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楠木の上の少女たち


 ふっ、と少女が楠木の葉を吹いて、風に飛ばした。

 少女の手のひらに乗っていた葉はくるくると風に乗って、地面に落ちる。


 その少女は校庭の楠木に登り、太い枝に腰を下ろしていた。ちょうど木の下を通る生徒らを見下ろす恰好だ。

 そして宙で足をぶらつかせながら、失敗だわ、と呟いた。すると、斜め上の枝から別の声がした。


「サクラは下手だからね」


 枝の上に乗って両手を広げ、平行棒のようにバランスよく歩いている。

 風に長い黒髪をたゆたわせ、もう一人の少女――カオルは続けた。


「ほら」


 カオルが近くの葉にふっと息をかけると、ゆっくりと風に舞って木の下へ落ちていく。そしてその葉はそのまま、下を通った教師の頭上にふわっと乗った。

 サクラは大きな目をさらに大きくして、くすくす笑った。それを見て、カオルも得意げに微笑する。

 

 楠木の生い茂る葉の間から陽光が漏れ、きらきらと二人を照らす。

 カオルはもといた枝からサクラの座る枝にすっと飛び乗ると、そのままサクラの隣に座った。


「サクラがのんきに外なんか見てるから、入学式終わっちゃったじゃない」


 カオルに言われると、負けじとサクラも言い返す。


「カオルがのんびり髪を梳いて毛づくろってたからでしょ。準備が遅いのはいっつもカオルで、私はいっつも待たされてる。この前だって、お気に入りの髪留めが無いとか言って、三十分も待ちぼうけだった!」


 サクラが言うのは、二人して花見に行った日のことだった。

 今年はたいそう美事だというので、せっかくならと揃いの矢絣の着物に袴を出してきた。するとカオルが、髪飾りが無い、どうしてもあれでなければ嫌だと言って、出発がだいぶ遅れたのだ。

 結局サクラも探し物に付き合い、髪飾りはしまい込んだ着物の間から発見された。


「もっと早くにサクラも探すのを手伝ってくれていたら、遅れたりしなかったのに」


 カオルは素知らぬ顔で応対する。

 そしてつと顔を曇らせて、小さく言った。


「あの髪飾りは、清光が似合うって言ってくれたやつだったんだもん。あの日はどうしてもあれじゃなきゃ嫌だったの」


 清光の名を聞くと、サクラも寂しげに目を伏せた。


「――ねえ、やっぱり清光も、私たちのことを忘れちゃったのかな」


 ざあざあと楠木の葉が揺れ、音を立てる。


「ほんとだったら、もうとっくに私たちのことを忘れちゃってる年ごろだもん。清光は特別だったから、高校へ入るまで私たちと一緒にいてくれただけで……」


 自分に言い聞かせるように、カオルは答えた。


「でも、清光が私たちのことを忘れてちゃったとしても……、私たちは二人だもん。一人じゃない」


 無理やり作ったような笑みを浮かべ、カオルはサクラを見た。それを見てサクラも、暗い気持ちを押しのけるようににこりと笑みを作った。


「それはもちろん。私たちは、二人で一つ」

「……――それにしてもこの楠木、気に入ったわ。ここへ来るまでも色んな樹や花があったし……音羽の家の外って、こんな風になってたのね。入学式には間に合わなかったし、清光にも会えなかったけど……外へ出てみた甲斐があった。ね、もう一度勝負しましょ。どっちがきれいに葉を落とせるか」


 カオルは枝の上でくるくると舞いながら、あたりの葉に息を吹きかけていく。流れるように楠木の葉は風に乗って、カオルを取り囲んだ。


「嫌、もう飽きたもん」

「何よ、勝てないからって勝負を捨てる気?」

「それより私は、もっと他のところも見に行ってみたいの! 清光が言ってたけど、学校には図書室っていうのがあるんでしょ?」

「本がたくさんあるところ? 行ってもいいけど……どうしようかな」


 カオルは笑いながら、自分の周りを舞っていた葉に息を吹きかけた。今度はたくさんの葉が、サクラの方へと飛んでいく。


「きゃっ」


 突然の葉の襲来に、サクラは慌てて立ち上がった。楠木の葉はサクラを追いかけて、セーラー服にまとわりつく。その様子を見て、カオルはひたすらくすくす笑った。


「こら、カオル!」


 サクラは葉を落としながら、負けじと手のひらをカオルの方へと向けた。すると手のひらから大きな風が生まれて、カオルへ向かって吹き抜けた。

 今度はカオルが顔をしかめる番である。セーラー服のスカートが風にはためき、長い髪が乱れてなびいた。


「何するのよ!」

「先にやったのはカオルでしょ」

「髪の毛がぐちゃぐちゃになっちゃったじゃない」

「そう? いつも通りじゃない?」

「言ったわね」


 カオルはむっとして、また葉をサクラの方へと飛ばした。応対して、サクラも風を起こしてカオルに向かわせる。

 二人はそうしてしばらく、楠木の上でじゃれあった。



 少女たちはよく喧嘩や言い合いをするが、いつも自然と収束している。どちらかが折れるか、どちらも飽きるか、ほほえましい小競り合いばかりで、少し経つと言い合っていたことなど忘れて共に笑い合っているのだ。


 今回も一通り言い合いややり合いが終わると、二人は示し合わせたように笑い合って、隣同士に楠木の枝に腰かけた。

 ちょうど葉が切れ目になっているところで、そこからは学院の校舎がよく見える。

 二人が校舎を眺めながら無言になると、思い出したように春風が吹き楠木の葉を揺らした。


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