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時を超えつながる

「魔性の令嬢」と呼ばれた娘の婚姻の儀は何ごともなく無事に終わった。


 レセプションで招待客に挨拶をしながらニーナはスキャンダルを待ち望む人達の期待をきれいに払拭したという満足感で笑いたくなる。


 娘の不名誉な噂を消すだけでなく、新たな噂を提供することで自分達への注目をそらした。そして婚姻の儀が無事に終わったことで娘の噂は面白味がないとこのまま消えていくはずだ。


「本当にきれいだったわ。あの小さな女の子がとても立派な淑女になって」幼馴染みのアガサがうっとりした顔でニーナに話しかけた。


「若い頃は日頃よく会っていて私が成長した姿を見ているのに親戚や母の友人が『あの小さかったアガサが』と言うのが不思議だったの。

 でも自分が親となり子供達の成長を見つづけてきて『あの小さかった』という気持ちが自然にわき起こるものだと分かったわ」


「ここにいる人達の中でうちの娘をそのように見てくれるのはあなたぐらいなものよ」


 アガサがそっとニーナの腕に触れながら温かなほほえみを見せた。


 娘は恋人だったサイラス子爵令息が政略結婚することになり別れた。彼は亡くなった長男の婚約者と結婚した。娘は彼の婚姻の儀を意図したわけではないが乱すことになり「魔性の令嬢」と呼ばれるようになった。


 娘は恋をした相手が身分や家門の派閥といった条件的な面で問題のない相手であることから夢をみた。その夢は彼の兄が亡くならなければ実現しただろう。


 それだけに突然すべてがひっくり返ってしまった状況を受け止めきれず、後先を考えず彼の婚姻の儀が行われる神殿へ向かってしまった。


 ふと人の気配を感じたかと思うとアガサの娘がニーナに挨拶をした後アガサに耳打ちをし去って行った。アガサの娘はアガサによく似ている。それだけに自分によく似た娘と一緒にいるところを見るたびに自分達の若い頃を見ているような気持ちになる。


 ニーナとアガサは性格が逆であるにもかかわらず仲が良かったので周りからよく不思議がられた。とくにアガサはマナーの行き届いた令嬢として知られていたので型破りといわれていたニーナと親しいことをおどろかれた。


「ねえ、儀式を執り行ってくれた神官と何かあったのかしら?」


 思い付いたことを口にすると、アガサが驚がくした表情を一瞬見せたがすぐに笑顔になった。さすがだ。彼女は花がほころぶような美しい笑みを見せることで社交界を渡ってきた。一瞬のほころびはあってもすぐに修正することができる。


 神殿での儀式の前に起こった小さないさかいで、アガサが彼女にはめずらしくあからさまに神官を見ていることにニーナは気付いた。


「幼馴染みなの。神官長としてこちらにいることを知らなくておどろいて」とアガサが言った。


「彼はあなたの初恋で、彼と一緒に自分も神官になろうと思ったという話じゃなかったかしら?」


 アガサが社交の笑みではなく、ふわりと優しい笑みを見せると「あなたの記憶力の良さは相変わらずね。その通りよ。神官となる彼と一緒にいることが出来る方法は私も神官になるしかない。神官になれば同じ目的を持って同じ空間で生きていけると思ったわ」と楽しそうにこたえた。


 思い付いたことをつい口にし、いつも話しすぎてしまうニーナとは違い、アガサは自分の考えや気持ちを話すことが少ない。アガサは上辺だけの社交的な話に対しては淀みなく話しても、本音や自身についての話をあまりしない。それだけに彼女の初恋の話は長く記憶に残っていた。


