「MADO」計画ツアー — 再訪者の足跡
城の作戦室。
巨大な地図の上に、赤く点滅する無数の地点が浮かび上がっている。
それが、不安定な結界システムの場所だ。
リィナが地図の中央を指差す。
「ここに、全世界の結界を同期させる“大基準点”を作ります。
それが――MADO計画です」
一瞬、彼女は言葉を区切った。
「Modular Architecture for Dynamic Optimization」
「……つまり、世界規模のクロックツリーを作れと?」
「はい。あなたの”エフ・ピー・ジー・エー”技術で」
俺は頭を抱えた。
だが、脳裏にはあの奇妙なコードが浮かぶ。
// Keep the phase locked, no matter the cost.
(……本当に、僕のやることなのか?)
* * *
翌日から、各地の魔導回路修復の旅が始まった。
第一の町――錆びた配線を交換し、安定化モジュールを挿入。
村人たちは初めて見る基板に目を丸くし、やがて静かに手を合わせた。
第二の村――魔力ノイズを除去するフィルタ回路を追加。
回路が静まると、井戸水の音まで澄んで聞こえた。
第三の砦――外部クロックの位相をPLLで同期。
波形が揃った瞬間、兵士たちは小さく息を吐き、笑みを交わす。
作業を終えるたび、誰かの暮らしが守られたことを実感できた。
それは研究室の中では味わえない感覚だった。
移動の合間、リィナがふと笑った。
「あなたが回路を組んでいるときの顔、ちょっと楽しそうですね」
「……そう見える?」
「はい。魔導回路を解析しているときの私と、たぶん同じ顔です」
そんな何気ない会話が、旅の中で少しずつ増えていく。
気づけば、彼女の指示や癖を言われなくても理解できるようになっていた。
……だが、同時に胸の奥に引っかかるものがあった。
まるで、すべてが最初から僕を待っていたかのような――。
どの現場でも、不思議なことが起きた。
古びた基板に刻まれた「soma」の文字。
黄ばんだ図面の抵抗記号は、僕の手癖そのもの。
デバッグ用のメッセージに無造作に書かれた hoge の文字列。
どれも些細なはずなのに、冷たい指先で心をなぞられたような感覚が残る。
通りすがりの誰かが、ぽつりと「再訪者」の名を口にするたびに、その感覚は強まっていった。
* * *
旅を終え、すべての結界がMADOに接続された。
いよいよ世界規模同期の実験の日。
城の中枢室で、最終クロック信号を有効化する。
LEDのように各地の結界が一斉に点滅を始めた瞬間――
画面に現れるメッセージ。
Replaying prior session…
スピーカーから、ザラついたノイズ混じりの声が流れた。
「……この回路で、平和は守れる……はずだ」
背中を冷たいものが這い上がる。
息を呑む僕に、周囲の視線が突き刺さる。
心臓が、一拍だけ打ち損ねた。
それは紛れもなく――自分の声だった。
お読みいただきありがとうございます。
耳慣れない技術用語もあるかもしれませんが、そんなものかと読み流していただけると嬉しいです。
続きは、明日更新予定です。




