ヴェルトリアの研究室にて・後半
研究室の奥、干渉パターンを測定する水晶板の前。
光の縞模様が波打ち、揺らぎながら幾何学的な模様を描き出していた。
イレーネはその様子に見入っていたが、やがて小さくため息をついた。
「……ヴァルグ。あなたは、本当に王の言う“平等”を信じているの?」
不意を突かれた問いに、ヴァルグは返答をためらった。
「信じる、というより……従うしかない」
「そう?」
イレーネは水晶板から目を離さず、淡々と続ける。
「私は、あの子どもが掲げる理想そのものを否定はしないわ。
皆が等しく暮らせる世界……きっと素敵でしょうね。
でも、あの理想を実現する手段が“戦争”しかないというのなら――」
彼女は手にしていた記録用の羊皮紙を机に投げ出した。
「……私は心からは賛同できない」
ヴァルグは黙って光の管を見つめた。
アルディナで捨てられた自分。ヴェルトリアで迎え入れられた自分。
今や王の右腕と呼ばれているが
――その技術が再び“戦争の道具”として使われているのは間違いなかった。
「俺も……本当はそう思っている。
だが、もう後戻りはできないんだ」
イレーネが視線を向ける。
その瞳には批判よりも、長年の仲間に向ける憂いが浮かんでいた。
「ねえ、ヴァルグ。
あなた、かつてアルディナで共に回路を直した“あの青年”を思い出しているんじゃない?」
ヴァルグは小さく目を見開き、それから視線を伏せた。
「……忘れられるはずがない。
彼と並んで回路を直した夜が、俺の技師としての原点だった。
だが今や、俺はその彼と敵対する立場にいる」
イレーネはしばらく黙り、干渉縞を映す光の揺らめきに目を落とした。
やがて静かに言った。
「技術は人を救うためにも、殺すためにも使える。
……でも、私は“作る喜び”を手放したくないの。
あなたも同じじゃないの?」
ヴァルグは返答しなかった。
ただ管を流れる光を見つめる。
位相が重なり合い、干渉して新しい模様を生む
――それは確かに、技術者の心を掴んで離さない美しさを持っていた。
「救うための技術か、奪うための技術か」
その境界は、光の縞のようにわずかな揺らぎで変わってしまうのかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
耳慣れない技術用語もあるかもしれませんが、そんなものかと読み流していただけると嬉しいです。




