第三章レヴィの煩悶〜ep7「 こんなにずっと一緒に居るのに…お互い分からない事ばかりだ。」〜
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こちらでは、制作の裏側やちょっとした画像などを載せていく予定です。
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三階にあるシスターたちの寝室エリアから、チェロケースを背負い、自分の荷物を段ボールに詰め込んで、レヴィは二階の修練院エリアの入り口にある修練長部屋へと向かった。
「部屋を貸して下さりありがとうございます。」
「いえいえ。肩書きだけで与えられはしたけれど殆ど使ってなかったからね。部屋としては本望じゃない?」
修練長である彼の住居は、サザーク聖十字架修道院の近くに建てられた不釣り合いなほどに立派な高級マンションにあった。故に、彼が一階の講義室以外でこの部屋を使うことは殆どない。
アレクサンダーは久しぶりにそのドアを開けると、レヴィを部屋の中へと案内した。
「でも、本当にいいのかい?」
「?…何がですか。」
アレクサンダーの意図が分からず、レヴィは聞き返した。
「だって、せっかく彼女と同室で暮らせてたのに、むざむざ自分から申し出てまで別室を選ぶなんて、何か…その余裕が羨ましいよ。」
ここに来た当初、アリアがまだ子どもであったことや、ヘプタであるレヴィの扱いを決めかねていたこともあり、二人は今までずっと同じ部屋で過ごしてきた。
「…余裕じゃないですよ。僕は貴方と違ってそれを良しと出来ないだけです。」
気付いたときには、アリアも自分の"今の姿"と変わらない年齢の女の子になっていた。内心はまだ未熟とはいえ、その身体はもう立派な大人の女性だ。それにも関わらず、自分に対する接し方が幼い頃と少しも変わらないことにレヴィは困っていた。
「律儀だね〜。」
「……。」
レヴィは話を逸らすように荷物を置くと、部屋の中を見て回った。
修道院長室よりも一回り小さく質素とはいえ、シスターたちの寝室に比べれば良いものであることには間違いなく、装飾こそないが使用感を一切感じさせない家具たちは十分に充実していた。
「それじゃあ、私はここで。」
そう言うとアレクサンダーはレヴィに部屋の鍵を渡した。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。」と手をヒラヒラさせ、背を向けて去っていく後ろ姿は、姉のパトリシアを強く連想させた。
ー やっぱり、姉弟って似るんだな…。
そんなことを思いながら、レヴィは持ってきた荷物の荷解きを始めた。
すると、暫くしてドタドタと騒がしい足音を立てて、アリアが部屋に飛び込んできた。
「ちょっと!探したわよ!てか何でアンタ修練長の部屋にいるのよ」
未だイブニングドレスのまま、彼女は怪訝そうな顔して言った。
「マザー・ドリスとお話して…
修練長からこの部屋を貸してもらうことになったんだ。」
皆まで言う必要はないだろうと、レヴィはあえて結論だけを伝えた。
「…というか、アリア。まだ、着替えてなかったの?」
「それはアンタもでしょ。」と言いたげな顔で、アリアはドレスの首の後ろホルター部分を指さした。
「脱げないのよ。手伝って貰おうかと思ってアンタのこと探してたのに。そしたら修練長の部屋にいるって聞いて。」
「僕じゃなくても、他のシスターに頼めばいいじゃないか。」
「皆寝てるわよ。」
「それもそうか」と、レヴィはアリアの方へと歩み寄った。
「ほら、後ろ向いて」
レヴィの言葉にアリアがくるっと背を向けた。
そのまま、肩に掛けていたレヴィのジャケットを滑り落とす。
改めて見れば、彼女の背中は首筋から腰の辺りまでが殆ど露出していた。
その滑らかな白い肌に、レヴィは思わずゴクリと唾を飲んだ。
「ねぇ、早くしてよ。」
「…いや、やるけど。着替えは持ってるの?」
見たところ、何も持ってる様子がない彼女にレヴィは聞き返す。
「ないわよ。アンタのこと探してたんだから。え?まさかそのまま脱がせて帰すつもり?」
いつもの事ながらレヴィは、「はぁ」と溜息ついた。
「…そんなわけないだろ。」
そう言うと、レヴィは荷物の中からアリアに着せるための厚手のツイードの上着とズボンをガサゴソと引っ張り出した。
「まったく。もう子供じゃないんだから、君はもう少し自分の貞操について慎重になった方が…」
