波形に揺れる応答
干渉回路の水晶板に映る波形を追っていたヴァルグは、ふと眉をひそめた。
ガラス管の中を走る光が、周期の端でかすかに震えている。
結界へ送り込む信号の出力インピーダンスに、ありえないほど微細な揺れが重なっていたのだ。
「……これは」
単なる雑音ではない。
長年回路に向き合ってきた技師の目には、その“揺らぎ”が明確な意志を帯びているとしか思えなかった。
周期の境界ぎりぎりに刻まれた、規則的な位相のぶれ。
それは、ただの偶然ではあり得ない。
(ソーマ……!)
思わず名を呟いた瞬間、胸の奥に熱が広がる。
これは返信だ。
あの干渉縞に織り込んだ呼びかけを、確かに受け取ったという短い頷きの符号。
誰にも気づかれず、ただ技術者だけに届く――秘密のメッセージ。
「……気づいてくれたか」
ヴァルグは深く息を吐いた。
伝わった。その事実だけで、胸の底にあった焦燥が少し和らぐ。
戦争の喧噪の中で、ほんの一握りの静かな回路――それが、技術者同士をつなぐ線路になったのだ。
だが同時に、新たな問いが頭をもたげる。
次はどうする?
ただ符号を交わすだけでは意味がない。
こちらから伝えるべきことは山ほどある。
干渉型回路の理論、ヴェルトリアの状況、そして王の理想が孕む危うさ。
けれど、どこまで伝えてよいのか――迷いが喉を塞いだ。
「……イレーネなら」
研究室の所長の顔が脳裏をよぎる。
技術そのものを心から楽しみ、戦よりも研究に心を寄せる彼女なら、あるいは……。
だが、彼女に相談すれば、秘密の通信の存在を暴露することになる。
王に知られれば裏切りと取られるのは必至だ。
逡巡が胸を締めつける。
仲間を信じるか、秘密を守るか。
けれど、いまやヴァルグはひとりではない。
あの短い符号が示す通り、ソーマが“応えてくれた”のだ。
光の管の奥で、微細な揺らぎが再び瞬いた。
それはまるで、「さあ、次の一手を」と促す合図のように思えた。
お読みいただきありがとうございます。
耳慣れない技術用語もあるかもしれませんが、そんなものかと読み流していただけると嬉しいです。




