第三章レヴィの煩悶〜ep6「では、お言葉に甘えて。マザー・ドリスに一つお願いがあるのですが…」〜
++登場人物++
【アリア・ゴールデンベリル】
サザーク聖十字架修道院のシスター。黒の修道服の上から白地に赤い彼岸花が描かれている着物を片肌脱ぎと、何とも奇抜な格好をした少女。
【レヴィ・ラルド】
ヘプタと呼ばれる七つの大罪組織内ではエンヴィと呼ばれていた。
今はヘプタを離脱して、アリアから名前を貰いオブレートとして行動を共にしている。
【アレクサンダー・オブシディアン】
サザーク聖十字架修道院の修練長。サザーク聖十字架修道院が"戦う"と云われる所以を作った人物。
【パトリシア・オブシディアン】
CIDの刑事警部補。サザーク聖十字架修道院に所属するアレクサンダーの姉であり、アリアやレヴィとも仲が良い。
【ウィリアムズ・ヘイズ】
CIDの刑事軍曹。待つこと以外基本優秀。パトリシアの後輩で、よくオモチャにされて遊ばれている。
こうして、各々の買い物が終わった頃に、アリア、レヴィ、パトリシアの3人はヘイズ刑事軍曹の待つ車へと乗り込むと、今度こそケンジントンの街を後にした。
夜が深まり、人々が寝静まる亥の刻。
車は、ロンドン橋を渡るためにシティ中心部の渋滞を抜けて、橋の入り口に差し掛かった辺りまで辿り着くと、「もうすぐだぞ。」と、ヘイズ刑事軍曹はアリアとレヴィに降りる準備をするよう促した。
レヴィは車が止まったのを確認すると、先に車外へと降り、自分側のドアから降車を促すように"再び"アリアへと手を差し伸べた。
先程とは違い、ドレスで着飾ったアリアはご機嫌そうに差し出された彼の手に自分の手を置いて車内から足を下ろすと、体を起こす際にレヴィの手に体重を"軽く"乗せるようにして降車した。
レヴィはその様子に安堵すると、彼女の両足が地面に着くまで手を離さずしっかりと支えた。
アリアが車から降りたのを確認してから、レヴィが静かにドアを閉めると、
サザーク聖十字架修道院から一人の男が現れた。
「おやおや、どこのハリウッド女優かと思えば。」
彼の名前は、アレクサンダー・オブシディアン。
サザーク聖十字架修道院の修練長であり、パトリシアの弟である。
彼もまた姉であるパトリシアと同じ銀髪をした好青年で、腰まである長い髪は綺麗に後ろで一つに束ねられていた。
「普段にも増して美しい。とても素敵ですよ、"アリィ"。」
アリアのことを愛称で呼ぶ、アレクサンダーにレヴィの眉がピクリと動く。
すると、助手席のドアが開き…
「修道院の修練長がシスターを愛称で呼んでも大丈夫なのか?」
と、車から降りたパトリシアが前髪を華麗に掻き上げながら、弟のアレクサンダーに尋ねた。
「おお、これは麗しの姉上。貴女がアリィに魔法をかけてくれた魔法使いなのですね。」
「いや、どう見ても"魔女"だろ。」と、レヴィとヘイズ刑事軍曹が内心で同じことを思うに、「これの一体どこが...」と訝しげな目で二人はパトリシアを見た。
「ハハ、相変わらずアレクの頭はお花畑だな。」
「いやぁ、お褒めに預かり光栄です姉上。...あ、そうだ。」
何ともチグハグな会話を交わしながら、アレクサンダーは何かを思い出したように掌をぽんと叩くと体をレヴィの方に向けた。
「レヴィ君、マザー・ドリスがお待ちだよ。アリィも一緒に行っておいで。」
"アリィ"のところで可愛らしく瞼を弾いてみせる、アレクサンダー。
女性ならば、大体はこれだけでイチコロのところも、何故かアリアには全く通じないのだ。
「はい、修練長。」
「いやだなぁ。修道服を着てない時ぐらいは、また昔みたいに"アレク"って呼んで欲しいんだけど。」
明らさまに冷たい眼差しをアリアから向けられながらも、アレクサンダーはそれすらも嬉しそうに言う。
「そんな大それたこと出来ません。」
「...つれないねぇ。でも、そういう所もまた素敵だよ...あれ?」
気付けば、そこにアリアの姿はなかった。
「アリアなら、レヴィと一緒にもう行ったぞ。」
腹を抱えて笑っている運転席を背に、パトリシアが淡々と告げる。
