魔導回路学習の成果
実験を重ねるうちに、魔導回路の扱いにもようやく慣れてきた。
素子の癖を読み、補償を入れれば波形を整えられる。
最初に結界を修復したときは、正直なところ幸運に助けられた部分が大きかった。
既存の仕組みを理解せずとも済んだからだ。
だが今は違う。小さな成功を積み重ね、理屈と経験で確かめながら魔導回路を組み直してきた。
自分の持ち込んだ知識と組み合わせることで、
少しずつ魔導回路の動作原理に納得できるようになってきたのだ。
依然として FPGA が魔導回路とどうつながっているのかは謎のままだ。
だが、FPGAを使って魔導回路の機能を拡張できる
――そんな可能性を想像すると、不思議と胸がわくわくした。
リィナもまた、以前は外から眺めていただけの仕組みを、今では「魔導回路の意味」として理解できるようになっていた。
同じ図面の上で、僕と彼女、それぞれの解釈を言葉にしてぶつけ合える。
二人の知識が交わることで、もっと新しいことが生まれる
――そう思えること自体が、なによりの確信だった。
そんな折、研究室の扉を叩く音がした。結界維持班の若い研究員だった。
「ソーマさん、街の結界が最近どうも安定しないんです。
普段は動いているのですが、ときどきふっと乱れて……仕方なく再起動することが増えていて」
差し出された水晶板の記録には、確かに乱れが刻まれていた。
しかもその揺らぎは一定ではなく、複雑に形を変えながら徐々に大きくなり、
やがてシステム全体の不具合へとつながっているように見える。
研究員は困ったように言葉を継いだ。
「問題の部分は、古い時代の回路がそのまま残っていて……
複雑な模様のような構造で、誰も手を入れられないんです」
現場を覗くと、渦や曲線で編まれた複雑な魔導回路が広がっていた。
リィナが少し考え込み、写本をぱらぱらとめくる。
「……ありました。以前見た古い回路に似ています。
確か“入ってきた揺らぎを分解して、それぞれ抑え込む仕組み”と注釈があって……」
「なるほど。たしかに似ているな。でも、これを模様のまま修正するのは無理だ」
リィナも小さく首を振る。「私もです。まるでつかみどころがありません」
僕は少し考え、それから言った。
「でも、ロジックとしては似たことをやったことがある。
信号をFFTに分解し、逆向きの成分を合成してから逆FFTで戻す――そんな処理に近い」
「……それじゃ、私にはさっぱりです」
リィナが子犬のようにぷくっと頬をふくらませる。
「ちゃんと、わかるように説明してくださいよー」
(あ、ちょっと早口すぎたか)
僕は軽く頭をかいて言い直した。
「つまりね、入ってきた揺らぎを“いくつかの波”に分けて調べて、それぞれ弱めてやるんだ。
水面にいろんな波が立ったら、それぞれ逆向きの波を作って打ち消す――そんな感じなんだけど」
「……あ、なるほど!」リィナの顔にぱっと明るさが戻る。
「魔導回路の模様は波を“まねして消す”仕組みで、
ソーマさんのはそれを別の形で置き換えるってことですね」
僕は頷き、FPGA基板を取り出した。
「そういうこと。それなら僕にも、ロジックとして実装できる」
僕は早速Verilogで回路を記述し、MADO Quartus Prime で合成してFPGAに書き込む。
古い模様と接続を切り替えると、揺れていた波形がすっと落ち着いた。
水晶板に澄んだ光が走り、結界全体が静かに息を吹き返す。
「……安定しています」研究員が驚きの声を上げた。
僕は静かに頷く。「もう再起動は必要ないでしょう」
***
研究員が戻っていった後、リィナが笑顔で言った。
「ソーマさん、魔導回路も“エフ・ピー・ジー・エー”も、どっちも素敵ですね」
……いや、それがね。FPGAは実は、あと一枚しか残ってないんだ。
お読みいただきありがとうございます。
耳慣れない技術用語もあったかもしれませんが、「そんなものか」と軽く流してもらえれば幸いです。




