若き王と黒曜の技師
ソーマが偽ノードを退け、束の間の安定が訪れたその頃――
※※※※
ヴェルトリア王城の謁見の間。
高くそびえる柱の間に、幼い王が座していた。
年の頃はわずか十二。
小柄な身体は大きな玉座にすっぽりと埋もれ、重々しい冠はまだ少し大きすぎる。
細い首にはその重さがよく目立ち、顔立ちにはまだ幼さが残っていた。
けれど瞳だけは真剣に燃えていた。
――父王が大戦のさなかに急逝し、突然に王位を継がされた子どもなりに、必死に国を背負おうとしていた。
「ヴァルグ」
名を呼ぶ声は澄み渡り、広い空間に響いた。
だがその響きにはまだ高い調子が残り、精一杯の威厳をまとおうとする努力が透けて見える。
幼さを隠すように胸を張り、一語一語を噛みしめて発するその姿に、場を取り巻く兵や廷臣たちも自然と背筋を伸ばしていた。
「アルディナの人々は、簡易な魔導回路に安住し、もはや修練も努力も忘れてしまった。
一方で、我らヴェルトリアの民は勤勉であり、古き伝統を守り続けている。
……それなのに、報われぬ。資源も乏しく、ただ不遇にあえぐばかりだ」
小さな拳を固め、玉座の肘掛けを打ち鳴らす仕草は、背伸びをした子どものようでもあった。
だがその言葉には確かに熱があり、理想を信じる強さがあった。
「だから私は、世界を正す。
怠惰に堕ちた者と、真面目に修める者と――その差を埋めねばならぬ。
すべての人が平等に暮らせる世界を。
そのためには、アルディナの結界も資源も、我らが手にせねばならぬのだ」
一種の理想主義的な夢想が、まだ声変わりも終えていないその声に響いていた。
謁見の場に控えるヴァルグは、静かに頭を垂れた。
かつてアルディナで技師として働いていた。
彼が中心となって開発した結界システムが動き出し、戦況は膠着に向かった。
安堵した上層部の間では、次第にこう囁かれるようになった。
――「もう魔導技師はいらないのではないか」
――「戦争に使えてしまうほどの技術は、むしろ危険だ」
冷たい声が広がるにつれ、待遇は悪化し、居場所は狭まっていった。
「技師は使い捨てにすぎない」――そう突きつけられたとき、ヴァルグは国を去るしかなかった。
そして亡命先に選んだのが、このヴェルトリアだった。
「……仰せのままに」
漆黒の外套を揺らし、彼は低く答える。
「偽ノードは一旦は退けられました。ですが、すでに次の手立てはあります。
間もなく、アルディナ全土の結界は我らの掌中に」
若き王は満足げにうなずいた。
その仕草もまだぎこちない。けれど言葉は真っ直ぐで、子どもゆえの純粋さがあった。
「よい! そなたの技こそが、この理想を現実にする。
ヴァルグ、我が右腕よ……どうか民を“救って”くれ」
その言葉に、ヴァルグの胸中には微かな痛みが走った。
救うために始めたはずの技術が、奪うために使われようとしている。
だが、もう止められない。王も、国も、そして彼自身も――この道を選んでしまったのだ。
ふと脳裏に、かつて砦で並んで回路を直した青年の笑顔がよぎる。
「PLLを挟めば安定します」――そう言って迷いなく手を動かした、あの夜。
今、同じ青年が再び立ちふさがっている。
(……ソーマ。お前は本当に、世界を“救える”のか?)
小柄な王の声が再び響いた。
「アルディナを、そして世界を正すのだ!」
謁見の間の天井に、その宣言がいつまでも反響していた。
お読みいただきありがとうございます。
耳慣れない技術用語もあるかもしれませんが、そんなものかと読み流していただけると嬉しいです。