やはり、彼女だけには上手くいかないなぁとアレクサンダーは頬をポリポリ掻きながら、軽く溜息をついた。そして、彼とパトリシアが、久しぶりの姉弟水入らずの会話に花を咲かせている頃にはアリアとレヴィが修道院の石造りの回廊を抜けて修道院長の部屋へと向かっていた。
修道院長室に辿り着くと、レヴィは部屋に入る前に軽くノックをした。
「入りなさい。」
部屋の向こう側から修道院長の許可を得るとレヴィは軽く頭を下げて入室した。一方で、アリアはというと、「失礼しまーす。」とまるで緊張感の欠片もない声でスタスタ部屋に入っていく。
「ご苦労でした、シスター・アリア。それと...レヴィ・オブレート。」
隙のない佇まいでこちらを見ているのは、サザーク聖十字架修道院の修道院長を務めるドリス・ブラウンその人だった。年齢の近いパトリシア刑事警部補とは古くからの付き合いで、厄介事を押し付けられるのは今に始まったことではない。それ故なのか、ドリスの眉間の皺は歳を重ねるごとに深く刻まれていった。そんな彼女だが、漆黒のヴェールを戴き、神に一生を捧げる誓いを立てた彼女の眼鏡の奥から放たれる厳格な眼差しは常にシスターたちの動向に向けられていた。
「...任務を終えたにも関わらず帰院が遅れてしまい申し訳ありません。」
「謝る必要はありませんよ、レヴィ・オブレート。あなたたち二人を少しの間だけお借りしたいとパトリシア刑事警部補からは前もって伺っておりました。」
そう言うと、修道院長は自室の壁に吊るされた時計を一瞬チラリと見た。
そして、普段の洗練された動きからは想像もつかないほど、珍しく焦燥を滲ませながら彼女は言葉を継いだ。
「時間が時間なので、後日改めてお呼びしようかとも思ったのですが、こればかりはは今日の方が良いかと思いまして。」
すると、修道院長は大切に布に包まれ、引き出しの奥に仕舞い込まれていた木箱を取り出した。
「本当ならばもっと早く渡して上げたかったのですが、中々手続きが上手く進まず思った以上に手間取ってしまいました。」
修道院長はレヴィの前に立つと、
一つ一つ丁寧な動きで包の布を解き、漆塗りの彫刻が施された木箱の蓋を開けて見せる。
「…これって、」
その箱の中には、アリアと同じ金の鎖に繋がれた十字架が収まっていた。これは、サザーク聖十字架修道院の正式な所属を意味するとても大切なペンダントだ。
すると、それを見るやいなや、当のレヴィ本人ではなくアリアの方から歓喜の声が上がった。
「やったー!レヴィ!これでアンタも立派な修道士よ!」
対する、レヴィは、まだ事実を受け入れられずに何やらそわそわと落ち着かない様子で、ペンダントの入った木箱をぎこちなく受け取った。
「…いいんですか?」
レヴィはおどおどとした表情で修道院長を見る。
その言葉の中には「自分なんかが。」という意味が込められたものだと彼女は理解しながら、彼が納得するように順序立てて丁寧に説明した。
「これだけ修道院に尽くして貰ってる以上、オブレートのままではシスターたちに疑惑の念を抱かせ兼ねません。それに、」
レヴィ・ラルドにとって、この金の十字架がどれだけ嬉しいことだとしても、ヘプタとしての刻印が、彼に"罪を背負う者"としての重圧として、ずっとそこにあるのだろう。
修道院長はそれを理解しながら、いつまで経っても触れられそうにない彼の手の上の木箱から、躊躇なく"レヴィ・ラルド"の名前が彫られた金の十字架を取った。
そして、それらの重さを一切感じさせない様子で、「こんなの、ただのペンダントよ。」とでも言うようにサッと彼の首にかけた。
「これは私から、貴方への"評価"だとも思って受け取って下さい。」
"重い"と思っていたはずの物が、彼女の優しさを通すことで驚くほど軽く感じられ、レヴィは暫く呆気に取られていた。
「マザー・ドリスって、てっきり、レヴィのこと嫌っているのかと思ってました。」
呆気に取られて固まってしまったレヴィの脇から、アリアがひょこっと首を傾げて不思議そうに修道院長の顔を覗き込んだ。
