第二話 怠けな赤ん坊
赤ちゃんの体って重い。
なんでこんなに重いんだろう。
手足が、思ったよりも言うことを聞かない。
動かそうとすると、ぷるぷる震える。
筋トレ中の初心者みたいに、限界が早い。
__筋肉、どこに置いてきたの
前世では、寝転がりながらスマホ片手にポテチ食べても腕は動いたのに。
今はただ手を上げるだけで息が切れる。
「赤ちゃんって体力ある」って誰が言った。訂正して謝って。
___
最初に「動く」ってことを意識したのは、生後半年を過ぎたあたりだ。
周りの大人が「ハイハイの練習しましょうねぇ」なんて、にこにこ顔で地獄の特訓を始める。
__いやいやいや。無理だから。
だって、頭が重い。
腹も重い。
手を前に出すたび、ぐらっと揺れて、顔面から床に落ちる。
__これ、何プレイ?
それでも、なんとかバランスを取って
「ハイ!、、ハイ!」
一歩、進んだ。
もう一歩。
また一歩。
おお、進んでる。私、進んでる!
(、、で?これ、何の意味があるの?)
一回感動したら満足した。
努力、終了。
その後、ばったりと動かなくなった私を見て、両親は騒いだ。
「どうしたの!?病気!?」
「医者呼べ!」
(呼ぶな。疲れただけだ)
「お嬢様は疲れただけですよ」
落ち着いた声の女性だ。
__そうだ、止めて
両親の暴走を止めていた女性はメイド長だった。今回も事を収めた。
「セレスティア、ハイハイしよう〜」
「どうしたの〜?昨日は元気だったのに〜」
__いや、昨日動いたから今日はもうは動かないんですけど
結果、泣かない、笑わない、動かない。
感情表現が薄すぎて、医者に「落ち着きすぎている」と診断された。
__いや、むしろ普通の行動を求めないで
___
そんな私に、父親が日課のように迫ってくる。
「かわうぃね〜〜」
うわ、出た。変顔モード。
顔面筋肉をフル稼働して近づいてくるな。
しかも、鼻息が熱い。
「やっ」
手を押し付けて距離を取る。
「やっ、、?やぁぁ〜!?喋った!? 今喋ったよな!?この子今喋った!!」
「ほんと!?セレスティア、もう一回言ってみて〜」
__いや、ただ拒否しただけです。再現性ゼロです
不服そうな顔でいるが、両親からは効果音付きの期待の表情を向けられている。
「、、、、、、や」
「言ったぁぁぁ!!!」
__だから、違うって。
___
そして、月日は流れた。
気づけばハイハイから、つかまり立ちへ。
そこから、よちよち歩き。
歩けるようになるまで、何度転んだか分からない。
何度も諦めた。もうこの人生では寝たきりでいいや、、
前世では「立ち上がる勇気」とか名言みたいに言ってたけど、
実際に立ち上がるのって、脚が痛いし、頭が重いし、バランス悪いし。正直、修行。
__赤ちゃんの頃から人生ハードモードすぎない?
でも、歩けるようになると周囲がやたら騒ぐ。
「セレスティアが歩いた!」
「天才だ!」
「うちの子はやっぱり天才だわ!」
、、うるさい。
歩いただけで騒がないでよ。
__
今の私は、だいたい2歳。
この頃になると、周囲がどんどん“おままごと”とか“人形遊び”を押しつけてくる。
『お嬢様、お人形ですよ〜』
『お嬢、可愛い〜』
__そうだね
部屋の中は人形だらけ。
壁の上から下まで、フリルとレースの兵隊たちが並ぶ。
どこを見てもピンクか白。目に優しくない。
__いや、これ、可愛いを通り越して情報過多)
両親は、私のことを“愛されるお嬢様”として何不自由なく育てたいらしい。
だが、私は“寝て暮らしたいだけの人間”だ。
愛されよりだら付きたい。方向性が真逆。
___
それでも、メイドたちはやたら優しい。
『お嬢様、今日のおやつはイチゴケーキです』
『お嬢様、お外で少しお散歩を〜』
『お嬢様、お人形の髪をとかしてみましょうか』
、、つまり、私の周りは毎日美人メイドだらけ。
同じ人間を何人も侍らせて何がいいのかよくわかなかったが、、
__なるほど。これが、、ハーレム
私のハーレムは、全員が年上で、笑顔が眩しくて、言葉遣いが丁寧。
しかも全員が私を甘やかしてくれる。
__悪くない。いや、むしろ最高じゃない?
ハーレムを前世で馬鹿にしてごめんな。
と心の中で謝った。
たまに「お嬢様は、将来はどんな方と結婚されたいですか?」とか聞かれるけど、
そんな未来のことを考えるよりも、今このメイドハーレムを維持したい。
労せずチヤホヤされる。理想の人生、ここにあった。
___
ある日、父が部屋に入ってきた。
「セレスティア〜!新しいドレスを作ったんだぞ〜!」
またテンション高い。
手にはふわふわのピンクのドレス。
レース、リボン、そして羽。
__どこの魔法少女ですか
「これを着たら、きっとみんなメロメロだぞ〜!」
「ねぇ、あなた。このドレス、夜でも光るのよ!」
__ヒカぅルパジャマぁ?
光らなくていい。寝れなくなる
無理やり着せられ、鏡の前に立たされる。
父「セレスティアが女神に!」
母「かわいい〜〜〜!!!」
__はいはい、分かってる。ありがとう。おやすみ
___
成長するにつれて、言葉も覚えてきた。
「父」
「ママ」
「やだ」
「ねむい」
この四つの言葉で、生活の大半をカバーできることに気づいた。
__やっぱり、言葉って使いようだよね
だが、父はそのたびに「今しゃべった!」と大騒ぎ。
母は「セレスティアが天才なのよ!」と拍手。
__つまり、騒がしいのは変わらない。
異世界転生した時は、どんな世界だろうと不安があったが、おかげで不安は飛んでったよ。
でもまあ、悪くない。
食べ物は美味しいし、服はふわふわ。
毎日が“お昼寝とおやつ”で構成されている。
ただ、たまに考える。
___この世界、魔法とかがあるはずだ。
一度だけ、寝ぼけて手を伸ばしたら、ぬいぐるみがふわっと浮いた。、、わけでなく何も起こらなかった。
あの時のメイドの顔――完全に“信じてしまった人”の目をしてた。
「お嬢様、、いま、魔法を使おうと!」
__あー、、面倒くさいの始まりそう
だが、私は決めている。
何があっても、動かない。頑張らない。
だって――
頑張るって、疲れるじゃん?




