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46.貴族

中庭に転移したことを、心底後悔していた。


「奴だッ!吶喊!」

「ぅぉぉぉぉ!」


仲間たちの死体を踏みしだき、必ずや王命を果たさんとする忠義やよし。

だがしかし、相手はアスドーラこと、アースドラゴン。


見誤ったが運の尽き。

尽く鏖殺されるは、必然である。


「……いい加減にしなよ。まったく」


竜のひと撫でによって、一挙に半分の騎士が命を散らした。


もはや呆れていたアスドーラは、指揮官と思しき男へ忠告したが、聞く耳を持ってはくれない。


「ラハール騎士を舐めるなッ!者共怯むなッ!行――」


ガツンッ!


言い切ることなく倒れた指揮官。

その後ろでは、鞘へと剣を収める男がいた。

口ひげを蓄える騎士。

アスドーラは、その顔に見覚えがあった。


「あっ!あの時の!」


「よお」


ネネが国へ帰ると打ち明けてくれたあの日。

俯いていた帰り道で、優しく声をかけた上、相談に乗ってくれたあの騎士だった。

ジャックとパノラのことを教えてくれたのも、このヒゲの騎士だった。


「ソーチャル!?お前、なんでここにいんだよ」


中庭の騒音に校舎から出てきたジャックは、驚きの声を上げた。


ソーチャルと呼ばれたヒゲの騎士は頭を下げた。


「お久しぶりです。デラベルク様」


「ジャックでいいって」


お互いに、面には出さないが、久しぶりの再会を喜んでいた。

だが他の騎士にすればここは戦場である。

その最中、指揮官の頭を殴りつけた男が、敵と親しげに話しているのだ。


「……き、貴様ッ!寝返ったか!」


寝返ったと思われても仕方がない。

だがソーチャルも、無策で事を起こしたわけではなかった。


「奴を叩き斬れ!上官――」


ガツンッ!


唾を飛ばして必死にまくし立てていた男は、指揮官と同じ轍を踏み倒れた。

シンと静まり返る中庭で、騎士もアスドーラもジャックも、皆が皆困惑していた。


この茶番は一体何なのだと。


するとソーチャルは、トコトコとジャックのそばに立ち、声を張り上げる。


「このお方はダルトン領デラベルク家当主、ジャック・ダルトン・デラベルク伯爵であるッ!無礼であるぞッ!剣を収めよッ!」


ラハール王国はその地勢上、古くから残る貴族が少ない。


多国からの侵略や、小領地同士の争いで、領主と名のつく家々は潰されていき、生き残った小領地同士の結束によって、現在の国が完成した。


そんなラハールで名家といえば、真っ先に名が挙がるのが、デラベルク家である。

ドライアダリス共和国との国境に位置するダルトン領。

その地を古くから守り続けてきたのは、他でもないデラベルク家だ。


その名はラハール王国内に留まらず、ドライアダリス共和国以東の亜人国家群にも名が轟き、しかも亜人にも友好的であったため、大変好意的に見られていた。


だがデラベルク家であっても、王家王族には勝てなかった。


そうして現在、デラベルク家の生き残りはジャックとパノラのみとなり、爵位まで奪われ平民として生きている。


つまり、ソーチャルが声高に叫んだ内容は、全て誤り。というか嘘なのだ。


「……デラベルクって、潰されたんじゃねえの?」

「ああ、だな。つーか、ダルトンてどこよ」

「バカ。今のベルンだ」


デラベルクがそれだけ有名なのだから、潰されたことも知れ渡っているわけで、ソーチャルの言葉にはなんの力もない……わけはなかった。


何故古くから生き残れたのか。

何故名家なのか。


それはひとえに、代々当主の人望にあった。

領地の民から愛され、他国からも評価され、そして騎士の羨望を集めた。

代々当主は武と智を兼ね備えた名君であったから、生き残れた。


たとえ家が潰されたとて、武を志す者ならば知らぬ者はいない。


「……ジャックってすごいんだねえ」


銀色の光は、瞬く間に鞘へと消えていった。

とある騎士は涙を流し、とある騎士は膝をつき、とある騎士は神に感謝を捧げる。

ソーチャルの言葉はまさに、お家再興の宣言であった。


「おい貴様らッ!何を――」


ガツンッ!


