第二章"赦し"の能力〜ep2「ねぇ、あなたの名前...教えてくれる?」〜
1937年11月2日。
ロンドン・ケンジントンで強盗致傷事件の犯人がとある有名な建物へと立てこもった。"人外案件"の通達を受けたサザーク聖十字架修道院はシスターであるアリアとそのサポート役であるオブレートのレヴィを派遣する。
第一章アリアとレヴィにて。>>>>>>
CIDの刑事軍曹であるウィリアムズ・ヘイズは、上司に連れられその"修道院から来た二人"の戦い方を目撃することに...。
ミンスター銀行の二階には重役室とも呼ばれるメザニンフロアが存在した。石造りの欄干越しに一階のホール全体を見渡せるような構造になっている。
「始まったな」
銃声を聴いてパトリシアは呟いた。
「何で屋上から銃声が?!...相手は地下にいるのに何やって...」
ウィリアムズが頭を抱えながら天井を見て嘆いていると、聞いた事のない重圧音と共に現れた謎の黒い物体と何故だか一瞬目が合った気がした。
「...なっ...」
「見ろ。出てきたぞ。」
パトリシアの言葉にハッとなって、一階のホールへと視線を移す。まるで巣に水を流し込まれて這い上がってきた蟻のように何やら慌てた様子の本丸が姿を現した。
「あんのクソ野郎っ...」
そう言って銃を構えようとする部下の動きを制してパトリシアは言う。
「彼の邪魔をするな。」
「...彼って、」
刹那、ホールで何かが強くぶつかった様な音が重く...響く。
見ると、そこには壁にめり込むように打ち付けられた本丸の姿があった。
そして、その近くにはチェロケースを背負った少年が、一人。
「...まだ削り足りないか。」
その言葉に反応するように、本丸はすかさず少年に向かって反撃する。動きは素人のソレだが、その一発の破壊力が人間の限界値を遥かに超えている。
故に、慣れた手付きで三節棍と呼ばれる武器を扱う少年が本丸の拳を避ける度、壁や床には抉られたような跡が残る。
「...これで、薬物反応ナシっすもんね...」
幽霊や悪魔を信じたことは無かったが、流石にそれでは説明がつかなかった。
「ひとつ質問なんだが。ヘイズ刑事軍曹は、七つの大罪については理解あるのかな。」
上司の唐突な質問に彼は思わず吹き出した。
「ば、馬鹿にしてます?さ、流石に知ってますよ。そう、あれッスよね。えっと、強欲、暴食...怠惰、あー、あと色欲か!」
「うん。序列もなってないし、あと三つ足りてないな。」
パトリシアはそう言うと、ふと真剣な眼差しで再び視線をホールへと移す。
「七つの大罪またの名をヘプタ。人間から生まれた"彼ら"は人間の欲を掻き立てそれを糧として生きている。彼らは、100年かけて"肉体"を得ては、天を地に引きずり下ろすために動き出す、...らしい。故に今回のような不可解な狂気殺人事件が多発するんだ。これは、長い歴史の間で定期的に引き起こされてきたサイクルみたいなもので....おい、大丈夫か?」
隣で頭を抱えている部下を見て、パトリシアは思わず苦笑した。
「まあ、何がいいたいかと言うと..」
部下の肩をポンポン叩いて、顔の前でグッと親指を立ててみせる。
「とりあえず、今、何かこの世界でやべぇことが起こりそうになってるってことだな。」
「...やっぱり、俺のこと馬鹿にしてます?」
大きな溜息を残してホールの状況を確認すると、ヘイズ刑事軍曹は驚いたように声を上げた。
「...えっ?!...」
さっきまで乱暴狼藉の限りを尽くしていた本丸が、少し目を離していた間に
、覇気を失い床に這いつくばって何やら怯えたように必死に足掻いている。
「...見つけた。」
その後ろから少年が一言、冷たく言い放つ。
少年は三節棍を連結させて一本の棒にすると、本丸の後頭部を足で踏みつけ、「ここか。」と"何か"に狙いを定めるように心臓部分へと高く突き下ろそうとする。
「やめろっ!!」
刹那、ヘイズ刑事軍曹は少年に向かって威嚇射撃をした。
「そいつを殺すんじゃねぇ!」
突然のことにホール全体が静寂に包まれる...。
「人外だか何だか知らないが、そいつは生きて捕らえる必要があんだ!ぜってぇ殺すんじゃねぇ!」
欄干から今にも落ちてしまいそうなほどに身を乗り出して、ヘイズ刑事軍曹は叫んだ。
その様子を見て、
パトリシアは「しまった。」とこめかみを強く押さえながらバツの悪い顔をする。
......暫くして、屋上から再び銃声の音が響いた.....。
「......」
水を差されたことに怒っているのか、少年が静かにこちらをじっと見ている。パトリシアは思わず視線を逸らした。
「.....化け物には化け物同士のやり方がある。」
少年はそう言って再び棍を突き下ろす。
「少し黙らせるだけだよ、ヘイズ刑事軍曹。」
少しという割には、骨が砕けるような鈍い音と共に、本丸の悲痛な叫び声がホールに響く。
「...何で俺の名前知ってんだ。それに化け物同士って...」
ボソッと呟いたヘイズ刑事軍曹の言葉に応えが返ってくることはなく、レヴィはポゼストの力が弱まったことを確認すると、押さえ付けていた足を静かに降ろした。そして、先ほどの戦闘からは想像もつかない程の優しい声色で、サザーク聖十字架修道院たっての希望の世代であり、自分の仕えるシスターの名前を呼んだ。
「...ごめん、アリア。あとは頼むよ。」
さながら、何かの劇の一幕でも見ているかのように、満を持して一人の少女が現れる。
「まったく、どっかの誰かさんのせいで弾二発使っちゃったじゃなーい。」
少女は少し息を切らしながら、その張本人である男の方にギロっと睨みを効かせると本丸の方へと歩き出す。
「まぁ、時間は元々ギリギリだったし、一発で行ければラッキーって感じだったからいいんだけどね。それに、あなたも意外とやるじゃない。ウチのレヴィたん手こずらせるなんて。」
あんなに圧巻とした戦闘を繰り広げていた少年を「たん」付けで呼ぶ少女に物凄く違和感を覚えながら、"あれ"で手間取っていたのかとヘイズ刑事は内心驚きを隠せずにいた。
「まぁ、これで時間を気にせず、ゆっくり話ができるからいいわ。」
そう言うと、少女は本丸の前にしゃがみこみ、そっとその頭に自分の手を乗せ、...問いかける。
「ねぇ、あなたの名前...教えてくれる?」
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この作品はフィクションです。
作中の地名、施設名、団体名はすべて架空のものであるか、あるいは実在のものを部分的に参考にしています。登場する人物や出来事は、すべて架空のものです。
This work is a work of fiction. Names of places, facilities, and organizations are either fictional or partially based on real ones. All characters and events depicted in this work are entirely fictional.




