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魔導回路ってなんだ?

やがて研究室には、見習いの若者たちが集まるようになった。

回路図を抱えて目を輝かせる彼らに囲まれて、僕は思わず苦笑する。


彼らが楽しそうに議論を交わす様子を眺めながら、僕は椅子に腰を下ろした。

――そのとき、ふと口をついて出た。


「……そもそも魔導回路って、何なんだろうな」


いろいろなことに流されて見様見真似でFPGAを使って結界を修復したり、

電子回路技術の応用で魔導回路の見直しをはじめて、なんとなくは動かせてはいる。

けれど僕自身、魔導回路については全然知らないことばかりだ。


独り言のつもりだったが、近くにいたリィナが小首をかしげてこちらを見た。


「ソーマさん、魔法と魔導回路の違いはご存知ですか?」


「いや、まだよく分からない。

ただ、この前見た……井戸の水をすくい上げる光の紐。あれが“魔法”なんだろう?」


リィナは小さく笑い、静かに説明を始めた。

「ええ。魔法は素質を持つ人が修行を積んで扱える術です。

空気や自然界に満ちる“魔元素”を組み合わせて、火や水、光を生み出す。

けれど誰でも使えるわけではありませんし、強力な魔法を扱える人は限られています」


――魔元素を操る術。僕の世界で言えば、化学反応のような仕組みに近いのかもしれない。


「では魔導回路は?」と僕が尋ねると、リィナは少し表情を引き締めた。

「魔元素の流れを人工的に操る仕組みです。

だから素質のない人でも術を使えるようになるんです」


――なるほど。

つまり魔法の恩恵を、誰もが手軽に使えるようにした“工業製品”みたいなものか。


「時代を経るにつれて、より複雑な術を扱えるように設計も高度化してきました」

リィナの言葉に、僕は思わず頷く。


僕は深く息をつき、図面を見返す。

「術式を流すだけなら魔法と同じはずだ。けれど、そこに“回路”が存在するのはなぜなのか」

僕がこの世界に来て以来、魔導回路を扱うたびに、ずっと引っかかっている問いだった。


魔導回路をひもといてみると、驚くほど整然とした構造が浮かび上がる。

信号を組み合わせる論理回路、クロックに従って値を保持するフリップフロップ――。

その積み重ねはレジスタ転送レベル(RTL)として秩序をなし、やがて複雑な制御を表現している。


魔力の流れを信号に、魔導回路を配線に、術式の遷移を状態遷移に見立てれば――まるでコンピュータ・アーキテクチャだ。

複雑な仕組みでも、設計技法に沿って積み上げれば動くようにできている。


構造が電子回路と同じであるがゆえに、FPGAを使って魔導回路の修正や機能追加ができたのだろう。

もちろん、なぜ魔力が電気のように論理を運び、同期の境界を越えても安定して働くのかは分からない。

理由は霧の中でも、現象として「動く」ことだけは確かだったのだ。


僕はリィナに問いかけた。

「君は……魔導回路について考えたことがあるか?」


「私も教わったのは『この線をこう繋げば動く』というやり方だけです。

なぜそうなるのか、誰も説明してくれませんでした。

それにここ数年は結界の修復対応ばかりで、研究に時間を割く余裕もなくて……」


彼女は悔しげに唇を噛んだ。


そして、ためらいながら続ける。

「……多くの研究記録は、“魔導災害”や“大陸戦争”の中で焼失しました。

残ったのは断片的な設計図や現物だけ。

それを必死に解析して受け継いできただけなんです。

だから応用はできても、理論的な裏付けは失われたまま……」


リィナの目が揺れる。

「けれど――王都の大図書館や学院には、まだ古い写本や設計図が残っているかもしれません」


「王都に……」僕は呟いた。

確かに、これまで目にしてきた設計図はどれも似たような形をしていた。

けれど理由の説明はなく、ただ“受け継がれてきた形”として存在している。


「そうか……。今までは流れに任せて回路を扱ってきたけど、根本に立ち返るときが来たのかもしれない」


思えば、僕がこの世界に来てからはずっと「既存の回路を直す」ことに追われてきた。

それは確かに人々を救ったけれど、“なぜ動くのか”を問うことは後回しにしてきたのだ。


僕は顔を上げ、はっきりと告げる。

「……王都に行こう。残された記録を探すんだ」


リィナが静かに頷いた。

「答えはきっと、どこかに残されています。私たちの歩んできた回路の歴史の中に」

お読みいただきありがとうございます。

耳慣れない技術用語もあったかもしれませんが、「そんなものか」と軽く流してもらえれば幸いです。

ソーマの「魔導回路ってなんだ?」を探す旅は、まだ始まったばかりです。

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