一部の騎士は、未だに王家と心中するつもりであったようだが、彼らもまた頭を殴られて倒れていく。


趨勢は圧倒的であった。


デラベルク家に思い入れがない者もいたが、目の前に転がる死体と背後からのジリジリした視線に耐えきれる者はおらず、彼らの闘志は鎮火した。


「おいソーチャル」


「デラベルク様。亜人救出のため、指揮を執られてはいかがです?」


「その喋り方はやめろ。気持ち悪い」


「……ありがたい。随分と前から敬語なんか使ってなかったもんでなあ」


「で?」


騎士たちの包囲が解かれて自由の身になったところで、アスドーラは校舎へ戻ろうとしたのだが、ソーチャルに呼び止められた。


「登録証を体から離せ!そうすれば、進行が遅くなる!」


「……はい!」


登録証は盲点だった。

亜人全員が法律によって所持を義務付けられているから、この魔法の対象を限定できたわけだ。

そういえば……携帯義務が始まったのは、国王と話をした翌日からだ。

つまり、あの日からこの計画は、着々と進められていたということ。


にしても、どうしてソーチャルはこれに気づけたのだろうか。


疑問に思ったアスドーラであったが、そんなことを考える余裕はなくなる。


「登録証を探して!それから体からできるだけ離して!」


各教室へ対処法を伝え、蘇生や治癒を行い、亜空間へと収納するので手一杯になったからだ。


※※※


「で?指揮は執らんぞ」


胡乱な目でソーチャルを睨むと、困ったように頭を掻いた。


「早い話が、神輿に担がれて欲しいんですよ」


「何を寝ぼけているんだソーチャル。俺には神輿になる資格すらないだろう」


「あるでしょう?見てください。あの騎士たちを。デラベルク家と聞いて、あれだけの者が剣を収めたのですよ?」


「デラベルク家だ。俺ではない」


「あなた以外にデラベルクはいません。ああ、失礼。いましたねパノラ様が」


ジャックは苦笑した。

パノラの名を出して激情を駆り立て、勢いのまま言質を取る気だろうが、その手に乗るつもりはない。


「アバールス家の指揮下だろう?何故俺に頼ろうとする?」


「……我々は勅命で動いているのですよ」


意味ありげな目配せに、ジャックは眉間にしわを寄せた。

領主の頭上を飛び越えて、勅命で騎士を動かすなど戦時以外にしてはいけない悪手だ。


王家は王都の領主であり、全領主の旗頭ではあるが、他領の統治権に介入することは基本的にできない。もしも介入するならば、領主会議の賛成が必要不可欠なのだが、よっぽど嫌われている領地でなければ、賛成は集まらない。


それに、騎士は常に領主の管轄にあり、その領地の守護者でなければならず、騎士になる際に宣誓をする。

だから、勅命はあり得ないはずなのだが。


ソーチャルが嘘をつくとは思えない。


アバールス家か?

この町ラハールと町の官吏であるパウペリス家を統括する、ラハール王国北部アバールス群の大領主アバールス家は、王家との親交が厚い。

学校ができたのも、アバールス家と王家の仲があったからこそ、こんな田舎に誘致できたのだ。

アバールス家が勅命を受け入れ、アバールス家が騎士を動員したのならば、辻褄は合うか。


であれば……。


「お前たちはなんなのだ」


アバールス家の指揮下であるならば、ソーチャルは2つの反逆を行ったことになる。


ひとつ、アバールス家への忠誠を反故にし、命令に背いた。

ひとつ、アバールス家を経由しているとはいえ、勅命であるから、勅命への反逆。


処刑は免れぬ大罪だ。


なぜ、そんなことをするのか。

なぜ、デラベルク家を担ごうとするのか。


「それはまた、大掴みな質問ですなあ」


「所属は?忠誠は?一体何を考えている」


「忠誠はパウペリス家ですよ。俺は()()()()()()()()でこの戦いに参加しました」


「勅命は知らんかったとでも言うつもりか?」


「はい。勅命を受けたのはあくまでもアバールス家。我々はアバールス家の指示に従う、パウペリス家の命令通り作戦に参加した。

だが亜人を見捨てるのは気が引けるので、作戦から離脱した、という筋書きでいきたいですね。まあ、あのパウペリス家ですから?亜人救出のため命令を無視したと言えば、処刑にはされんでしょう」


