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覚悟


ミルネスには二つの大罪がある。


一つは自分勝手な理由で公爵令嬢の親友を殺したこと。

もう一つは救いようのない愚者であることだ。


ミルネスはこれを深く心に留め、悔い、その深い深い業を、己の罪を、耐えることのできない苦しみと死によって、今世だけでなく来世もその次も償い続けようとしている。

だから、ミルネスはこうして、処刑当日まで大人しく城の地下深くの牢獄につながれたままでいるのだ。

……………いや、大人しくしているというと語弊があるが。



「あぁ、今日も可愛いくってかっこいいね、君。名前なんて言うの?ボク、君の名前を知りたいなぁ」


「罪人に名乗れるほど、私の名も家名も汚していいモノではない。飯だ、食え」

「やぁん」


キャッと頬を赤らめたミルネスに汚物を見る目を向け、錆びた鉄の檻の小さな扉からカビたパンを投げ入れるのは少年の見た目をした、看守、またの役職を処刑人であった。


ミルネスはカビたパンを手錠のつけられた両手でキャッチし、それをちぎって口に放り入れ、咀嚼しながら目の前の檻の先の彼をうっとりと見つめた。


超……ちゅき……。

かわいいカッコイイ最高お前が神か!!!!結婚してくれ!!!!いや高望みはしないから靴底で踏んでくれ!!!!むしろその靴底を舐めさせてください!!!!!れろれろれろ!!!!!!


ミルネスが彼を一目見た瞬間に、心の中で弾けて弾けて爆発して広がった思いはこれである。

本当に死んだほうがいい。


キモイ、そんなことはミルネス自身百も承知である。


でもこれって所謂一目惚れってやつなのではないだろうかとミルネスは思った。そしてその衝撃的な初対面の日、なんと彼は言ったのだ。

「私は、貴様の処刑人である。そして看守である」


待って、このチョーカッコイイ白髪美少年に殺されるなんてご褒美じゃねーか。

こんなんじゃ死んだとしても罪が償えない。どうしましょう。アッ、顔がいい死ぬ。


どちらにしろ死ぬんだからどうでもいいことではないかと思われるかもしれない、しかしミルネスにとって、これは深刻な問題であった。

自分は散々苦しんで、その大罪を償っていかないといけないのだから。

あぁどうしましょ、こんなドタイプ美少年(白髪の姿)に殺されても我々の業界ではご褒美でしかない。マジでどうしよう。ごめんねルイジェ(殺した公爵令嬢の名)。本当にごめんね。


