第四章BAD GIRL〜ep5「それだけあれば十分よ。」〜
※登場人物紹介※
本作に登場する人物の簡単な紹介です。
本編をより楽しんでいただくための補足となりますので、すでに読んでくださっている方は読み飛ばしていただいても大丈夫です。
アリア・ゴールデンベリル
サザーク聖十字架修道院のシスター。修道服に母親の形見である『着物』を着崩して纏い、『赦しの能力』で七つの大罪と呼ばれる脅威『ヘプタ』に立ち向かう。
レヴィ・ラルド
サザーク聖十字架修道院の修道士。元ヘプタのメンバーで組織内では『エンヴィ』と呼ばれていた。プライドの反感を買い、組織から追われることになった彼はアリアから『レヴィ』という名前を与えられ志同じく『ヘプタ』を倒すため行動を共にしている。
アレクサンダー・オブシディアン
サザーク聖十字架修道院の修練長。近年、憑かれた人や悪霊の事件にシスターや修道士が関与することがあまりにも増えてきたため、彼はせめて教え子たちが無事で帰ってこれるようにと祈りを込め、護身の術を授けている。
パトリシア・オブシディアン
CIDの刑事警部補。アレクサンダーの実姉で、切れ者のくせ者。アリアやレヴィとも関わりが深い人物。ドリス・ブラウンとは昔からの馴染みで一方的に頼りにしている。
ドリス・ブラウン
サザーク聖十字架修道院の修道院長。アリアやパトリシアに振り回され、厄介事の絶えない日々に眉間に苦労の皺を寄せるが、その実、厳しくも誠実で温厚な人。
ウィリアムズ・ヘイズ
CIDの刑事軍曹。パトリシアの部下で、彼もまた彼女に振り回され苦労している。正義感が強く優秀なのだが、唯一の欠点は『待つ』ことが出来ないこと。
「僕の能力は、砂時計が刻限を告げる時を指標とし、契約者本人の魂を供することを対価とした、異空間の提供だ。」
女は怯えた様子で、「ひいっ」と短い悲鳴をあげた。
だが、少年の放った言葉は、目の前の女に向けられたものではなかった。
彼はチラリと視線だけを動かし、背後で咳き込んで倒れ込むアリアを見据えながら、彼女の言葉を待った。
「…あなた、誰、なの……?」
「"悪魔"」
「え……?」
「それとも、"ヘプタ"と言った方がお嬢さん的には良いのかな。」
「!!」
アリアの分かりやすい反応に、少年は子供らしからぬ、どこか達観した表情でクスリと笑う。
「……と、まあ。話したいのは山々だが、……時間だ。」
そう言って、少年の視線は再び女へと向けられる。
「嘘よ!…私の寿命はまだ……ッ」
「呆れた奴だ。そんなに信じられないなら自分の目で確かめてみろ。」
少年の言葉に、女は震える手で胸元を探った。服の中に忍ばせていた砂時計のペンダントを、引きちぎらんばかりの勢いで取り出す。
女が握りしめる砂時計は、通常とは違って歪な形をしていた。
上部の器は『ハート』を、受け皿となる下部は『髑髏』を象っていた。
「……ええ?!……どうして……ッ!まだあんなに残ってたはずなのに!」
少年と契約した時には、寿命としてハートの器にあった赤い砂も、今は黒い砂となり髑髏の器の中でびっしりと溜まりきっていた。
「おかしな事を言う女だ。あれだけ好き放題、僕の能力を使っておいて、どうしたもこうしたもないだろう。……それとも、忘れてしまったのか?」
やはり少年は女にではなく、まるでアリアに手の内を明かすように、女との契約の内容を懇切丁寧に説明してみせた。
「ハートの赤い砂は契約者の寿命そのもの。これが黒い砂となって髑髏の器に溜まりきったとき……それが、魂を収穫する『約束』の合図だ。」
少年は実に淡々と事務的に言葉を続ける。
「僕の能力はその寿命の間だけ幾度となく発動できる。ただし、使えば使う程に寿命は削られ……赤は黒き砂へと変じ、約束の刻限を早めることになる。」
女の顔はすでに青ざめ、狩られることに怯えた獲物のように、耳を劈くような咆哮を上げながら部屋の隅へと逃げ惑う。
「う、…嘘よぉ!寿命が削られるなんて!そんなの聞いてないわ!」
「戯言を抜かすな。お前が同意をしたからこそ、僕の能力とこの空間が提供されているんだ。」
「はぁー……。」と深いため息をつき、少年は逃げ惑う女の前に音もなく立ち塞がった。
「馬鹿は中身が無いくせに、無駄に手間と時間が掛かる。だから嫌いなんだ。」
少年はそう言うと、無造作に左目の眼帯を外した。
すると虚ろな眼窩から溢れ出した黒い砂が、禍々しい"収穫ハサミ"の形を成していく。シャキン、シャキンと切れ味を確かめるように蠢く刃が、絶叫する女の首元へと冷たく宛てがわれた。
「待ってッ…………!!!」
まだ回復していない喉から、アリアは血を吐くような思いで声を振り絞った。
呼吸も整わないまま状態で叫んだことで、焼けるような痛みが再び喉を襲い、彼女は激しく咽び返る。
「……」
少年はハサミを止めたまま、じっとアリアを見据えている。
感情の読み取れないその眼差しが、アリアの言葉の続きを無言で促していた。
「…お願い、その人を……殺さないでっ!」