「で?俺を担ぐ意味は?」


「良い貴族なんですがね。弱小の上経験も足りず、騎士たちを指揮できないんです」


パウペリス家は新興の貴族だ。

風聞は悪くないのだが、いかんせん真面目すぎる。

貴族連中からは疎まれ、田舎町の官吏に押し込められた。

自前の騎士も少ないだろうし、爵位も男爵と低すぎるがゆえに、他領主や貴族との根回しや交渉も難しい。

さらに、貧乏だ。

金もコネもなく、ただ真面目なだけのパウペリス家では捌けないと。


騎士が個々で動くだけなら、一般の救護活動とさして変わらない。

騎士がまとまって動き、権力でもって救護を行うからこそ、混乱を早く治められる。


だから、神輿が必要か。


「正気とは思えん。他家を担ぐなど、忠誠を誓った家を裏切ることになるぞ」


「何人死にかけてると思ってるんです。少年一人を殺すことよりも、何十何百の命を救うことの方が優先でしょう」


「……いや、そういうことではなくて。お前の今後にも関わる。騎士にとって忠誠はそれほど重いはずだ」


ソーチャルは大きくため息をついた。

なんにも分かってないと言いたげに。


「パウペリス家の騎士のほとんどは人命救助に走ってますよ。ここにいるほとんどがアバールス家の騎士です」


「は?」


「ほとんど命令無視です。別にパウペリス家を侮ってるわけじゃないんです。貧乏な家ですが、一本気で、芯のある家ですから。みんな好いてます」


「だったらなおさら――」


「だから、道端で倒れる亜人や、助けを求める民家から亜人を連れ出して、教会や病院に運んでるんです。パウペリス家なら、少年一人を殺すよりも、人命を救助するのが正しい、きっとそう言うから。常々、あの家は態度で示してきたんですよ」


でも力がない。

アバールス家を裏切ることもできず、お抱えの騎士たちには仕方なく、アバールス家の騎士へ追随する命を出した。

だがパウペリス家なら、絶対にこう考えるはず。

人を殺す暇があったら、人を助けろと。


ソーチャルはそう言いたいわけだ。


そのために、デラベルクの名を使いたいか。


なるほど。

もう、立派なパウペリス家の騎士じゃないか。


「分かった。で、策はあるのか?」


「よ、ろしいので?」


大事な事を忘れていた。

身分とか家に縛られて、本当にすべきことを忘れていた。


人を助けるのは人だ。


あのドラゴンですら、人を助けようと汗を流しているのだから。


……騎士を殺し過ぎなのは、ちょっとあれだが。


「良いから聞いてんだろ。騎士はこれだけか?」


「はい。まあ、ほとんど死んでますが。はい」


「学校、教会、1区に場所はある。金は知らん。土下座でもして徴発しろ。んで、ソーチャル?」


「はっ」


「これは全部国が仕組んでるってことで良いんだな?」


「はい。登録証を身近に置いていた亜人だけが、死にかけてると確認しています。最近あったでしょう?亜人の登録証携帯義務の件。あれも政府からの通達だったので、まあ間違いないでしょう」


