第四章BAD GIRL〜ep1「だからお願いだ、アリア。僕にも君のことを護らせてよ……。」〜
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1937年12月23日。
冬でも気温が上がり、どこか気だるい空気が漂う未の刻。
サザーク聖十字架修道院の聖堂の下には、地下には隠された部屋があり、そこには、一風変わった技術者が居た。アリアは彼に呼ばれて地下室へと足を運んだ。
「相変わらず、いつ来てもメルヘンチックな空間ね。」
彼の部屋には、どこか浮世離れした空気が漂っていた。おとぎ話の秘薬のごとく鮮やかな液体を湛えたフラスコが並び、壁の工具たちは無機質な金属でありながら、主人の魔法を助ける使い魔のような気品さえ纏っている。
「やぁ、アリア!久しぶりだね。」
すると、どこからともなくマジシャンのような格好をした長身の男が姿を見せた。黒の燕尾服を身に纏い、シルクハットを目深に被って口元の左にあるホクロに、どこか魔性めいた色気を滲ませる彼は、アリアの特殊な銃弾やレヴィの力を抑制する武器を開発した技術者ヨーゼフその人だ。銀の持ち手がついた黒いステッキを器用にくるくると回しながら彼は踊るような足取りでアリアの方へと歩み寄った。
「あなたの方こそ、最近会えなかったけど元気そうね。」
「ちょっと、野暮用でね。君も元気そうでなりよりだよ。あ、そだ。例のお酒どうだった?」
その言葉にアリアの肩がピクっと跳ね上がる。
「あー、アレね。」
あの晩、アリアの記憶にあるのはレヴィの誕生日を祝おうと乾杯の音頭をとった所までだ。次に目を覚ましたときには、彼はソファーの下で憔悴しきっていて、見る影もなくげっそりとしたその姿が、彼女の空白の時間の悲惨さを物語っていた。それ以来、彼がアリアに酒を振る舞うことが無かったのは言うまでもないだろう。
「…何かすごく気に入ったみたいで、あれ以来ずっと晩酌してるわよ。」
「そっか〜、レヴィたんの口に合ったのならよかったよ〜。前回、造り過ぎてストックもまだ大量にあるからさ、飲めそうなら持って帰ってくれると嬉しいな〜。」
ヨーゼフはステッキを脇に抱え、どこからともなく取り出した例の瓶を作業台の上にポン、ポン、ポンと並べながら、ニコッとチャーミングに笑った。
アリアは特に驚く様子もなく、「ありがとう、そうするわ。」と短く感謝を告げると、仕切り直して本題に入った。
「それで?私に話って何なの?」
「そうそう。実は、君に渡したい物があってね〜。」
そう言うと、ヨーゼフはアリアの前で拳を花が綻ぶようにさらりと広げて見せた。その掌にはセント・ボトルのような香水の入った、可愛らしい小瓶が一つ。
「何これ、香水?」
「ん〜、惜しい。これはね、君の身体に染み付いたレヴィたんの匂いを消すモノで〜す。」
そう言われた瞬間、アリアは顔を真っ赤に染め、慌てて自分の服や髪の匂いを確認するように鼻を寄せた。
「アハハ、何か勘違いしてるようだけど体臭の話じゃなくて、君の身体に刻まれた彼の烙印から漂う、気配みたいなモノを消すやつだよ。」
烙印とは、ヘプタの心臓のようなもので、彼らは各々の身体にある烙印を外部から破壊されることで消滅する。
「というか、レヴィたん昇格して部屋もらった〜って聞いたからてっきり今は別々に過ごしてるのかと思ってたけど……。君たち、本当に仲良しだね〜。」
あえて、皆まで言わずヨーゼフはケタケタと笑い出した。
「ま、それはさえおき。」
ヨーゼフは指先の動きをエレガントに見せる白手袋の掌をパンと鳴らした。そのたった一つの動作が、部屋の空気を一瞬にして変えてみせた。
「アリアもレヴィたんから聞いていると思うけど、人間たちに七つの大罪と呼ばれる彼ら"ヘプタ"は人間の欲を掻き立てて欲を貪り肉体と力を得る。
そして人間たちは彼らが天を地に引きずり下ろすために破壊の限りを尽くすと信じ、恐れ、神にまで祈った。
そこで、なんと!