「はい!」
すると、どこに隠し持っていたのか、アリアが一本のボトルを差し出してきた。ドレス姿の彼女のどこにそんな物が…とレヴィは呆気に取られたが、それ以上に見慣れないその商品ラベルが彼の目を釘付けにした。
「何これ。…Sake?」
「うん。ママが話してた内容を基にヨーゼフに頼んで日本のお酒っぽいモノ作って貰ったの!ほら、前に飲んでみたいって話してたじゃない?」
ヨーゼフとは、アリアの能力を込めた銃弾や、レヴィの武器を作った変わり者の技術者だ。
「…よく覚えてるねそんなこと。」
「当たり前じゃない、アンタは"家族"だもの。」
まるで息を吐くようにアリアさらりと言ってのけた。あまりにも無防備なその言葉は、レヴィの胸の奥を温かく擽った。
「…ありがとう。」
レヴィはボトルを受け取るとソファの近くにあるローテブルに置いた。
「ほら、着替え。…外すから後ろ向いて。」
アリアの付けているドレスは首の後ろが金属製の小さなフックで留まっており、ここを外すと背中が完全に露出してしまうことを理解したレヴィはアリアにドレスの胸元を抑えるよう促した。
小さなフックを指先で外すと、レヴィは空かさずジャケットを被せ、用意していた着替えをアリアに差し出すと衝立の向こうで着替えるよう告げた。
アリアが着替えを済ませる間に、レヴィは手早く荷解きを終え、コップの水を喉に流し込んでいた。
すると、衝立の端からアリアがぴょこと顔を出し、悪戯っぽくレヴィに合図を送った。
「ねぇ、レヴィ。見てみて〜」
促されるまま顔を上げたレヴィの前でアリアは「じゃーん!」と声を上げて躍り出た。その姿を直視したレヴィは飲んでいた水を危うく吹き出しそうになる。
「…何してるの、ズボンは?渡したよね?」
ダボダボのワイシャツ一枚で裾からすらりと伸びた素足を見せびらかすように立つアリアを、レヴィは慌てて叱責した。期待した反応が得られなかったアリアは、不満げに唇を尖らせてブツブツと呟き始めた。
「あんなのブカブカで履けるわけないじゃない。アンタ、私のウェストの細さ知らないわね?」
「いや、知ってたらマズいでしょ。」
昔からファッションに無頓着だったアリアの服はかつて彼女の母親が全て見繕っていた。その母が亡くなり修道院へ預けられれてからは、レヴィがその役目を引き継いだ。けれど、アリアが成長し大人の女性の身体つきに変わるにつれ、その役目は自然とシスターや、パトリシアの手に渡っていった。
「そ。一緒に居ても分からないことってあるのね。」
独り言のような、あるいは寂しさを紛らわすような言葉を吐き捨てると、アリアはくるっと身を翻した。そして、まるで自分の部屋であるかのように勝手に食器棚を開け始めた。
「ね〜せっかくだから、そのお酒開けて飲んでみようよ。あ、グラス使うわね。」
「…せめてコートぐらい羽織ってくれないかな。」
目のやり場に困ったレヴィは逃げるように、アリアに薄手のコートを羽織らせると喉元まであるボタンを一つ残らず全て留めてしまった。
あまりにも不格好で着ぶくれした姿にされたアリアはぷぅと頬を膨らませて不満を露わにするも、それでも慣れない手つきで琥珀色のお酒をグラスに注ぎ出した。
「はい、それじゃあ。改めて。」
二人並んでソファに腰を掛けると、アリアは元気いっぱいの声で音頭をとった。
「ハッピーバースデー、レヴィ!」
レヴィの「ありがとう」というその言葉と共にグラスの音が弾ける。
レヴィは香りを楽しみながら、グラスに口を付けた。
風味はドライで重厚。わずかにパンの発酵した香りが混じり、何とも独特な個性を持つ味わいだった。
「かなりアルコール度数強めだな。大丈夫か、アリ…」
「……。」
気付くと空っぽのグラスを片手に、アリアはソファの背もたれに仰け反るようにして項垂れていた。
「ごめん、今、水持ってくる…」
お酒を飲みなれていない彼女への配慮を欠いたことに責任を感じながら、レヴィは慌てて席を立とうとした。だが、その腕をアリアの細い指が「ぎゅっ」と掴んで引き止める。
「ねぇ、…どうして、…なかったの。」
「…?ごめん、聞き取れなかった。何て言ったの?」
喉が乾いたのか、あるいは気分が悪いのか。
アリアの要望を聞き漏らすまいと、レヴィは彼女の方へと向き直る。
「だから〜」
アリアは、掴んでいたレヴィの腕を力任せに引っ張って強引に身体を起こすと、そのまま逃さないように、ぐっとレヴィの至近距離まで詰め寄った。