「……なるほど。じゃあチャンスってわけだ」


「チャンス?」


「大手を振って王族をぶち殺すチャンスだ」


※※※


アスドーラは全教室を周り、亜人の生徒と教師を全て()()した。

残念ながら、魂を喪失してしまった者や、名を忘れ理性の箍が外れてしまった者もあったが、逆に何の影響も受けていない者もいた。

運良く登録証を持っていなかった者たちだ。


現在の時刻は午前9時35分。

事態発生から35分。

大混乱の中、僅かな時間で機敏に対応した学生諸氏の働きは見事であった。


「外でも同じく、亜人のみんなが倒れているようだッ!俺と共に、救助に参加してくれる者はいるかッ!」


入試でも率先して先頭に立ち、仲間を募って困難に立ち向かった男、デンバー。

彼の統率力は凄まじく、既にクラスメイトたちから、厚い信頼を獲得していた。


「俺は行くぜ」

「私も行く」

「どうせみんな行くんだろ?」

「おう!」


アスドーラが走り回る様子を見て、デンバーが真っ先に協力を申し出てくれた。

そのおかげもあって、被害は最小限に抑えられたと言っても過言ではない。


もちろん、彼以外にもたくさんの協力があった。


「さっさとゲロ片すだよ!汚え汚って、おめえらが吐いた時にんだらこと言われたら傷つくべえよ!」


「……ぅあ、おぇぇ」


「バケツに吐くだよッ!こぼすんでねえよザクソン先生ッ!」


「……うおぇぇ」


先生の介抱をしつつ、そこら中に飛び散った吐瀉物を掃除するルーラル。


亡くなってしまった生徒を救護室まで運び、家族を見つけ出して手紙を出した誰か。


中庭に転がる死体を見て絶望する校長は、特に何もしていない。


恐怖のあまり泣き崩れる生徒をなだめる誰か。


亜人だからと見捨てようとした生徒に、鉄拳を食らわせた誰か。


皆が皆、短い時間でできることを精一杯にやった。

子どもながらに全力で。



アスドーラはすべてを垣間見て、すべてに人に心を見た。

結局、人は優しかった。

醜い部分なぞ霞んでしまうほどに。


だからこそだ。

こんなふざけたことをしてのけた、この国の王は許せない。

たとえ魂が世界へ還ろうとも、必ず探し出して、必ず引き裂いてやる。


「アスドーラ!ちょっと頼みがある」


廊下の先から歩いてくるのは、ジャックとパノラ、それからソーチャルだった。

鎧と剣を装備した騎士が、堂々と校舎内を歩いている様はかなり鮮烈で、彼らが通り過ぎたあと、教室から生徒たちが顔をのぞかせていた。


「なに?」


ジャックが頼みとは珍しい。

何かにつけて、アスドーラをこき使おうとするが、頼むと素直に言うことはなかった。

だからこそ、アスドーラは茶々を入れずに向き合った。


「ノース王国出身だって名乗ってたよな?」


「うんそうだけど」


「率直に聞くぞ?お前はノース王国を傀儡にしてんのか?」


「えぇ?そんなことするわけないじゃん」


「ああ。だよなバカだから無理だ」


「……ふざけてるの?そんな時間ないよ?」


少しイラッとしたアスドーラだったが、顎に手を当てて考え込むジャックを見て、閉口した。

その表情を見れば、誰だって分かる。

ふざけるどころか、そこにあるのは苦悩だった。


黙り込んだままのジャック。

そのそばで困った顔をするソーチャルと目があった。

彼は肩を竦めて、なんにも知らないと伝えてくれた。

どうやら、ジャックに連れてこられただけらしい。


パノラはパノラで、不穏な空気を感じ取っていた。

幼いながらも、嘔吐して倒れていく亜人たちを目撃し、大の大人が必死で生徒を助けようとしている場面に遭遇したのだ。

普通なら怖いだろう。

だが彼女は平然としていた。

元貴族だからなのか、監禁された経験があるからなのか、それとも兄がそばにいるからなのか。

彼女の心を開けてみないと、答えは出ないが、その胆力にはアスドーラも感心だった。


「……ノース王国出身と名乗った理由は、ノース王国から援助を貰ってるから。合ってるか?」


「あ、うん」


「援助を貰えた理由は、お前が……その、アレだからだな?」


「……あ、ああ、あうん。アレだからね。アレ」


もうわざとだろこれ。

そう思わざるを得ないほどに動揺しまくるアスドーラを前にしても、三人はとりあえずツッコまずにいた。


「だったら、ノース王国を動かせるよな?」


ノース王国を動かす。

その言葉を聞いた途端、アスドーラは口をぐにゃりと曲げて、あからさまに態度を硬化させた。


ノース竜皇国として新たになる。

その報告を昨日受けたばかりで、しかもアスドーラに臣従するとまで言ってくれた。

もちろん、アスドーラが望むなら戦争も厭わないと、覚悟を示した。


そんな彼女らを、戦争には巻き込みたくないし、人としての道を踏み外してほしくはない。

ジャックが何を言うのか。内容次第では、きっぱりと断る必要があるのだが、それを彼が良しとしてくれるのかどうか気になった。


これで関係がこじれたらと思うと、もう喋らないでと願わずにはいられない。


するとジャックは、アスドーラの心情に思い当たるところがあったのか、両手を上げて首を振ってみせた。


「違う違う。悪巧みに加担しろってんじゃない。いやまあ、悪巧みではあるが」


「……一応、聞くよ。でも断ったからって怒らないでね?」


「何だキモイな。別に怒んねえよ。俺が頼みたいのは――」


ジャックの提案は、この事件の後についてのものだった。


まず事件の首謀者は国王でほぼ確定しており、事件の終幕を図るには国王暗殺まで視野に入れなければならない。


そして、ほぼ確実に戦争が起きる。


王不在の混乱に乗じて、他国が干渉する可能性がある。もしもミッテン統一連合が、もしもドライアダリス共和国が、ラハール王国に干渉する素振りでも見せようものなら、一気に緊張が高まる。

