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親切心

作者: 月城夜幻

 今となっては過去に過ぎないことだが、私の記憶の中に眠るそれは再び目を覚ましつつある。いや、もう目を覚ましてしまったのかもしれない。あの日感じた怒りの炎は徐々に燃え上がり、やがて火炎へと変貌を遂げる。そのきっかけを作ったのは、紛れもない愛息子だった。


         *   *   *


 ある日のことだ。高校生になって五カ月の息子は、どういうわけか帰りが遅かった。いつもなら五時も回らない内に帰ってくるのに、今日の帰宅時間は九時を大きく過ぎていた。何があったのかと聞いてみると、信号機の故障で電車が三時間も遅延したらしい。だから唯一動いている路線で近くまで帰り、私の妻に連絡をして、終点の駅まで迎えに来てもらおうとした。だが、その場にいた友人が車で送ってくれるというのだ。息子は電車で帰ったほうが早いことを知っていたため、その場で断って帰ろうとした。しかし、友人はそれを聞かず、勝手に自らの親に息子を乗せてもらえるよう頼んだらしい。友人の親はそのために仕事を早く終わらせ、迎えに来てくれると言ったそうだ。そう言われてしまった手前、息子は断れなかった。

 私は「そうか、大変だったな」とだけ言い、息子を風呂に入れさせた。息子の背中には、疲れの塊がのしかかっていた。私もその感覚を知っているため、私の体験を今すぐにでも息子に話してやりたいと思う。「大変だったな。だけどよく頑張ったよ」と言葉をかけてやりたいと思う。自己満足かもしれないが、息子に話せるように今一度、あの出来事を思い出してみようと思う。


         *   *   *


 記憶とは変化を続けるもので、今となっては友人の声色もすっかり忘れてしまった。しかし、友人の性格は今となっても覚えている。お調子者で、クラスのムードメーカーのような役割を持っていた。クラスの大半の人と友達になり、親しくしていたと思う。なおかつ親切で、それが裏目に出てしまう時もあった。当然、その親切心が私に向いたこともあり、それが私にとっては迷惑だったという話だ。

 もう一つ言うならば、友人は中学校時代からの友達だった。自分の部活の時間をわざとずらしてまで私と帰ろうとしていたことも覚えている。趣味が合ったためその話をしたかったのか、今思えばそうとしか考えられない。そして、彼がよく言う口癖は「お前と一緒にいるだけで楽しい」と言う、何気ない一言だった。

 この記憶だけでは不十分だと私は思う。思い出したくもない記憶だが、さらに鮮明に思い出してみようと思う。


        *   *   *


 あれは、私が高校生になって五カ月の頃だった。学校にある程度馴染めた私だが、友達は全くと言っていいほどいなかった。そんな中、中学生の時から友達だった彼は私とよく話してくれていた。最近流行りのゲームの話をしたり、勉強の話をしたりとさまざまな会話をしていた。

 そんなある日、学校が半日で終わった日があった。私は早く帰って課題を終わらそうと、駅へ急いだ。そこで私を待っていたのは、信号機の故障による電車の運転見合わせの表示だった。近くにいた駅員に話を聞いてみても、電車はしばらく動かないらしい。唯一動く路線は、この駅の下にある地下鉄か家とは反対方向の路線のみらしい。私は立ち尽くし、どうすることもできなかった。

 しばらくして、私は反対方向の路線の行き着く駅の近くに、大型のホームセンターが建てられていることを思い出した。そこには手芸用品店もあり、手芸部だった私の欲するものを満たしてくれる可能性があると感じた。時間潰しにもなるため、私はそこまで行くことにした。

 そして、都合よくそこに現れたのが先ほど話した友人だった。友人はどこに行くのかと聞いたので、私は行き先を言った。すると、友人はゲームセンターに行きたいらしく、同行してよいかと聞いてきた。私は二つ返事で同行することを承諾し、駅のホームへと急いだ。

 電車が行き着いたのは、いつ見ても人の多い駅だった。年中観光客で溢れかえる光景は、人酔いしてしまう私からすれば慣れないものだ。だから私は駆け足で駅を抜け、ホームセンターへ急いだ。

 ホームセンターは思いの外広かった。誇張表現がすぎるかもしれないが、私からすればテレビなどで見る渋谷のスクランブル交差点に近いものを感じた。それほど人が多く、込み合っていたということだ。中にはこれまでに見たことのない大規模な食品売り場だったり、人気の飲食店や休憩場所などさまざまなものが詰まっていた。その中の一つが手芸用品店であり、私は吸い込まれるように中に入っていく。そこに広がったのは、私の想像力を引き立てるための素材の山だった。

 普段、私はハンドメイドで人形を作っている。知名度はそこまで高くないが、私の大好きなアニメのキャラクターだ。作中でも着せ替えキャラクターのような立ち位置であったことから、服の種類はその数ある。それを作るための資材が、この場には有り余るほど売られていた。

 まさに至福の時間。気がつけばカゴを手に取り、明らかに不必要な品まで中に入れてしまっていた。それも、手持ちの資金を考えずにだ。仕方なく今は必要でないものと必要なものの優先順位を分け、買える分だけの毛糸を買った。不必要なもの以外は買いたかったために、悔しい思いをしたものだ。

