第4話 さらわれた勇者
破邪の魔力を持つ勇者であるにもかかわらず、まともに剣を持てるほどの腕力もなければ、魔法の素質も一切ない少女、リシェル。
はっきり言ってこんなか弱い少女が魔物と戦うなど無謀にも等しいが、これでも大賢者に認められた勇者であることは事実なため、リシェルを無力な存在のままほっぽっておくわけにもいかず、この場にいる冒険者たちは皆途方に暮れていたのであった。
一方そのころ、この冒険者ギルドの隅っこで、唐突に何かを始めだす者がいた。
つい先ほどまでテーブルの上に突っ伏していたゴーレム技師のゼノである。
ゼノは実際の大きさよりもはるかに多くのアイテムを収納できる魔導具の鞄…マジックバッグの中から鋼のインゴットを取り出すと、すぐさま錬金術によってその鋼をある形へと作り変えていった。
「……よし、出来た。サイズは…まあ、これくらいで問題ないだろう」
ゼノが鋼のインゴットを加工して作りだしたものは、指先から肩までを覆うタイプの鋼の籠手。
ただし、ずいぶんと小柄な人間用のサイズのものである。
「あとはこいつを使って…」
ゼノは再びマジックバッグの中から何かを取り出した。
それは、小さなミスリルの塊である。
「フフフフ…」
ゼノは早速そのミスリルの塊に対して錬金術を発動させようとする…が、そのことに気づいた受付嬢のリナリーが、慌てて止めに入るのであった。
「だめです、ゼノさんっ! それ、ミスリルじゃないですかっ。それは使用禁止…」
「いつ、どこの誰が使用禁止だと言った?」
「えっ?」
「俺がこれから行うのは、このミスリルを使って、この籠手を魔導具に改造することだ。籠手は防具、武具の一種であるのなら問題はないだろう」
「あっ……」
そう、ミスリルをはじめとする魔法金属の使用が禁止されているのは、武具以外への使用。
つまり、その使用対象が武具の範疇である以上、法的に咎められることは一切ない。
「フフッ、これで完成だ」
ゼノは籠手の改造を終えると、すぐさまそれを持ってリシェルのもとへと向かった。
「おい、勇者の少女、これを着けてみろ」
「……え?」
突然籠手を持って現れた目つきの悪い男の存在に、リシェルは戸惑っている様子。
すると…
「ああ、もういい、そのままおとなしくしてろ」
すぐさまこの籠手の性能を試したいゼノは、戸惑っている様子なリシェルの右腕に、勝手にこの籠手を装着させてしまった。
「よし、装着完了。サイズは目測だから少々心配だったが、特に問題はなさそうだな。じゃあ早速、この籠手を着けた手で剣を振ってみろ」
ゼノは近くにいた冒険者から勝手に剣を奪い取ると、それをリシェルの手に無理やり握らせた。
「おいゴーレム屋、いったい何やってんだよ。この子は剣すらまともに持てないほど非力なんだぞ」
そう、リシェルは細身の剣すらまともに持てないほど非力な少女である。
だからゼノから剣を奪われたその冒険者は、どうせまたすぐに自分の剣も落とされると思い、そう言ったのだが……
「振れる…。すごく…軽い」
リシェルは手に持たされた剣を落とすことはなく、軽々と振り回している。
このリシェルの変わりっぷりに驚いたジンクは、すぐさまゼノに尋ねた。
「ゴーレム屋のあんちゃん、いったい何やった?」
「簡単なことさ。ゴーレムの腕を動かすのと同じ要領で、あの籠手を動かしているだけだ」
そう、非力なリシェルが剣を落とさずに振れているのは、全てあの籠手のおかげ。
「つまりあれは、嬢ちゃんが剣を振っているんじゃなくて、勝手に籠手に振らされてるだけってことか?」
「それは少し違うな」
「何がどう違うってんだ?」
「あの籠手は装備者の筋肉の動きを感知して、装備者が腕や指を動かそうとしている方向に、より速く力強く動く。だから勝手に…ではなく、剣を振る腕の力を強化している…というほうが正しい」
「なるほど」
これで、非力なリシェルでも問題なく剣が振れるようになった。
ただし…
「めちゃくちゃ体が傾いているみたいなんだが」
「右腕以外は強化されてないんだから仕方ないだろ」
そう、籠手を着けている右腕以外の力は一切強化されていないため、リシェルの体は剣と籠手の重みでものすごく右に傾いていた。
「まあ、今は突貫で作ったから右腕分しかないが、全身この装備で固めれば無敵の勇者の誕生だ。ふはははははっ!」
つい先ほどまでテーブルの上に突っ伏していた人間とは思えないほど、ゼノは上機嫌に不敵な笑みを浮かべている。
「というわけで、この勇者は俺がいただいていくぞ。お前たちじゃ、どうすることも出来ないみたいだしな」
そしてゼノはリシェルの意思やこの場にいる者たちの考えなどお構いなしに、さっさとこの場からリシェルを連れ去っていってしまったのである。
「ジンクさん、あれいいんですか? いくらうちで一番ランクが上だからって、こんな勝手な…」
「まあ俺たちじゃ、あの勇者の嬢ちゃんをどうすることもできないってのは事実だし、ここはあのあんちゃんに任せようじゃねえか。もしかすると、本当に無敵の勇者になっちまうかもしれねえしな。はははっ」
ジンクはこの場にいる若手の冒険者たちよりは、ゼノの作るゴーレムの強さをよく理解しているため、そう楽観的に笑っていたようだ。
だがしかし、同じようにゼノがゴーレム技師として優秀であることを理解しているからこそ、非常に心配している者もここに一人。
「うーむ…」
「難しい顔してどうしたんだ?バラッド」
「なあジンク、ゼノは勇者のことをゴーレムの部品とでも思っているんじゃないだろうか。本当に任せて大丈夫なのか?」
「うっ……」
この場にいる全員、ものすごく心配になってきた。