誕生したのが君たち"聖女"という存在なんですね〜。
彼女はヘプタのおいたがあまりに過ぎると現れる、この世界の聖なる存在で御座いました〜。」
まるで、朗読劇でも演じているかのような口調で、ヨーゼフは今までの出来事を整理するように、順を追って説明を始めた。
「でね〜、歴代の聖女たちは男も驚く程の強靭的な強さを持っていて、その強さはヘプタの核であるプライドにも匹敵すると言われているんだ。そんな彼女の戦い方というのがねーー」
ヨーゼフは一度言葉を切って、芝居がかった仕草で指を一本立てた。
「まず、誰でもいいから七つの内の一つを確実に仕留めること。
するとね、倒したヘプタの烙印がその身体に刻み込まれるんだ。
聖女から漂う"仲間の匂い"は次なるヘプタを探し出すための、この上ない道標になる。」
「そこからは逐一捕獲して確実に仕留める……。その繰り返しさ。」とそう語るヨーゼフから、アリアは珍しく悲哀のようなものを感じ取った。
ーーかと思えば、次の瞬間には身を翻してアリアの鼻先に人差し指をピッと向けた。
「だけど、今回の聖女ちゃんはちょ〜っと特殊なんだよね。
まず、聖女特有の強靭的な力を持たずして、ヘプタを倒さずとも名前を与えるだけで烙印の譲渡が出来るということ。
…そこから、僕が導き出したのは今回の君は自ら戦うスタイルじゃなくて、レヴィたんのように力ある者たちと一緒に戦うっていう動線を組むのが正解なのかな?って思ってるよ。」
「でもっ、私、シスターの中では筋が良いって修練長も言ってたわ…!」
食い下がるアリアを、ヨーゼフは静かに遮った。
「アレクサンダー卿が教えているのはあくまで護身の為だよ。」
アリアが絶望に近い表情を浮かべるのを見て、ヨーゼフは悲しそうな声で言葉を続けた。
「あぁ、アリア…そんな顔しないでくれ。君には酷な話かもしれないけれど、僕は安心しているんだよ。君のようにまだ若く幼い少女が傷つかずに済む選択肢が見えて。」
ヨーゼフは一歩踏み出し、今度は傍観者としてではなく一人の仲間としてアリアに語りかける。
「これでやっと言えるんだ。"どうか一人で戦わないで。もっと僕たちを頼って"とね。」
「だからお願いだ、アリア。僕にも君のことを護らせてよ……。」
そう言うと、ヨーゼフは祈りを捧げるような手つきで、静かにアリアの掌へ小瓶を載せた。
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部屋に流れ込む夕冷えが夜の訪れと共に深まりゆく、酉の刻。
ロンドンの北部に位置するヘンドン警察学校で、お面を被った男とヘイズ刑事軍曹が地下練習場で激しい稽古を繰り広げていた。
「くそっ!」
訓練場は薄暗い路地裏を想定した模擬市街地。黒狐のお面を被って一切の表情を読ませない教官を相手に、私服のヘイズ刑事軍曹が実践さながらのタイマンを挑んでいた。
だが、惜しくもあと一歩というところで、やはり返り討ちに合ったヘイズ刑事軍曹は、激しく息を切らしながら、冷たい床に大の字になって倒れ込む。
「だいぶ、筋が良くなったな。」
上司であるパトリシア・オブシディアン刑事警部補が連れてきた素性の知れぬ"アレックス"という名の戦闘教官は、息一つ乱した様子もなく床に横たわる彼へ瓶入りの飲み物を差し出した。
「何言ってんスか。アンタに一発もかませられてねぇうちは、終われませんからね。…まだまだッスよ、俺は。」
本来、訓練を受ける必要などない立場でありながら、彼は負けず嫌いな性格とアレックスという教官の素性を暴きたいという執念の元に、幾度となく手合わせを挑んでは敗北を喫していた。
ヘイズ刑事軍曹が瓶を受け取ると、アレックスはお面の向こうで口元を綻ばせ「ふっ」と笑みを漏らした。
「お前を見ていると、何だか昔の仲間を思い出すよ。」
すると、ヘイズ刑事軍曹はあんぐりと口を開き、飲もうと傾けていた瓶から中身が溢れるのも構わず、アレックスを凝視した。
「おい、床を汚すな。」
その一言にハッと我に返ると、彼は不思議そうに尋ねた。
「珍しいッスね。教官が自分のことを話すなんて。…頭でも打ったんッスか?」
どこか、既視感を覚えながら、アレックスは彼女の時と同じように言葉を返した。
「…揃いも揃って、お前たちは俺を何だと思ってるんだ。」
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この作品はフィクションです。
作中の地名、施設名、団体名はすべて架空のものであるか、あるいは実在のものを部分的に参考にしています。登場する人物や出来事は、すべて架空のものです。
This work is a work of fiction. Names of places, facilities, and organizations are either fictional or partially based on real ones. All characters and events depicted in this work are entirely fictional.




