カレーだとかキャラメルだとか
「あ、皇くん。昨日はありがと~、すっかりご馳走になっちゃって」
隣人の外出の物音を聞きつけて外に出た俺に、愛護が屈託なく礼を言う。俺は「別に」と肩をすくめながら聞く。
「コンビニ?」
「ううん、スーパー。コンビニは高いよ~」
「いいじゃん、付き合えよ」
「やだよ、冷凍した鶏肉と一緒に煮込むネギを買いたいんだ。皇くんもさ、ジュースでも買うんならスーパーのほうが安いよ」
別に外に出る口実なんてなんでもよかったから、ふーん、とこぼしてついていく。
考えてみれば、ふたりで最寄りのスーパーに行くなんて割とおいしいシチュエーションかもしれない。
相変わらず風は冷たいが、愛護のいる左がふんわりと温かかった。
「お前さ、いつも自炊なの?」
「うん、だいたいね。たくさん作って冷凍しておけば安いし。でもさ、スーパーの300円弁当もそこそこいけるんだよね」
へえ、と相づちを打ちながらも、もっといいもん食わせてやりたいけどな、なんて考える。
「あ、でも昨日のご馳走はとびきりおいしかったよ。あの、鴨肉のなんとかソースみたいなのとか。ほんとにありがとうね」
白い息の向こうの柔らかい笑顔に、目を細めた。
あの店が好きならいつだって連れて行くし、うまいもんが好きなら、それなりのものを見繕って持って行ってやる。自然にそう思えた自分に、新鮮な驚きが込み上げる。
注いでほしいその人に、俺も注ぎたい。人生で初めて、そう思ったのだ。
「愛護、今度さ」
「んー?」
「……なんでもない。なんか好きな食べもんとか教えて」
また誘おうかなと思ったが、恋敵がいる以上、ぐいぐい行くだけが必勝法じゃないだろう。
第一、そういうのは俺らしくない。
でも惣菜買いすぎたからとか、たまたま家に酒があったから、みたいな理由をつけて隣を訪ねてみるくらいはいいかな。
俺なりに気長にやってみるさ。一時しのぎよりも長い幸せが欲しいなら、手間暇かけてなんぼだ。
今、ひまわりみたいに笑う愛護の瞳には俺が映っている。
長く、もう少しだけ長く、俺をその瞳に留めてくれる日を想って、カレーだとかキャラメルだとかの色気のない好物の話を聞いた。(完)