閑話・二つの国
水晶板の波形が、ゆっくりと収束して消えていく。
ひと仕事を終え、僕たちは湯気の立つカップを手にしていた。
熱を確かめもせずにカップに口をつけた瞬間、僕は、思わず舌を引っ込める。
「あちっ……」
リィナがくすりと笑った。
「ソーマさんって、魔導回路に向かうときは慎重なのに、結構おっちょこちょいですよね」
エルドランは小さく肩を揺らした。
「まあ、それも技術者らしいじゃろう」
「……そういえば」ほどよく冷めた飲み物をひと口含んでから、僕はふと思い出したように口を開いた。
「どうしてヴェルトリアは攻めてくるんですか?」
リィナもそっと視線を上げる。
「砦が襲われるのは見てきました。けれど、そもそも隣の国と争っている理由は……」
彼女は少し言葉を探し、ぽつりと付け加えた。
「私が物心ついたときには、もう当たり前のようになっていましたから」
エルドランは水晶板に残る淡い光をじっと見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
「聞いた話にすぎんがな」
低く落ち着いた声が、静かな空気に染み込んでいく。
「もとは、アルディナもヴェルトリアも同じ祖を持つ文明――“マグナ・アルカ”から分かれた国々だ。
どちらも、魔法を特別な術ではなく、誰もが扱える工業技術に変えて発展してきた」
彼は指先で水晶板の縁をなぞりながら続けた。
「南西に広がる豊かな鉱脈と魔石の恵みを受けて育ったのが、わしらの国アルディナだ。
魔石を基盤にした魔導回路は小さく、安定し、安価に扱える。
そのおかげで灯りや水、結界に至るまで庶民の暮らしに行き渡り、人々の生活は便利になった」
「一方ヴェルトリアは資源に乏しく、揺らぎや干渉を利用する道を選んだ。
あれはすごい。大規模施設や軍の戦場では強力な力を発揮する。
だが……おおがかりで、しかも高くつく。日々の生活を支えるには向かなんだ」
リィナが眉を寄せる。
「つまり、同じように工業化しても、生活の豊かさはまるで違ってしまったんですね……」
エルドランはうなずく。
「そういうことだ。ヴェルトリアの民は不満を抱え、
その怒りや焦りをそらすため、アルディナを“敵”とする。
……技術の根は同じでも、歩んだ道は違ってしまったのだ」
「だから結界を攻めて、こちらの資源を奪おうとしている……」リィナは眉をひそめた。
エルドランは小さく肩をすくめる。
「真相は誰にも分からぬ。だが、そういう話をわしは耳にしてきた」
(……どちらの国も、もとは魔法を身近にしようとしたはずなのに。
それなのに、どうしてこんな争いになってしまうんだろう)
水晶板の上で、波形が淡く揺れ、静かに消えていった。
お読みいただきありがとうございます。
耳慣れない技術用語もあるかもしれませんが、そんなものかと読み流していただけると嬉しいです。
そういえば、やっと、国の名前をだすことができました。