「アタシのこと嫌いになった…?」
「…?何でそうなるんだ。」
吐息を感じられるほど近いアリアの距離に、レヴィは思わずたじろいだ。
「じゃあ、何で…急に部屋を出ていくなんて…」
レヴィがやっとその意味を理解すると、少し言いずらそうに目線を逸らしながら静かに応えた。
「…別にこれは思いつきとかじゃなくてずっと考えてた事なんだよ。君がこの先、シスターを続けようが、シスターを辞めて家庭に着こうが、まだ若い女性が男とずっと一緒に居ることを周りがどう思うか…」
すると、アリアはレヴィの言葉にムキになり肩を震わせながら声を張り上げた。
「周りなんてどうだっていいじゃない!血が繋がってなくたって"家族"だってそんなのこっちが言い張れば済むことでしょ?それなら一緒に居ても誰も文句言わないわよ。」
アリアはレヴィに固執していた。レヴィもそれを知っていた。
でもそれは、幼少期に母親を亡くし、その喪失感で床に伏せ精神的に頼れなくなってしまった父親の存在まで含めて、結果的に両親を失う形になったアリアにとって、身寄りが自分しか居なかっただけのこと。
「…君のためなんだよ。」
アリアと出会う前の自分ならば、きっとそれすらも利用して、彼女の孤独につけ込み、自分なしでは生きていけないよう縛ることだって出来たはず。
「はあ?ふざけないでよ!アンタはいつもそう、私のため、私のためって。少しは自分のためにやりなさいよ!」
「じゃあ、言葉を変えるよ。これは、君の為じゃない。僕の為だ。」
レヴィは静かに息を吐くと、出会った頃の冷徹さを取り戻したようなかのような視線で、真っ直ぐアリアを見据えた。
「君は僕のことを"家族"と言うけれど、僕には…もう、そうは思えないんだよ。」
「はぁ?意味分かんない、それってどういう…」
いつもとは違う雰囲気を醸し出すレヴィに、アリアは戸惑いながらも納得がいかないと声を上げた。だが、次の瞬間にはソファに押し倒されていた。
「僕は人間じゃない。でもこの身体の機能は人間の男と変わらない。同じなんだ。…ほら、君だって知らなかっただろう?」
普段使わない煽るような言葉を放つと、レヴィは自分の心臓の位置に、アリアの手を無理やり押し当てた。
「…魔が差して、穢してしまわないように。だから…自分の為に離れなきゃって思ったんだ。」
レヴィの胸に押し当てられた手のひらから、アリアは彼の鼓動がみるみる早まっていくのを感じた。あまりにも速すぎるその音がレヴィの抱える"煩悶"の正体を何よりも饒舌に物語っていた。
「…そう。」
「は、…我ながら幻滅だよな。」
アリアの表情を伺いながらも、いつもの口調に戻ったレヴィは彼女の手を離し逃げるようにまた視線を逸らした。
「…そんなことない。」
「は?」
思惑が外れたのか、珍しくレヴィが戸惑っている様子を見てアリアはクスリと笑ってみせた。
「私は素直じゃないから、きっと自分じゃ言えない。」
そう言いながら、アリアはレヴィの首の後ろに自分の腕を絡めて、彼が逃げることのないよう強く引き寄せると…耳元でそっと囁いた。
「…待ってるからね。」
その意図を訊き返そうとレヴィが視線を戻したときには、アリアはすでに可愛い寝息を立てて眠りに落ちていた。
「……あ、」
レヴィは呆れたように息を吐きながら、彼女にそっと優しく毛布を掛けてあげる。そして彼女がソファから落ちないよう、そのすぐ下の床に腰を下ろし、見守るように座った。
「…本当…こんなにずっと一緒に居るのに…お互い分からない事ばかりだ。」
…そう言って、レヴィも静かに目を閉じた。
こうして彼の誕生日は、気付けばたくさんの祝福に包まれーーそれとは別に淡い期待を胸に残したまま…静かに明日を迎えようとしていた。
この作品はフィクションです。
作中の地名、施設名、団体名はすべて架空のものであるか、あるいは実在のものを部分的に参考にしています。登場する人物や出来事は、すべて架空のものです。
This work is a work of fiction. Names of places, facilities, and organizations are either fictional or partially based on real ones. All characters and events depicted in this work are entirely fictional.




