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王立図書館にて

王都の大図書館は、石造りの巨大な建物だった。

高くそびえる塔の窓からは淡い光が差し込み、重厚な扉を押し開けると、静謐な空気が迎えてくる。

広大な書庫でありながら、床には塵ひとつなく、棚も几帳面に整えられていた。

長い歴史を抱えながらも、日々丹念に手入れされていることが一目でわかる。


ルシアが静かに言う。

「この書庫には、魔導災害や大陸戦争の前から伝わる文献が眠っています。ただし……」


言葉を引き取るように、案内役の司書が肩をすくめた。

「焼失を免れたのはほんの一部。継ぎ接ぎの写本や破れた羊皮紙ばかりで、完全な研究記録はほとんど残っておりません」


棚を調べると、確かに断片ばかりだった。

それでも描かれた回路図は――どれも僕が知る世界のものと驚くほど似通っていた。


「不思議だな。時代も地域も違うのに、基本構造はほとんど同じだ」

思わず独り言のように口にすると、リィナが首をかしげる。


「どういうことですか?」


「たとえばここ」

僕は羊皮紙を指差す。交差する魔力の流れを切り替える素子――まるで論理回路の基礎のような形。

「複雑に見える仕組みも、こうした基礎を積み重ねて整理できる。どの時代の写本も似た形に収束しているんだ」


けれどそこに理屈は一切ない。

なぜそう設計すれば動くのか。なぜ魔力が安定するのか。

どの文献にも答えはなく、「この形が正しい」とだけ記されていた。


リィナがぽつりとつぶやいた。

「……もしかすると、魔導回路そのものが“魔法”とみなされてきたのかもしれません」


その言葉に僕は息をのんだ。

論理や物理ではなく、信仰や習慣として――動くから正しい。使えるから受け継ぐ。


ページをめくる指先に冷たい汗がにじむ。

胸の奥に、奇妙で危うい疑念が芽生えていた。

「……魔導回路は、誰にも“理解されていない”のかもしれない」


そう口にして、ふと大学時代の研究室を思い出して苦笑した。

先輩が組んだ回路で、「なんで動くのか分からないけど安定してるからヨシ!」と使い続けられていたやつがあった。

ブラックボックスながらも妙な安心感、あるいは下手にいじると動かなくなるかもしれない恐れ。

――結局、人間ってどこの世界でも、動けばそれで良し、なのかもしれない。


***


「見てください!」

資料をめくっていたリィナが興奮気味に指を差す。


「ここにも……“エルドラン”という署名があります!」


彼女の声がわずかに震えている。

「エルドラン=ヴァルクス、伝説の魔導回路技師の名前です。

私は写本でしか見たことがありませんでしたが、実物の図面が残っているなんて……!」


破れかけた羊皮紙の隅に、確かに同じ署名が繰り返し書かれている。

丁寧な回路図から、たくさんの魔導回路を設計した優れた技師であることがひと目でわかる。


と、そんなリィナに対してルシアがおずおずと切り出す。

「エルドラン=ヴァルクスですって? それ、私の祖父です」


「――!」

リィナは息をのみ、顔を上げた。僕も同じように言葉を失う。


「けれど、私は“技師としての祖父”をほとんど知りません。

学者として尊敬してはいましたが、魔導回路について語ることはなく

……だから署名を見たのも、今日が初めてなのです」


ルシアの声には、淡い戸惑いと寂しさがにじんでいた。


そして、ためらいがちに続ける。

「祖父は……今も生きています」


沈黙が落ちた。

伝説の魔導回路技師――生きている。

そして、彼に会えるかもしれない。


胸の鼓動が抑えきれず、思わず拳を握りしめた。


お読みいただきありがとうございます。

耳慣れない技術用語もあったかもしれませんが、「そんなものか」と軽く流してもらえれば幸いです。


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