そして小さな火花で爆発してしまう。


憂いは他国だけではない。

王の座や権力を狙い、貴族同士の争いが始まり、内戦が勃発する可能性もある。


多くの人を殺すそれらの事態は、なんとしても避けなければならない。


そこで白羽の矢が立ったのは、ノース王国だ。


世界の盟約により絶対不可侵の中立を保っているから、ノース王国が2国を牽制すれば、他国からの干渉はある程度だが抑えられる。

ただし、世界の盟約の中立国であるのが弱点でもあった。


ノース王国が持つ武力は、アースドラゴンの住処を守る盾であり、同時にアースドラゴンから人の世界を守る盾でもある。


だからこそ、世界の盟約は絶対不可侵を保障すると同時に、他国への侵攻も武力制裁も禁じている。

大切な盾を、人同士の争いで、壊してはならないからだ。


つまり2国にすれば、ノース王国からの牽制をただの野次と捉える可能性もあるのだ。


だとしてもやる意味はある。

現在ミッテン統一連合は、魔族との争いで戦線の拡大を望んではいない。

対するドライアダリス共和国も、古くからの文明を大切にするがあまり、人間の国々から技術的側面で大きな遅れを取っている、と言われている。

だから、2国共に戦争は避けたいはずなのだ。


ノース王国が機先を制し、しっかりと牽制してあげれば、面目を立てつつ、戦争を回避出来るはず。


そして、外国からの干渉が防げた後、内戦の芽を潰す必要がある。

その役目を担うのも、ノース王国だ。


ラハールの王国の優秀で誠実な貴族や商人を、ノース王国に支援してもらい、国内の支持を集めればいい。

人のことだから、権力で目が眩む可能性もあるが、放置して戦争が起きるよりはマシなはずだ。


もっと言えば、優秀で誠実な者ほど、この国では冷遇される傾向がある。

つまり、日陰者。

彼らに日の目を見せてやればいいのだ。


今現在たくさんの日を浴びる既存権力が、さらなる権力を得ないように、国内支持を日陰者たちに集める。

すると、既存権力との対立関係が生まれ、事態は鈍化ないしは硬直するだろう。


それでいい。

それぞれの勢力が均衡を保ち、小康状態が続けばいいのだ。

それは今の、平和なラハール王国と何も変わらないのだから。


ジャックの膨大な説明を聞き、アスドーラは少しぼうっとしていた。

脳みそが熱を帯びて、動きがぎこちなくなったから、ちょっとだけ動きを止めていた。

人もそうであるように、好きなものの小難しい話ならば、いくらでも聞けるし、いくらでも学べるものだ。


世界最強アースドラゴンでもそれは同じ。


政治やら国同士のあれこれやを、えっちらおっちら語られても、うんたらかんたらと珍妙な呪文にしか思えず、ちんぷんかんぷんだった。


でもひとつだけ、ジャックの発言に誤りのようなものがあった。


「ノース王国は、ノース竜皇国になります。昨日決まりました。僕が元首ッ!」


グッと親指を立てると、三人はポカンとしたまま固まった。

元首といえば、国のトップ。

ボスだとか、親分だとか、王だとか、帝王だとか、首領だとか、頭目だとか、そんなんだ。

国の一番偉い人。

国の象徴で国の顔。


「頭、終わったのか?」


ジャックがそう言うのも無理はない。


「終わってないよ。本当に、僕が元首なの!本当に!ノース竜皇国になって、世界の盟約は破棄するって言ってたから、ジャックの考えもちょっと変わってくるんじゃない?盟約は破棄しちゃって大丈夫?」