「……分からんな。仮にも自分を殺そうとした人間に何の慈悲をかける必要があるんだ。」
少年はあどけなく首を傾げてみせるが、その身から漂う気配は、命を刈り取る死神そのものだった。
「そうだけどっ……私にだって、守らなきゃいけない『約束』があるの……ッ!」
それは生前、母親がアリアに話していた言葉だった。
『憎しみに怒りをぶつけても誰も救われない。負の連鎖が永遠にずっと続くだけ。難しいことかもしれないけれど、憎しみを打ち消したいなら、まずは"赦す"こと。』
『……だからね、アリア。もし、誰からも許して貰えない可哀想な人がいたらあなただけはその人のことを"赦して"あげてね。』
それが、母が遺した最後の教え。アリアにとって、たった一つの『約束』だった。
「ほう、面白い。」
少年はハサミを左目へと戻し、再び眼帯を当てた。あまりの恐怖に失神してしまった女を他所に、少年は音もなく静かにアリアの方へと歩み寄る。
「いいだろう。この女の寿命、あと六日だけ延ばしてやってもいいぞ。」
「……!……」
「ただし……ーー」
まるで悪魔のように悪戯っぽい笑みを浮かべて、少年はアリアの前にしゃがみ込んだ。ひょいと首を傾げ、頬杖をついて彼女の顔を覗き込む。
「お嬢さんも、僕と何か『約束』してよ。」
「や、約束……?」
アリアは「うーん」と唸って考え込んだ後、「何でもいいのね?」と確認した。
「それは僕が決めることだ。」
そっけない返答に、彼女は「分かったわよ」と観念したように顔を上げた。
「……仕方ない。私のアップルパイ半分、あげるわ。」
「足りないな」
「……っ、……それじゃあ、ぜ……全部!全部あげるわよ!」
「これでどうよ?」と少年の顔を覗き込むようにして反応を待つアリア。少年からは僅かな笑みが漏れた。
「君にとって、それはそんなに価値があるものなのか。」
「……えー!美味しかったでしょ?」
「確かに美味ではあったが……」
まだ足りない、と言いたげな少年の沈黙に、アリアはフンと鼻を鳴らした。
「まったく……商売上手ね!いいわ、私のアップルパイ全部に、お、オマケで私の魂もつけてあげる。あ!死んだ後だからね!今すぐ殺すッとかは無しよ!……これでどうよ?」
彼女の無茶苦茶な価値基準に、少年から再び笑いがこぼれた。
「フッ、魂が"オマケ"なのか。本当に面白いお嬢さんだ。だが生憎様、僕が好むのは罪人の魂だ。君には無縁過ぎると思うんだが……」
「う、うーん、確かに〜……」
妙に納得して深く頷いたものの、「じゃあ、どーすればいいのよー!」とアリアは必死に両手で頭を抱え、悶絶しながら『約束』の内容を考え込んだ。
「……では、お嬢さん。僕からも一つ提案してもいいだろうか。」
「え……」
むしろ最初からそうしてよ、と言いたげなアリアの表情に、少年はやはり楽しそうに口元を綻ばせながら言葉を続ける。
「僕は基本、約束を交わすときは相手に内容を決めさせることにしているんだ。後で『僕のせいだ』なんだと、責任転嫁されないようにね。」
「……なんか、色々と苦労してるのね。」
「まったくだ。」
「……それで、その内容って何なの?……」
アリアは少年に問いかけると、ゴクリと唾を飲み込んだ。
それを見た少年は、いかにも悪魔らしく、ニヤリと唇を吊り上げた。
「僕と『友だち』になってよ。」
想定外の言葉にアリアは鳩が豆鉄砲をくらったような顔で固まった。
「へ?」
「不服か?それなら内容を変えるが……」
そう言い終わるより早く、アリアの手がガシッと少年の手を掴んだ。
「それ!それでいいです!お願いします!!」
露骨に「やったー!」と安堵した彼女の様子に、少年はふっと目を細めると、アリアの左頬にそっと唇を寄せた。
「では、『約束』だ。いずれまた会いに行く。」
耳元で囁き、さっと身を翻した少年は無造作にシャツのヨレを直した。
「……たった六日で何をするつもりか知らんが」
「それだけあれば十分よ。」
「……そうか。」
ぽつりと呟き、そのピンク色の愛らしい悪魔は、闇に溶けるようにしてその場から姿を消した。
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この作品はフィクションです。
作中の地名、施設名、団体名はすべて架空のものであるか、あるいは実在のものを部分的に参考にしています。登場する人物や出来事は、すべて架空のものです。
This work is a work of fiction. Names of places, facilities, and organizations are either fictional or partially based on real ones. All characters and events depicted in this work are entirely fictional.
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