第四章BAD GIRL〜ep2「わぁ、名前で呼ばれるのなんて久しぶりだなぁ。」〜
登場人物++
【アリア・ゴールデンベリル】
"聖女"という運命を背負い、サザーク聖十字架修道院のシスターである少女は、黒の修道服の上から白地に赤い彼岸花が描かれている着物を片肌脱ぎと、何とも奇抜な格好をしている。
【レヴィ・ラルド】
ヘプタと呼ばれる七つの大罪組織内ではエンヴィと呼ばれていた。現在は彼女と同じサザーク聖十字架修道院の修道士として行動を共にしている。
【アレクサンダー・オブシディアン】
サザーク聖十字架修道院の修練長。サザーク聖十字架修道院が"戦う"と云われる所以を作った人物。
1937年12月24日。
ここは、アリア・ゴールデンベリルの夢の中。
シスターの服を纏いながら剣を握る、自分の姿をしたーー過去の『粛清者』は、云う。
「なぜ剣を取らない?なぜ奴らを裁かない。」
すると、彼岸花の着物を身に纏った、
もう一人の自分が『許容者』として、云うのだ。
「裁いた先に、何が残ると言うのですか。」
その言葉を最後に今度はアリア自身がその許容者に尋ねる。
「もし、"また"奪われたら…アナタはそれでも赦すの…?」
すると、決まって彼女は
暫くの沈黙を後に、ゆっくりと口を開く…ーー。
「…それでも私は、赦す"強さ"で戦いたい。」
ベッドで目を覚ますと、部屋はまだ暗かった。リビングのローテーブルに灯るランタンの明かりの先に、ソファーで本を片手に眠るレヴィの姿が見える。
虚ろな目で時計を見ると、時刻はまだ4時半。起床時間より30分早く目を覚ましたアリアは、どこか遠くを見つめながら、ポツリと独り言をこぼした。
「……赦す"強さ"…。」
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お昼の13時。
それはシスターたちに許された、わずかな休息と黙想の時間。
朝からアリアの様子が変だとそわそわしていたレヴィも、今は別の任務へと出払っている。
ーー…誰もいない聖堂。
高い窓から差し込む午後の光が埃の粒を金色に輝かせながらスポットライトのようにアリアを照らし出すと、彼女は珍しく祈りを捧げるように両手を組んで聖歌を謳った。
その歌声は、彼女の奇抜な出で立ちからは想像もできないほど美しく、この世のものとは思えないほど澄み渡っていた。
「おやおや。どこのムーサかと思って来てみれば、アリィじゃないか。」
彼女の美声を、芸術を司る九柱の女神に例えながら、アレクサンダー・オブシディアン修練長はうっとりとした眼差しでアリアの元へと歩み寄る。
「……君がこうしてここで歌っているということは、何かお悩みなのかな?」
瞳に淡い紫色を宿した彼は、銀色の長い髪を神聖な獣の尾のように靡かせ、彼女の足元へ跪くようにしゃがみ込んだ。
いつもの軽薄な調子とは違う、かつての彼を彷彿とさせるその佇まいに、アリアは自分でも気付かぬうちに言葉をこぼしていた。
「…ずっと、同じ夢を見るんです。」
そう言い残して、アリアはただ、聖堂の奥に掲げられた十字架を静かに見つめた。
「武力的な強さで相手を滅ぼそうとする過去の私と…、赦す強さで未来を守ろうとする私。私はいつも…その狭間にいるんです。」
「うーん…なるほど。その様子だと、君はいつもその狭間で何かしらの決断でも迫られていたりするのかな?」
全てを言わずとも汲み取ってくれる彼の怜悧な優しさに、アリアは静かに頷いてみせた。
「じゃあ、アリィ。ちょっと聞くけど…」
かつて彼女を指導していた修練長としての貌を覗かせ、アレクサンダーは静かに問いかけた。
「サヴォイ・ホテルでのディナー&ダンスと、ロイヤル・オペラ・ハウスでのオペラ鑑賞だったらどっち行きたい?」
「……悩みを聞く気あります?」
張り詰めていた緊張を肩透かしされたような彼の言葉に、アリアが心底訝しげな視線を向けると、アレクサンダーは「まあまあ」と手で制しながら彼女を宥めた。
「そう言わずに、教えておくれよ。」
まるで尻尾でも生えているのではないかと錯覚するほど、彼は大型犬のように瞳を潤ませては、忠犬のような佇まいでアリアの言葉を待った。
「……んー、そうですねぇ…美味しいご飯食べながら一流の楽団の生演奏聴けるなんてとても魅力的だし、でもオペラはずっと行ってみたかった場所なので…うーん…」
呆れた顔をしていた割には、彼の質問にちゃんと答えようとするアリア。その姿勢に彼女の育ちの良さと生真面目な性格が滲み出ていた。
「じゃあさ、"どっちも"行こうよ。」
「え…」
アリアの胸の奥でつっかえていた"何か"が、彼の言葉に短く反応を示した。
「二つとも"Yes"だとそう思うなら、それがアリィの中の答えなんじゃないの?」
そして、そのサインを見逃さなかった彼は、アリアの心の中で複雑に絡み合ってしまったその糸を一本ずつ丁寧に解きほぐすように、そのまま言葉を続ける。
「…粛清も許容も、その全てが君の心だと私は思うんだ。だから、シーンによって使い分ければいいんじゃないかな?」
まるで最初からアリアの悩みの本質を見抜いていたかのように、アレクサンダーは経験豊富な大人として、彼女を育て上げた修練長として、混迷するアリアの選択肢に新たな道筋を立てて見せた。
「この世界には、救いようのないお馬鹿さんもいれば、自分で自分を一生許すことのできない…どっかの誰かさんみたいな咎人もいる。だから、きっと"どっちも"必要なんだよ。」
「……」
自分の中の蟠りが静かに解けていくのを感じながら、積み重なった"聖女"としての数多の記憶の中で、アリアは初めて自分たちの魂の在り方を真に『赦された』ような気がした。
「どう、惚れ直してくれた?」
暫く、じっとアレクサンダーの方を見ていると、途端にいつもの調子に戻る彼の切り替えの早さに、アリアは思わずクスッと口元を綻ばせた。
「…そっか、そうよね。」
自分の能力とレヴィの存在を肯定するために必要な、新たな選択肢。
今のアリアなら、粛清と許容の狭間に立ちながらも『中立』という新たな分岐点を見出し彼女たちと同じ土俵に立つことが出来るはずだ。
「何かスッキリしたわ!ありがとう、アレク!」
そう言うと、アリアはいつもの元気を取り戻し、慌ただしく聖堂を後にした。去りゆく足音だけが、静かな堂内に軽やかに響き渡る。
「わぁ、名前で呼ばれるのなんて久しぶりだなぁ。」
もう先ほどまでの迷いを一切感じない彼女のその背中を見送りながら、かつて愛称で呼ばれていたあの頃を懐かしむように、アレクサンダーは暫くその余韻に浸っていた。
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この作品はフィクションです。
作中の地名、施設名、団体名はすべて架空のものであるか、あるいは実在のものを部分的に参考にしています。登場する人物や出来事は、すべて架空のものです。
This work is a work of fiction. Names of places, facilities, and organizations are either fictional or partially based on real ones. All characters and events depicted in this work are entirely fictional.




