FPGAで国が守れるの?
石畳の階段を上り、狭い通路を抜ける。
案内されたのは、半分崩れかけた石造りの――研究室のような場所だった。
いや、この世界でそう呼ぶのが正しいのかは分からない。
けれど僕の目には、確かにそう見えた。
冷えた空気の中、机の上には奇妙な装置が鎮座していた。
金属のリングを走る粒子の光。
触れれば凍るように冷たい金属。
そして、大型LSIのようなブロックが二つ、その間には水晶板のモニタ。
水晶板に浮かぶ波形は周期がガタガタで、ひび割れたガラスの上をノイズが這っているようだ。
時折はぜる火花と低い唸りが、部屋の空気に溶け込んでいる。
「これが……南方砦の防衛結界を制御する魔導回路です」
リィナの声は深刻だった。
「この不安定さが続けば、結界は崩壊し、砦は陥落します」
……結界? 砦?
電子回路の話から、いきなり戦国ファンタジーみたいな単語が飛び出す。
頭が混乱しそうになる――けれど、水晶板の波形が視界の端でちらついた瞬間、技術者としての本能が口を挟んだ。
(この周期の乱れ……位相がふらついているだけだ。PLL※を挟めば……いや、本当にいけるか?)
※PLL(Phase Locked Loop):位相を合わせて信号を安定化させる回路
僕はリュックからFPGAボードを取り出した。
USB電源ケーブルを探したが、見つからない。
代わりに渡されたのは、小さな魔石。
ケーブルに押し当てると、不思議なことにLEDが点灯する。
「……マジで動くのかよ」
さっき見た「MADO Quartus Prime」を起動し、即席でPLL回路を書き込む。
信号レベルも分からない。完全にバクチだ。
この世界の「魔導回路」にFPGAを直結していいのか――頭の片隅で警戒が鳴る。
だが、外の角笛と爆発音が、その思考をかき消した。
試しにボードを二つの魔導回路の間に接続する――
光の粒が、ぴたりと整列した。
「安定した……!」
リィナが息を呑む。
その瞬間、外から甲高い角笛の音。
泥まみれの兵士が駆け込んできた。
「報告! 南方砦への砲撃が――止まりました!
結界が正常に機能し、敵の魔導弾をすべて弾きました!」
兵士は僕に敬礼する。
「感謝いたします、“再訪者”殿!」
「……いや、たまたま動いただけですよ? っていうか再訪者って何ですか?」
だが、誰も答えない。
部屋は歓声で満ち、僕だけがぽかんと立ち尽くしていた。
ふと、ディスプレイに目をやる。そこに、見覚えのないコメント。
// For the day you return.
// Keep the phase locked, no matter the cost.
「……誰が書いたんだ、これ」
頭の奥で、小さな痛みが走る。
眩しい光――同じ言葉を聞く自分――見知らぬ戦場で、同じFPGAボードを手にする誰か――
(……なんだ、今の映像……?)
お読みいただきありがとうございます。
耳慣れない技術用語もあるかもしれませんが、そんなものかと読み流していただけると嬉しいです。