 私は買い物を終え、友人がいるであろうゲームセンターに赴いた。友人は満足したのか、近くの休憩場所のソファーに座り、スマートフォンをいじっている。だが、私の顔を確認するなり、友人は笑顔で私に向かって「一緒にゲームをしよう」と言い出した。私は手持ちがあまりなく、今月の小遣いも部費の関係でほとんど消えているから断ろうとした。だが、友人は一回だけと言って私の財布事情を考えようともしない。結局、折れたのは私だった。仕方なく百円をアーケードゲームの機械に投入し、リズムゲームをさせられた。やたら腕を使うため、体力のない私にとってはとにかく疲れるだけだった。

 しばらくして、彼は満足したようだ。ただでさえ雀の涙ほどしかない資金を使ってしまったため、この地点で私は不満だった。そして、まだ電車が動き出していないことも私の不満を加速させた。

 すると、スマートフォンが手の中で小刻みに揺れた。確認してみると、親からの電話だった。私は慌てて通話のボタンを押し、親の電話に出た。電話越しに親が言った言葉は、まだ動いている遠回りの路線を使って最寄り駅まで帰ってくるよう促す言葉だった。私はそうすると親に返し、電話を切った。そして、後ろにいる友人に普段は使わない遠回りの路線を使って帰ると言い、私はその路線の駅へ向かった。

 幸いなことに、もう一つの路線は私がこちらに来た時と同じ駅にある。乗り場が少し離れているだけで、人混みさえなければ五分ほどで移動できる距離だ。私は改札をくぐり、もう少しで発車する電車の席に座った。後は寝ているだけで良いため、私は気楽に眠りにつこうとした。

 だが、それを妨げる者が現れた。先ほど別れたはずの友人だった。なぜこの場にいるのか理解できず、私は困惑する。だが、これ以上に困惑したのは「車で一緒に帰ろう」と言った友人の言葉だった。信号機の故障によって止まっている路線は、どうやら目的地の十手前の駅まで行くそうだ。そこで車に乗せてもらい、家まで送っていってくれるという。

 しかし、私はこの電車に乗った方が早く家に着くと知っていた。友人が提案した方法では、この電車に乗って帰って到着する時刻より二時間も遅くなるだろう。それを伝えるため、私は「申し訳ないけど、私はこの電車で帰るよ」と伝えた。だが、友人は手を引いて私を電車から連れ出した。そして、改札を抜けたところで彼は「話したらお前も乗せてくれることになったから、早く行こう」と言った。

 私の中で何かが崩れる音がした。それは、小学生だった頃、親友だと思っていた同級生に裏切られた時と同じ音がした。断るための選択肢はない。私に一切の理もなく勝手に決められたことに、頭が沸騰するような感覚を覚えた。だが、友人は私を家に送りたいという善意でこれをやってくれている。迎えに来てくれる彼の親にも申し訳ないことをしてしまうと思いうと、断ることなどなおさらできない。

 私は怒りを呑み込み、平然を保とうと努力した。無理やり作り出した微笑みの顔で友人に感謝を伝る。友人は誇らしげな顔をしながら、電車へと急いだ。私にはその後をついていくことしかできず、友人に遅れないよう早歩きで、だが友人とは距離を取りつつ歩いた。

 電車に揺られている時、私は何を考えていたのだろうか。早く家に帰ること。そして、配布されたばかりで提出期限が近い課題の存在。これら二つは密接しており、単位を欲する私にとっては一刻も早く提出したいものだった。

 そこからのことは、あまり詳しく覚えていない。気がついた頃には予定していた駅に到着し、私は友人の親の車に乗せてもらった。私の耳には一切の音が聞こえなかった。車は動いているため音は鳴っているのだろうが、それ以前に、私の頭の中は時間という概念に支配されていた。一分を三分くらいに感じるほどに、時計の針が動くことがとにかく恐ろしかった。その時はどうかしていたのだろう、私は。

 そん中で唯一聞こえたのは「お前と一緒に帰って正解だった。一緒にいるだけでも楽しいからさ」と、無邪気に笑いながら言う友人の言葉だった。


         *   *   *


 今となっては過去の記憶に過ぎないことだが、私はそれを眠らせておくべきだと考えた。私は変わっていないのだ。かつてそこに立っていた十五歳の青年から。そして、息子に話すのも一回限りにしようと思う。息子に子供が生まれた時、その子には私と同じような思いをしてほしくない。私の中で目を覚ましたそれは、思い出せば思い出すほど、友人の行動と言動に怒りを覚えるだけなのだ。

 この記憶が完全に消え去るときは、私が火に包まれる時だろう。暖炉に焚べられた紙は、二度と元に戻ることはないのだから。

本作品をお読みいただき、誠にありがとうございました。これは実際の体験談を元に、一部事実を変更した上で制作しました。この作品に込めたテーマは「ありがた迷惑」であり、相手からすれば善意であっても、受け取る側からすれば迷惑であることを伝えたかったため制作しました。作中の「友人」はやや自分勝手な部分が見られますが、車で送ってくれるということのみは善意であるということを認識していただければ幸いです。

改めまして、本作品をお読みいただき、誠にありがとうございました。また、別の世界線で読者の皆様と触れ合えることができることを楽しみにしています。

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