第三章レヴィの煩悶〜ep3「...ありがとうございます...。」〜
++登場人物++
【アリア・ゴールデンベリル】
サザーク聖十字架修道院のシスター。黒の修道服の上から白地に赤い彼岸花が描かれている着物を片肌脱ぎと、何とも奇抜な格好をした少女。
【レヴィ・ラルド】
ヘプタと呼ばれる七つの大罪組織内ではエンヴィと呼ばれていた。
今はヘプタを離脱して、アリアから名前を貰いオブレートとして行動を共にしている。
【アレクサンダー・オブシディアン】
サザーク聖十字架修道院の修練長。サザーク聖十字架修道院が"戦う"と云われる所以を作った人物。
【パトリシア・オブシディアン】
CIDの刑事警部補。サザーク聖十字架修道院に所属するアレクサンダーの姉であり、アリアやレヴィとも仲が良い。
【ウィリアムズ・ヘイズ】
CIDの刑事軍曹。待つこと以外基本優秀。パトリシアの後輩で、よくオモチャにされて遊ばれている。
アリアは思う。
パトリシア・オブシディアンは職業柄ハンサムでマニッシュな印象だが、実際は莫大な土地と資産のある公爵のご令嬢で、ここハロッズの土地もオブシディアン公爵が所有する内の一つだった。故に、その令嬢であるパトリシアが優遇されることは論を俟たない。
「お待たせして申し訳ありません、レディ・パトリシア。」
暫くして、チャコールグレーの仕立ての良いツーピースのスーツを着用した気品ある女性が現れた。パトリシアとアリアに向かって姿勢を正し、通常の会釈よりも深く頭を下げて目線を落とした。
「いや、こちらこそ無理を言ってすまなかった。」
「いえ、遠路お越しいただき、心より感謝申し上げます。ようこそ、いらっしゃいました。」
そして、先程とは違う、挨拶と同時に穏やかで気品に満ちたアイコンタクトをパトリシアとアリアに向けると、「それでは、シスター・アリアはこちらへ。」と肘を曲げ、掌を上向きにした状態で目的地を指し示す。アリアは自分の名前を呼ばれたことに少し驚きながら、そのまま案内された方へと歩いて行く。そして、ふとパトリシアの方を見た。
「...えっ、姉さま?!」
気付けば後ろの方で、「行ってらっしゃい」と手を横に振って動かない彼女を見て、アリアはまるで子犬のように「一人にしないで」と心細さを訴える。
「私は、これからレヴィを着せ替えて遊んで待っているから、アリアは気にせず存分に楽しむといい。」
「えー...。」
アリアの想いは虚しくも通じなかった。
ー...楽しむったって、こういう上流階級のお店なんて来たことないのに...。うぅ、一体どうすれば。
「そういえば、シスター・アリアはサザークからいらしたとか。」
アリアの不安を察したのか、館内の管理者であるマネージャレスの女性は少し砕けたトーンで話しかける。
「え、...は、はい...。」
「私もサザークから来たんですよ。今も在るかわかりませんが、幼い頃はよく、家の近くにあったKim’s Pie Shopのアップルパイとかタフィーとか食べてました。」
聞き馴染みのあるお店の名前を耳にするやいなや、アリアの顔は一気にパッと明るくなった。
そして、打ち解けた様子で話し込むアリアの姿を見送ると、パトリシアはまだ館内に上がって来る様子のないレヴィを迎えに行くことにした。
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暫く沈黙した後、レヴィはゆっくりと館内へと向かって歩み出す。すると、ふと何かを思い出したかのように、ヘイズ刑事軍曹が口を開いた。
「なぁ、少年。」
「...何ですか」
彼とあまり関わりたくないのか、レヴィは少しだけ嫌そうな顔をする。
「前に俺と会ったことあるか?」
「...ないです。」
きっと、ミンスター銀行で自分が言ったことを気にしているのだろうと、レヴィは思った。
「じゃあ、何で俺の名前知ってたんだ...」
「あれは...刑事警部補が貴方のことをそう呼んでる声が聞こえたので...」
「そうか。」
あの時は、邪魔された事に気が立って思わず名前を呼んでしまったが、妙に勘がいい彼の前で、これ以上余計なことは言いたくなかった。
「じゃあ、化け物同士って...アレはどういう意味だ?」
「...それは、」
「それは、こいつがそんだけ最強ってことだ。」
ヘイズ刑事軍曹の質問に対して言葉を詰まらせていたレヴィに、後ろからパトリシアが助け舟を出す。そして、それと同時にパトリシアは目配せで、ヘイズ刑事軍曹に合図を送った。
「あーーー...、はい、...なるほど。
...いや、すまない。ウチに年中お祭りみたいに仮面を被ってる化け物みてぇに強い"戦闘教官"がいてな。その容赦ねぇ気迫みてぇなもんがお前さんと似てるもんだから"知り合い"なのかと思って余計な詮索してしまった。」
「...はは、そうなんですね。」