「仕方ないでしょう。彼がヘプタと呼ばれる七つの大罪の一人だと知った以上、例え今の彼が改心していたとしても周囲の反発を生まない為に私は立場上そういう態度を取らないといけなかったのです。」
そう言って修道院長がコホンと咳払いをすると、さっきまで固まっていたレヴィも弾かれたようにハッとなり、慌てて姿勢を正した。
「本日より、レヴィ・ラルドを我がサザーク聖十字架修道院の修道士として歓迎致します。これからも我が修道院とシスター・アリアの"チームメイト"としてよろしくお願いしますよ。」
心なしか穏やかな表情で紡がれた優しい言葉にレヴィは初めて自分が受け入れられたことを実感し、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「はい、ありがとうございます。」
「おめでとう、レヴィ!」
そう言うとアリアは嬉しさを抑えられず、大胆にもイブニングドレスの裾を翻しながら、レヴィに思いっ切り抱きついた。
「こら、シスター・アリア!その様な格好で端ないですよ。」
アリアは修道院長に注意されると、どこ吹く風でにべーっと舌を出して、フンと鼻を鳴らしたかと思えば、何かを閃いたように「そうだ、姉さまにも伝えなきゃ!」と慌ただしく修道院長室を後にした。
「ちょ、シスター・アリア!話はまだ終わってませんよ。」
まるで嵐が過ぎ去ったかのような余韻を部屋に残し、訪れた静寂の中で修道院長は「はぁ」と大きく溜息をついた。
すかさず、レヴィが「すみません。」とアリアの無作法を恥じるように困り果てた様子で謝った。
「いいのよ。あの子がああも反発的なのは、私が他のシスターより厳しく教えてきたからだもの。きっと口煩いババァとでも思っているのでしょうね。」
修道院長は掛けていた眼鏡を外して片手で眉間を抑えながら、ふぅと息を吐いた。
「そんなことはないと思いますよ。アリアだってきっと貴女のその厳しさが優しさであることに薄々気付いているはずです。だから、態度は悪いですけど、貴女の指示に従っているんだと思います。」
「そう。」と少し口元を綻ばせながら、修道院長は静かに眼鏡を掛けた。
そして、修道院長は再び机の引き出しに手をかけると、今度は少し縦長のチェスナットブラウンの革のポーチを取り出して、戸惑うレヴィへと渡した。
「これは貴方たちが今まで事件解決に協力した際に、警察や自治体から公的関与として支払われたものです。今の貴方たちなら、もう自分たちで管理出来るでしょう。」
真鍮の留め金を弾くと、中には通帳と一本の万年筆が入っていた。
てっきり慈善事業だと思っていたレヴィは、その額にも驚き、これをアリアに伝えるべきかどうか思い悩んだ。
「分かりました、これは暫く僕の方で預からせて頂きます。」
「えぇ、そうしてくれると助かるわ。」
アリアの性格を考慮しても、レヴィの考えが一緒だったことに修道院長は安堵の表情を見せると、「最後に」と短い前置きを挟んで言葉を続けた。
「他にも、衣食住などで困ったことがあれば遠慮なく言ってください。今の貴方にはその権利があるので。」
レヴィは「ありがとうございます。」と深く頭を下げると、しばしの沈黙を置いて、再びゆっくりと口を開いた。
「では、お言葉に甘えて。マザー・ドリスに一つお願いがあるのですが…」
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この作品はフィクションです。
作中の地名、施設名、団体名はすべて架空のものであるか、あるいは実在のものを部分的に参考にしています。登場する人物や出来事は、すべて架空のものです。
This work is a work of fiction. Names of places, facilities, and organizations are either fictional or partially based on real ones. All characters and events depicted in this work are entirely fictional.