「……なあ、冗談だよな?」


「何が?この話面白い?つまんないと思うけどなあ」


「……今言ってることは、マジなのかって聞いてんだ」


「うん。もちろん」


唖然としながら、ギョロリと目玉を動かしたパノラとソーチャル。

視線の先にはジャックがいて、彼もふたりと同じく死ぬほど驚愕していた。


『“強く静まれ(フォルテヴェンシーレ)複合し(アディ)固く守護せよ(フィルマルクディウム)“』


意識を取り戻したジャックは、すぐに遮音結界を展開した。

廊下のど真ん中で迷惑この上ないが、緊急につきそんな悠長に考えてられなかった。


「その話、俺たちに明かしてよかったのか?許可は取ってるのか?公表はされてないはずだ」


「……話したらダメって言われてないよ」


「あっ、コイツやべえや」


ジャックはゲラゲラと笑い出した。

まるで壊れた魔道具のように。


「ジャック、様?この方は一体何者なのです?国から命を狙われて、ノース王国で元首とは」


「ドーラちゃんはドラゴンなのッ!ねッ!?」


「ブフォッ」



当然信じられるはずもない。

ドラゴンが、このような少年であるはずは。

そう思ったソーチャルであったが、ニコリと笑うアスドーラを見て、気を失いかけた。

確かにパノラだけの言葉なら、冗談で流せた。

しかし、吹き出したジャックと照れながら笑うアスドーラは一切否定をしない。

だから確信した。


あ、マジなんだと。


気が狂ったように笑ったジャックは、涙を拭きながら口を開いた。


「アスドーラ、あのな」


それはとても優しい口調だった。

けれど、次には怒声に変わる。


「話しちゃダメなんだよそれはッ!お前が元首ってバレて、拐われたらどうすんだッ!?人質になっているお前を助けようとして苦しむのは、ノース王国の民なんだぞッ!?

それに、ノース竜皇国やら盟約破棄も!

噂が流れたら、他国が警戒しちまうだろうがッ!

今まで不可侵中立を守ってきた国が方針転換するんだぞ?ガチガチの大国がブイブイ言わせますって宣言するんだぞ!

今までパンにはジャムだったけどぉ、明日からはバター塗りまーすって、そんな可愛いレベルの転換じゃねえんだぞッ!?」


「……あ、あう」


「……マジかよ。おい本当に大丈夫なのかよー」


「ごめんよ」


めちゃくちゃにキレられたアスドーラは、しょんぼりと反省した。

最後の例えだけは意味不明だったけれど、全部仰る通りで、反論のしようがなかった。

エリーゼに、話しちゃダメだと言われてないから話しました。

それは通用しない。


さっきポロッと、アスドーラの正体はドラゴンであるとパノラが話してしまったが、それとは次元が違うのだ。

確かに彼女やみんなに口止めはしていなかったけれど、なんとなく話さないだろうと信頼していた。

別に話したって構わないのだけど。


「パノラ。お前もアスドーラの事は話すな。いいな」


「……う、うん。ごめんねドーラちゃん」


「ううん。いいんだよ怒ってないよ」


とんでもないことをしてしまった。

エリーゼになんて説明すればいいのだろう。

また、苦労をかけてしまうかも……。


アスドーラは、心の底から深く深く猛省した。


一方のジャックは、今の話は忘れろとソーチャルへ目配せをすると、頷きで返された。

しおらしくなったアスドーラを見つめ、先程の案を練り直す。


ノース竜皇国となり、盟約は破棄される。

そして元首はアースドラゴンであると。


……むしろやりやすくなったのでは?


世界の盟約を破棄したならば、ミッテン統一連合とドライアダリス共和国は、ノース竜皇国を警戒せねばならない。すると、牽制が強く効いてくる。


さらに、国内問題も簡単に片付く。

ノース竜皇国が手を回して、貴族やら商人を支援するのもいいが、アースドラゴンが登場すればそれだけで、貴族連中は黙るはずだ。


うん、やりやすい。


「アスドーラ。話を聞いた後でもやっぱり、ノース王国に、いやノース竜皇国とお前に頼みたい。ラハール王国が戦争に巻き込まれないよう力を貸してくれ。頼む」


ジャックは深く頭を下げた。

パノラとソーチャルも、それに続く。


「うん。いいよ。いいんだけどさあ」


歯切れの悪い返事に、ジャックは顔を上げて怪訝な表情を浮かべる。


「なんだ?はっきり言ってくれ」


その答えは、アスドーラらしいものだった。


「エリーゼに一緒に謝ってくれない?説明が難しいくてさあ」

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