とりあえず…」
「おっ、なんだユーリス。お土産か?」
「アライアちゃんにだろ。バレバレだぜ。女向けの土産に石鹸って」
「頼まれたんだししょうがないだろ。おまえらも必要なんじゃないのか?あ、必要ない?」
「しねー!」
わいわい騒ぐ男子生徒たちの会話に女の子の名前があった。
(当たり前。年頃なのだし、都会だと綺麗な女性がいっぱいだし…うん、気にしていない)
一年の成果を確かめながらも、会話をそれ以上耳に入れたくなくてそこから離れる。
皆のどかな景色に大はしゃぎし、ユーリスの案内で川へ向かった。
ルーシー・アンはもちろんアーサーと二人きりにさせてやらなければ。
当たり前のように自分を誘ってくる教え子に、
「駄目ですよ。来客をうまくおもてなしするのも貴婦人のたしなみです」と言ったが、「ご指導お願いします」と気弱そうにすがってくる。
「ルーシー様、ご自分に自信をお持ち下さい。あなたは誰よりも輝ける素敵な方です。いつもどおり、ありのままで十分ですわ」
そう言ってにっこり笑うと不安が消えたようにルーシー・アンがぱっと微笑んだ。
可愛らしいカップルがいなくなり、屋敷が静かになる。
今年からはこうやって静かに過ごすのね、としみじみ感じ入った。
書庫から数冊本を持ち出してゆったりと読書にふける時間も嫌いではない。
涼しい風が入り込む部屋で冷茶を飲みながら本に目を通す。
今のところ、心にさざ波はない。ユーリスが友人達を連れてきたおかげで賑やかさが逆に心を平穏にさせる。
教師の契約はあと1年。
それが終われば社交デビューの準備に1年かける。
その1年は専門の行儀見習いが付き、ダンスやサロンへの挨拶など、都会へ出ることになる。
(…普通は3年くらい時間をかけるものだと聞いたけど…)
いつも思う疑問。かのご主人様はそれほどまでにルーシー・アンをほおっておきたいのか、社交界で恥をかかせたいのか…
悪意のように思えていたが、ここにきて4度目の夏、何か別の理由があるように思えた。
セシリアのいない冬の間に伯爵様は長男を連れてここを訪れるようだが、グレイスたちの話を聞いても一週間に満たない滞在だという。
荘園の管理の仕事を同行した執事と共にささっとこなし帰っていく。
その話以外で女中やルーシー・アンから、父や長男サイラスの話をほとんど聞いたことがない。
話す事柄が皆無なくらい交流がないのか。
(なんなのかしら…)
むやみに雇い主のことに首をつっこむ気はない。だがルーシー・アンのことが気がかりになる。