「あなたらしい恋ね」


「私らしい? どういう意味かしら?」


「秘めた恋でしょう? あなたのことだから彼に好きと言ったり分かりやすい態度を取ったりしなかったはずよ」


 アガサが何かを言おうとする前に夫に声をかけられた。アガサに断りをいれ場を離れる。どうやら頭の痛い親戚が予想通り頭の痛い行動を取ったようだ。


 連れて行かれた場所に行くと義弟がだらしなくソファーに座っていた。


「遅い! 俺を待たせるとはいいご身分だな」


 若い頃なら扇子を投げつけただろう。一呼吸し怒りがせりあがるのをなだめる。夫の弟なので対応は夫にまかせる。


「席を変えろ! 公爵の隣にしろ!」


 夫の弟は野心的で三男だが自分が家督を継ぐべきだと長年さまざまな画策をした。この結婚も自分の娘の方がふさわしいと横槍を入れていたが、その娘が一目惚れをしたという令息にしつこく付きまとい危害を加えようとしたことで義弟がおとなしくなった。


 招待したくない男だが夫の弟で、彼がコネクションを持ちたいと思っている相手が出席することになっているので、たとえ招待をしなくても姿を現しただろう。


「今から席順を変えることが出来ないことぐらい分かるだろう。あとで紹介するよ」夫がげんなりしながらいうと義弟が口汚く夫をののしった。


「公爵に良い印象を持っていただけるよう、これ以上お酒を飲むのは控えた方がよいかと」ニーナが思わず口を出すと、


「指図するな! 相変わらず可愛げのない女だな。気が強くて扱いにくい。だから夫に浮気されるんだよ」


 このような場でなければこの男を今すぐ叩き出す。理性的に振る舞えないほど酒を飲むのは恥ということさえ分からなくなっている。


「同じことを男性に言ったなら決闘を申し込まれても文句が言えないことも分からないほど酔うとは。おろかですわ。

 無礼な振るまいを罰したいところですが祝いの場です。聞かなかったことにします。でもこれ以上の侮辱は許しません」


 義弟にこれ以上酒を飲ませず酔いがさめるまで会場に入れないよう夫が使用人に命じていると義弟が再び悪態をついた。


 これ以上は付き合っていられないので夫にまかせニーナは会場へ戻ることにした。


 会場に戻ろうとしていると婚姻の儀を執り行った神官が案内されるところに行き合わせた。


「遅くなってしまい申し訳ありません。出がけに緊急の用件で足止めをされてしまいました」


「お気になさらず。本日は素晴らしい式をありがとうございました」


 アガサが恋をした神官は娘の婚家の領地で神殿を守る神官長として赴任したばかりだった。まさか彼がアガサの初恋だったとは世間は広いようで狭い。


 案内役に代わりニーナが神官を会場に案内しながら彼を観察する。聖職者らしいおだやかさと温かさを感じる。


「儀式の前にお見苦しいものをお見せし申し訳ございませんでした」


 問題のある親戚がいるのは娘の婚家も同じだった。婚家の問題児が愛人との別れ話でもめ逃げ回っていたが、この婚姻の儀に彼女が出席することを知った愛人が現れた。


 儀式の邪魔をするのはまずいと考えられるだけの理性は残っていたらしいが神殿の近くで痴話げんかを繰り広げた。


「人を好ましく思う感情は時に人を狂わせてしまうものだと改めて痛感しました」


「もしかしてそのような経験がおありで?」


 神官が目を見張った後に楽しげに笑った。


「自分自身で経験したことはありません。私は恋という感情がどのようなものかを知る前に神殿に入りました。そしてどのような感情も過剰に持つと身を滅ぼすという教えに従い生きてきました。


 しかし救いを求める方々がどのような状況にあるのか、どのような感情を持つのかを知る機会は多かったのです。ですから皆さんが思うよりも世間について詳しかったりするのですよ」


 人好きする笑みを見せる神官を少しからかいたくなった。


「初恋も知らず神に仕えることになったことに後悔はないのですか?」


「後悔はありませんが、どのようなものだろうという興味はありますね」


 おだやかに答えた神官にアガサのことを聞こうと思っていると、「そういえばお嬢さまが困った時に『花のように、鳥のように、ダイヤモンドのように』とおまじないをとなえるようにしていると言っていましたが、ニーナ夫人が教えたのですか?」と問いかけた。


 ――楽しい宴になりそうね。


 ニーナはこれから起こることに胸を躍らせた。

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