第1話 ゴーレム製造禁止令
ゴーレム…それは、古代の魔導科学技術によって生み出された、聖域を守護する最強のガーディアンである。
だが今ではそのゴーレム製造技術は失われ、ごく一部の遺跡やダンジョンに古びたゴーレムが存在するのみとなっていたのだが、ここにその失われたゴーレム製造技術を蘇らせた者がいた。
「ふむ、オーガか。パワー型な二十三号のテストにはちょうどいい相手だ」
「ウガァァァッ!」
凶暴な大鬼の魔物…オーガが、目の前にいる青年に向けて鋭い爪を持った巨大な手を振り下ろしてくる。
だがしかし、この青年は一切何も動揺していない。
「止めろ、二十三号」
青年がそう口にすると、オーガと同等の大きさの金属製の体を持つ人形が、振り下ろされたオーガの腕を軽々と受け止めた。
「ウガッ…ガッ……」
「どうやら、オーガの動きは完全に抑えられているようだな。これなら出力、強度、反応速度は問題なしとみていいだろう。……ならあとは、攻撃性能のテストだけだ。やれ、二十三号!」
青年がそう命令を下すと、二十三号と呼ばれた巨大な人形は、もう一方の手でオーガの頭をわしづかみにした。
そしてその頭をわしづかみにした手は、高熱を帯びながらオーガの頭を握りつぶしていく。
「ウガッ…ガッ…ガァァァァァッ!」
「はい、おしまい」
オーガの頭はあっけなく潰されて、巨大な人形を従えている青年はご満悦の様子である。
「ふはははははっ! ……さてと、それじゃあ帰るとするか」
魔導科学技術の粋を集めて作られた古のガーディアンに魅入られ、持てる知識と技術の全てをそれに注ぎ込み、ついにはそのゴーレムを現代によみがえらせた天才錬金術師。
ゴーレム技師ゼノ、それが彼の名である。
ゴーレムの性能テストを終えて町へと戻ってきたゼノは、さっそく冒険者ギルドへと向かった。
それは、先ほど戦ったオーガ討伐の報告のためである。
「こ…これは、オーガの角っ!」
冒険者ギルドの受付嬢は、ゼノが討伐の証明として持ってきたオーガの角を見てかなり驚いている様子。
「ゼノさん、またこんな強力な魔物倒してきちゃったんですか。さすがこの町の冒険者トップのBランク…。というか、こんなに強いのなら高難度ダンジョンの攻略も余裕ですよね。そしたらAランクにだってなれちゃいますよ」
この町、フィルドルブの冒険者ギルドはランクの高い冒険者があまりいない小さな支部であるため、受付嬢はこの町初のAランク冒険者の誕生にかなり期待している様子。
だがしかし…
「いや、興味ない」
「何でですかっ! Aランクですよ、Aランク! 正真正銘の上級冒険者、どこへ行ってもみんなから一目置かれる存在ですよ!」
「心底どうでもいい」
「そんなぁ……」
ゼノが冒険者ギルドに登録しているのは、ゴーレムの性能テストをしてるだけで魔物の討伐報酬がもらえるからであって、冒険者のランクや名誉などには一切興味がないのである。
「そもそも、強いのはあくまで俺の作ったゴーレムであって、俺はただの貧弱なゴーレム技師でしかないぞ。そんな俺が長期間ダンジョンになど潜っていられるわけないだろ」
「うっ……」
受付嬢は何も反論できない様子。
「はぁ…。ゼノさんならAランクいけると思ったのに、残念だなぁ…」
「それより…」
「はいはい、今回の討伐報酬ですね」
「いや、そうではなくて、この前依頼したクエストの件はどうなった? まだ達成されていないのか」
「ああ、ミスリル採取のご依頼ですね。もちろん、もう達成されてますよ」
ゴーレムは魔力で動く人形であるため、その製造にはミスリルなどの魔法金属が必要不可欠。
ゆえにゼノはそのミスリル採取のクエストをギルドに依頼していたのである。
「じゃあ今回の討伐報酬はそっちの支払いに充ててくれ。あと残りは、どれくらいの金額が…」
「あー、ゼノさん、実はそのミスリルの件で一つ問題が…」
「何だ? 本当はまだミスリル集まってないとか言うんじゃないだろうな」
「いえいえ、クエストはちゃんと完璧に達成されてますよ。ただ……」
「ただ…何だ?」
「法律で、ゴーレムの製造が禁止になりました」
「???」
突然受付嬢から告げられた事実に、ゼノは一瞬頭の中が真っ白になった…が、すぐに正気を取り戻し、受付嬢の言葉に反論する。
「そんな馬鹿なことあるわけないだろ。ゴーレムを作っている人間など俺くらいしかいないのに、そんなピンポイントな法律を作られるわけがない!」
「いえ、これはゴーレム作りを禁止する法律じゃなくって、武具以外への魔法金属の使用が禁止になるって法律です」
「は?」
「ほら、近年はミスリルの採掘量も年々減少傾向じゃないですか。そして数年ほど前から勇者の力を持つ人が現れてる…ということは、その勇者が倒すべき存在…魔王もすでに現れている可能性が高いということで、魔王が倒されるまでは貴重な魔法金属は武具にしか使ってはならないってなったみたいです」
「そ…そんなっ……」
ゴーレムの製造には魔法金属が必要不可欠。
ゆえにゼノは、唯一の生きがいであるゴーレム作りを奪われてしまったのであった。
「終わりだ…。もう…何もかも、おしまいだ……」
この世の終わりののような顔をして落ち込んでいるゼノ。
だがそんなゼノに、受付嬢はある提案を告げる。
「大丈夫ですよ、ゼノさん。魔法金属の使用が禁止されるのは魔王が倒されるまでなんですから、いっそゼノさんが魔王を倒しちゃえばいいじゃないですか。ゼノさんの強力なゴーレムで」
「ふざけるな」
受付嬢はかなりいい提案をしたつもりだったようだが、彼女の提案はゼノをひどくいら立たせてしまった模様。
「魔法金属が使えないということは、ゴーレムが壊れたらもう直せないということなんだぞ。魔王となんて戦わせられるわけがない!」
「そ…そうですね…」
「いや、修理だけじゃない。今後は整備すら困難になってくるだろうから、普通の魔物相手でも戦わせ続ければいずれがたがくる。もう、ゴーレムは…戦わせられない……」
この町で最もランクの高いBランク冒険者ゼノ、どうやらここで冒険者引退の模様。
もっとも本人は、元からまともに冒険者などやっているつもりはなかったようであるが。