おそらく、ヘイズ刑事軍曹の追求すべきはそこではないが、パトリシアの便宜を図る形で会話の流れを変えた彼の顧慮にレヴィは一先ず身を任せることにした。
「ということで、ウィリアムズ・ヘイズ刑事軍曹。お前は暫く、そこで留守番だ。今度はちゃんと待機しとけよ。」
そう言うと、パトリシアはレヴィに顎で合図して再び館内へと戻って行く。
後ろでは、ヘイズ刑事軍曹が「Yes,Sir.」と、ピシッと背筋を伸ばし、直立姿勢を取っていた。
パトリシアは、レヴィを連れて館内入り口を抜けると、アリアの居る場所とは違う、毛皮やコート、既製品のスーツが並んだテーラーリング・フロアへとレヴィを案内する。
「...男物の服を選んでいるように見えるのは、僕の気の所為ですかね...。」
「いや、見ての通り私は今お前のを選んでいる。」
まるで、玩具で遊ぶ子供のように目を輝かせながら鼻歌混じりに、ジャケットとトラウザーズが同じ生地で仕立てられたスーツを眺めている。
「...アリアの服を選びに来たんでしょう。」
「彼女のは既に用意済みだ。今、ドレスアップしてもらっている。」
レヴィは毎度の事ながら「はぁ」と溜息を吐くと、並べられた高級品には一切目もくれず、アリアの気配を感知した方向へと目をやる。
パトリシアは、「相変わらず過保護だなぁ」と半ば呆れながら様子を見ていたが、「まあ別に、いいか」と、再びスーツ選びに専念した。
「よし、これにしよう。」
スーツに、ワイシャツ、ウェストコート、アスコットタイをそれぞれ選び終えると、ダークスーツを見に纏った男性スタッフがそれらのアイテムを試着室へと運んで行く。そして、試着室の準備が整うと「どうぞ、こちらへ」と丁寧な案内が入った。
「レヴィ、試着だ。」
「......。」
パトリシアは、未だ衣服に目もくれず、ずっと上の空のレヴィの後ろ襟を半ば強引に掴むと、引きずるようにして試着室へと連れて行く。
「上着はこちらに。お品物は全てご用意しておりますので、ご遠慮なくお召し替え下さいませ。」
重厚な内装に上質な家具。
試着室というよりはVIPルームのような部屋に案内され、レヴィはまた溜息をついた。男性スタッフは試着室内での呼び出し方法をレヴィに説明すると、静かに退室した。
「...これも貴女の見立て通りなんですか。」
外で待機している、パトリシアに聞こえるようにレヴィは言った。
「ねちねちと五月蝿い奴だな。いいから、早く着替えろ。」
「......。」
"ねちねち"と言われたことがよっぽど嫌だったのか、レヴィは不服そうに脱ぎ始めた。
「アリアに用意したものは、もともと彼女の誕生日にプレゼントする物だったんだ。...だが少し予定が狂ってしまってな。まぁ、丁度いいから予定変更と言ったところだ。」
ドアの近くの壁に背中を預けるようにして、彼女は云う。
「それに、お前はファッションに無頓着過ぎだ。たとえ、お前のその顔が妖精のように優美なものであったとしても、自身の容姿の良さを棚に上げ、それらを怠っていては女性の心など掴めんぞ。」
「...だから、僕がいつ女性にモテたいと...。
...こんな紛い物の顔を好むなんて、本当に貴女も変わってますよね。」
「ハハ、そうだろうとも。」
「......。」
褒めるつもりではなかったが、彼女の声を聞くに、レヴィは能力を使わずともドア越しでパトリシアがご機嫌であることを感じ取った。
「...そろそろかな。」
そして、その言葉通り、暫くするとレヴィが上着を片手に掛けて部屋から出てきた。
アッシュグレーを基調としたストライプシャツに、チャコールグレーのウェストコート、ネイビーのトラウザーズ。首元には洒落たアクセントとしてフォレストグリーンのアスコットタイが結ばれている。
「うん、流石だな私。」
自分のセンスに自画自賛しながら、アスコットタイの形を少し手直しすると、パトリシアは自分の拳をレヴィの胸に軽く叩きつけた。
「誕生日おめでとう、レヴィ。これは、私からのプレゼントだ。」
誰かに何かをして貰うことに未だ慣れずにいるレヴィは、ぎこちなく、そしてアリアの時に感じるものとは違った、...これまた擽ったい別の感情を覚えながら、静かに呟いた。
「...ありがとうございます...。」
この作品はフィクションです。
作中の地名、施設名、団体名はすべて架空のものであるか、あるいは実在のものを部分的に参考にしています。登場する人物や出来事は、すべて架空のものです。
This work is a work of fiction. Names of places, facilities, and organizations are either fictional or partially based on real ones. All characters and events depicted in this work are entirely fictional.




