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メッセージへの返事

――やがて慌ただしかった砦の喧騒も次第に鎮まり、夜は静けさを取り戻していった。


だが攻撃は止んでいない。外からの干渉信号はなお結界に流れ込み続けている。

エルドランとリィナが組み込んだ補強回路が効いて、今はうまく雑音を逃がしているのだ。

砦はかろうじて守られていたが、状況が解決したわけではなかった。


ソーマは保存しておいた波形を呼び出し、周期ごとに区切って重ね合わせる。

「……やっぱり、完全なノイズじゃない。同じ形が繰り返されています。

長い文章というより、短い符号を何度も送っているように見える」


指で縞模様をなぞる。たしかにノードを攻撃する信号だ。

けれど、その奥に確かに「人の手」が感じられるのだ。

「……解けない」


リィナが言う。

「直接答えを聞けたらいいんですけどね……」

そう口にしてから、リィナは小さく肩をすくめて舌をちょこんと出した。

「……なんて、冗談ですけど」


「それだ!」ソーマは身を乗り出した。「聞いてみればいい。返事を返そう」


乗り気になるソーマに、リィナは思わず目を瞬かせた。

「応えるって……誰に、ですか?」

自分は冗談のつもりだったのに、と戸惑いが混じっている。


「もちろん、メッセージを送ってきた人、おそらくヴァルグさんに」

ソーマは小さく頷いて答える。

「ちょっとした細工をするだけだ」

それ以上の説明はせず、制御盤に手を走らせる。


彼の指先が選んだのは、PUF応答回路。

ノード認証のための仕組みに、ほんのわずかな“遅延”を意図的に挟み込む。

通常なら一様に返るはずの信号が、クロック境界ぎりぎりで揺れる。

人の目にも、魔導素子の監視にも、それは単なる誤差やノイズにしか映らない。

砦の防御には一切支障がない。


だがヴェルトリアの干渉型回路なら――この周期の揺らぎは必ず目に入る。

整いすぎた雑音。そこに規則を見いだす者だけが気づける符号。

ソーマが刻んだのは「確かに受け取った」という、

メッセージを送ってきた相手――おそらくヴァルグ――にしか読めない短い頷きのパターンだった。


リィナとエルドランは顔を見合わせ、息を潜めて見守る。

「……うまくいったんですか?」

「ええ。問題ありません。ただのノイズにしか見えないはずですから」

ソーマは静かに答え、口元にわずかな笑みを浮かべた。


けれど心の奥では、別の返事を思っていた。

メッセージを送ってきた相手もまた、その存在を秘したいはずだ。

ならば、この微細な遅延こそ最適だろう。

――他の誰にも気づかれず、ただひとりの技術者だけに届く返答になる。


(……ヴァルグ。これで伝わるだろう。お前の“遊び”は、確かに届いたって)


結界の外では光がなお揺れ、砦を包む波形は静かに脈動を続けていた。

それは破壊の余韻であると同時に、技術者同士だけが共有できるひそやかな通信のきらめきとなっていた。


お読みいただきありがとうございます。

耳慣れない技術用語もあるかもしれませんが、そんなものかと読み流していただけると嬉しいです。

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