表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/49

蔵に住む少女たち


 桜が蕾をつけ始めているとはいえ、風はまだ冷たい。過ぎた冬と比べると春を感じるけれど、温かさにはまだ遠い。


 少女は椅子に座って、ぼんやりと窓から外を眺めていた。開け放した窓からは、少女に向かって風が吹き込んでくる。

 その風は頬を冷たくなでて髪を揺らしたが、少女は眉一つ動かさず、一向に気にするそぶりを見せなかった。


 部屋の中は薄ぼんやりとしていて、窓から入る光だけが鈍く周囲を照らしている。

 外の天気は悪くはなかったが、ちょうど雲が太陽を遮ったところだった。春風がうら寂しく吹く音と相まって、部屋は寒々しさを増した。


 窓辺の少女の身は濃紺のセーラー服に包まれていて、部屋の闇に溶け込んでいる。胸元の赤いスカーフだけが鮮やかだ。

 厚手の冬物のセーラー服を着ているが、春寒の中短いスカートから細い生脚をのぞかせている。


「何を見ているの?」


 奥からもう一人、別の少女が出て来て問う。


「何も。ただ眺めていただけ」


 窓辺の少女は短く答えて、出てきた少女の方を向いた。


「そろそろ出ないと、入学式が終わっちゃう」

「急ぐ気なんて無いくせに――」


 少女たちは互いに含み笑いを見合せる。

 そして窓辺の少女は立ち上がり、分厚い窓をゆっくりと閉めた。

 ぼんやりと部屋に射していた陽の光が消えると、空間は完全な暗闇に包まれる。


 しかし少女たちはそのまま、迷うことなく暗闇の中歩を進めた。まるで暗闇の中で光が見えるかのようだ。

 難なく扉の前にたどり着くと、これまた分厚い扉を重苦しい音をさせながら、二人で思いきり内側へと開けた。

 風が、一気に吹き込んでくる。



 二人がいたのは、白い大きな土蔵だった。モルタル塗りのモダンな造りだ。

 居住用に幾度かの改築がされていて、古めかしさも感じさせない。電気がひかれていたし、一階と二階それぞれには大きめに作られた窓があって、開けると自然光が取り入れられた。土壁のため、じめじめとした厭らしさもない。


 一階は吹き抜けになっていて、高い天井から丸いランプが下がっている。しかしその頂が見えないほどに、ところ狭しと物が積み上げられていた。

 天井近くの壁まで備え付けられた棚は溢れんばかりで、床にも物が乱雑している。

 壁には細長い木製の梯子が立てかけられていて、それを使って天井近くの物をとるようだ。


 中でも目を引くのは、柳行李の数である。蔵の半分ほどが大きな柳行李で埋められている。

 中には小振袖から訪問着、小袖に袴、だらり帯からへこ帯まで、雑多な着物類が収納されていた。

 どれも相当な品で年代物だが、着物はしつけ糸を取ったばかりのようにハリがあり、帯はきゅうきゅうと音が鳴りそうに、糸が艶めいている。


 他にも大小の桐や籐の箱が納められていた。

 茶碗をはじめとした器や、それに伴う茶道具、掛け軸、書簡、また雛人形、塗り物、剥製。箱書きから察するに、どれもこれも由緒ある品のようだ。

 煩雑に置かれてはいるが、埃をかぶっていることはなく、きちんと掃除がされ、カビ臭くなく、定期的に陽の光を浴びているであろうことがよくわかる。


 そして端に作られた梯子階段を昇ると、こちらは居住用の八畳間になっている。一階が吹き抜けになっているため、二階というよりも屋根裏に近い。

 一階に比べると狭いが、小綺麗で陽の入りがよく、真新しい畳も敷かれている。開けっ放しの東向きの窓は、近代的なガラス窓だ。

 鏡台に文机、そして小ぶりの箪笥が置かれていて、どれも重厚な趣の洒落た彫りが施されていた。時代を間違えそうになるほど、品のよい凝った調度品である。

 先ほどの二人が散らかしたのか、窓際の鏡台の前には櫛が転がり、文机の周りには文庫本が数冊散乱している。

 窓から吹き込む風が、強く文庫本のページをめくった。




 歩けば春風がきつく頬をなで、川沿いにようやく菜の花の黄色が見え始めた時分である。

 土蔵のある広い敷地を出て少し歩くと、細い川が流れていた。川辺には菜の花をはじめ季節の草花が、軽い傾斜の土手沿いの遊歩道には桜が植えられていた。

 別段名所というわけではないが、春の盛りに桜が咲き乱れ菜の花の黄が彩るさまは、非常に絵になる。


 蔵にいた少女二人は、その小川沿いを歩いていた。風に揺られるように足取りは不規則で、綿毛が飛ぶような歩き方だ。何か興味を惹くものがあったなら、途中で行く先を変えてしまいそうな、そんな浮ついた歩調である。


 春風がなでる二人の髪は、どちらも美しい黒髪だ。揃いの濃紺のセーラー服に、赤のスカーフが良く映えている。


 一人の少女は、真っすぐな長髪を風にたなびかせ、涼し気な空気を漂わせている。

 すっとした鼻筋に、切れ長な目を長いまつ毛が縁取る。シミも何もない陶器の様な肌はきめ細かく、かといって余計な白粉が施されているわけでもない。

 若さほとばしる透き通った美を、余すことなく享受している。凛とした顔立ちには、将来の約束された美しさを宿す。


 もう一人の少女はくっきりとした二重で、軽やかなシヨートヘアだ。

 桜色の頬にほんのりと笑みを浮かべ、可愛いらしさを身にまとう。大きな瞳に、小ぶりに作られた鼻や唇。そのアンバランスかのような目鼻立ちが愛くるしく、見るものを魅了する。

 今を輝かんとばかりに瞳が潤むと、一段と儚い愛らしさを彼女に与えた。


 二人は似ているようで似ておらず、似ていないようでどこか似ていた。揃いのセーラー服を着ているせいか、小柄な体躯がそっくりだからか。

 顔立ちも雰囲気も全く対照的に見えるけれど、前者が紅なのか後者が白なのか、後者が紅で前者が白なのか。入れ替えてしまってもわからない、そんな同一性をも感じられた。


 どちらも、吸い込まれそうな美少女だったからかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