ミルネスは悩みに悩んだ、そして彼女が出した結論は。


「いやー、ボク今世は罪を償うのを諦めて、普通に君に殺されようと思うよ」


「ふざけるな苦しんで死ね」

「願わくばそうして欲しいのよ」

「ハッとんだ虚勢だな、虫唾が走る。安心しろ、散々地獄を見せた後殺してやる」

「エッ(興奮)」


またしてもポッと頬を赤く染めたミルネスに、彼はこの上なく嫌そうな表情をして帽子を深くかぶり直した後、看守としての他の仕事へと戻っていく。


「精々その薄汚い牢の中で、近づいてくる死の足音に怯えていろ」


ミルネスにとってはご褒b……効きもしない捨て台詞を吐き捨てて。



少年はこの世にずるんと這い出て、産声を上げた瞬間から役目を決められていた。

それはそれは、大層立派なお役目だった。


『この牢獄を外の世界から守り、決められた日に、牢獄の中の罪人をこの上なく苦しませて殺しなさい』


「はい、おとうさま」


少年が7つの時、父親に告げられた己の使命であった。

少年の家は代々王家に仕える名門貴族だった。もっとも、その忠義はどす黒く血に濡れ、いくつもの屍の上にあるものだが。

少年の兄弟はそれぞれ、生まれた瞬間から『役目』が決められており、そのどれもが国家機密の中枢だ。


兄弟のなかでも少年はとびきり優秀だった。

幼い頃から、脱獄どころか外からの侵入者、出入りするものはネズミ一匹許さなかった。素晴らしい看守で処刑人であった。

この牢獄に収監されるのは、『王家にとって都合が悪いので秘密裏に残酷な手段で処理したい』者である。

それがどんな意味をさすのか少年は分かってはいるが、とうの昔、生まれた瞬間から絶対の忠誠は王家に誓っており、囚人を殺すことに何の躊躇いもなかった。

少年は完璧であった。

長年困っていることと言えば、童顔ゆえに年齢よりもずっと若く見られることくらいである。


しかし、そんな彼にも最近悩みがあった。


囚人番号00110である。


これがまぁ、本当に気持ちの悪い女であった。


「ハァハァハァ、めっちゃ輝いてる!!君!!マジで後光さしてるよ!!ちゅきちゅき」


飯の時間にそいつの牢屋に行くと、一言目にこんなことを言われる。

たまったもんじゃない、たまったもんじゃないが、まぁ、精神がヤバい囚人なんていくらでも処刑してきた。全然彼の手にかかれば心を粉々にすりつぶすことができる。


しかし、彼女は違った。


試しに一発拷問しようとしたら


「我々の業界ではご褒美です(ニチャァ)」


と、親指を立てて微笑まれたのだ。

とても、すごく、大変気持ちの悪い笑顔だった。

ちょっと鞭で打ったら、「はぁん、ちゅき」としか言った。気持ち悪い。


彼女が演技とかじゃなく本気で喜んでいるというのが分かる。何年この仕事をやっていると思っている。囚人の心を読むことくらい赤子の手をひねるように簡単である。


だからこそ、彼はこの女をどうやって殺すか悩んでいた。


彼に与えられた使命は、役目は、この牢獄の罪人を、この上なく苦しませ、絶望させて殺すこと。


彼女は死にたいとよく口にする。

他の囚人にもそういう考えのヤツはいるっちゃいる。


しかし彼らは、死ぬことで楽になろうとしているのだ。

これが彼女と根本的に違うところである。


あの女の気持ち悪いところは、ただ死ぬだけでは足らず、苦しんで苦しんで、その上で死にたいと思っているのだ。


どうすればいい、どうすればアイツは絶望する。


私は。罪人を地獄に落とすために生まれてきたというのに。







「ふふふ、またご飯の時間だね、君に会えてうれしいよ」


「………………」


「ボク、君のこと最高に大好き。愛してる」


「………………」


「……今日は静かだね、あ、もしかしてボクを殺す日かな?ふふ、言ったよね、ボクを苦しませてくれるって、言ったよね」


「………………貴様は、幸せか?」


そう聞くと彼女は頬を赤らめて、言った。

まるで一世一代の告白のように。


「君がこれから、幸せにしてくれるんでしょ?」







あぁ、無理だ。


ごめんなさい、お父様。姉上、兄上、弟、妹、弟、弟。……親愛なる王家の皆様。

私は大切なお役目をこんな!!女のせいで!!!!果たせそうにありません!!!!!


膝から崩れ落ちると、目の前の女が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「えっ、大丈夫?大丈夫?お腹下した?ボクのカビパン間違えて食べたとかじゃないよね」

「ふざけるな、舐めるな、私はどんな猛毒にも耐性が、………………クソッ」

「ねえ大丈夫?抱きしめてなでなでしてあげるよ、こっちにおいで、って無理か。ごめんごめん」


反吐が出るような提案をしてきた女を睨む。


……こんなはずではなかった。

こんなあっさり、コイツの思うがままに殺してやるなんて、そんな屈辱的なこと、したくなかった。

父上に褒めてもらうはずだった。姉上に、誇らしいと言われるはずだった。

それなのに。


私はこの女のせいで、お役目すら果たせぬ凡人に成り下がるのか?





………………ふと、思いついた。


あぁ、コイツはまともじゃないから、苦しまないのだ。

自分は、正気の人間しか苦しませて殺せない。

なら。


こいつをまともにして、幸せにして、頂点から突き落とせばよいのではないか。


「、ふは、」


自分の口元が醜く歪むのがわかった。


正気にして、愛して、幸せの絶頂に上げてやればいい。

その後で、すべてを地獄に叩き落とすのだ。


「笑顔がキュートでマジよろしい」

「うるさい。












………………なあ、……私がお前を、幸せにしてやる」


牢の鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで回した。


「あぁ、だが、貴様の望みを叶えるなんて死んでも御免だ。私は貴様に普通の人間が思うような幸せを味合わせるのだ」

「………………どういうことなの?」

「きっと、貴様という障害を乗り越えるために、暫しこの牢獄から離れてもあのお方は許して下さるだろう。今収監されているのは貴様で最後だし、私が外の仕事の際は姉上の方に罪人は行く。今回も同じであろう。姉上に迷惑をかけてしまうのは申し訳ないが、これは私の使命、生きる意味、お役目を果たすために、しなくてはいけないことなのだ」

「美少年にスルーされてぴえん」

「煩い黙れ!」


今後自分が何をすればいいのかがパズルのピースのように嵌め合わせられていく。


幸せに、幸せにして、殺す。

そのために



「おい、00110番、ここから出て、貴様を幸せにする旅に出るぞ」




「うーん、大分マジで何を言ってんのかよくわからないけど、ボクを幸せにしたいなら、まずボクの名前を呼んでくれる?ミルちゃんってね」


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