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45/52

45.必ず来てくれる

白い棺――。


意識を失ったラビ――。


血を流すプジラ――。


目に映る命の輝きは、くすみ始めていた。


ノピーはどこにいるのだろう。



「はあ、アスドーラ……ぅぷっ」


ザクソンはジャックの手を振りほどき、口を抑えてうずくまった。

彼は最後の魔力を使い切ったため、魔力酔いに陥っていた。


「……はあ、はあ。『蘇活せよ(アディズシタティオ)』だ。『蘇活せよ(アディズシタティオ)』で、ノピーを助けてくれ」


「『蘇活せよ(アディズシタティオ)』だね。うんッ!」


アスドーラは、白い棺を前にして少しばかり恐怖を感じていた。

魔力を反射し、光すらも反射する棺の中にノピーはいるのだろう。


もしも……。

もしも生命の輝きがなくなっていたら……。


「……ア、アスドーラ。早く、しろ。この棺が、本当に機能しているのか、私も、自信がない」


アスドーラは躊躇いがちに頷き、目の前の棺へと手をかざした。


蘇活せよ(アディズシタティオ)


生徒たちが固唾をのんで見守る中、棺の周囲にはキラキラと透き通る空気の層が表れた。

ジワジワと棺を飲み込んでいく。

これでいいのか?

アスドーラの視線にザクソンは頷いた。


そうして現れた、エルフの少年。

白い肌が青ざめていて、ピクリとも動かない。

そんな彼の全身をアスドーラの魔法が包みこんだ。


そして、スゥッと消えていった。


「ノピー・ユーノマン!起きろッ!」


ザクソンは、床を這いずりながら少年の肩を揺らした。


「起きろ!起きて名前を言えッ!」


何度も揺らし、耳元で叫ぶが、彼の目は開かない。


「大丈夫。まだ大丈夫」


ザクソンの側で、アスドーラは言った。

彼の目には映っていたのだ。

生命の輝きが。

魂が。


「……ぁ」


胸が荒く上下して、ノピーのくぐもった声が小さく響く。


「ノピー!?」


すると突然ガタガタと震えだし、全身が硬直した。

目を見開いて、ギリギリと歯がこすれ、首には青筋が浮かび上がり、顔が真っ赤に染まる。


「アスドーラ、『回復せよ(アディクペレティオ)』だ!」


ザクソンの声を受けて、アスドーラはすぐに魔法を使った。


回復せよ(アディクペレティオ)


ノピーの全身がぼんやりと光を帯び、次第に震えが収まり、硬直が解けていく。

呼吸は浅く早く、苦しそうなままであったが、ゆっくりと瞼が開き、焦点の合わない目がアスドーラを捉えた。


「名前だ。名前を……言わせろ。はあ、はあ」


アスドーラは頷くと、ノピーの手を取った。


「ノピー。名前を教えてよ。もちろん、僕は知ってるけど、大丈夫か確認のためにさ」


「……ノピー・ユーノマン」


生徒たちの中から、ポツポツと拍手が起きた。

良かった。助かって良かった。

まばらだったそれは、次第に大きくなる。


ザクソンもほっと胸をなでおろし、とうとう起き上がることもできなくなってしまった。

けれど、生徒を助けることができて、心底安堵していた。


「……どうした」


唯一、気づいたのはジャックだけであった。

手を握ったまま、動こうとしないアスドーラの異変に、眉をひそめていた。


アスドーラは何も言わず、ノピーを見つめていた。


生命の輝きは確かにある。


ゆらゆらと不安定だが、そこにある。


けれど……とても小さくなっていた。

しかも、今もなお、頭上から吸い取られ続けている。


とても危険な状態で、何度魔法を繰り返しても、対症療法にしかならないことを悟った。


「ノピー。僕を信じてくれるかい?」


世界最強のアースドラゴンでさえ、失われた生命の輝きを取り戻すことはできない。

全てが世界に還ってしまえば、もう二度と取り戻すことはできない。


だから今、決断した。


唯一と思える方法を、試すことにした。

上手くいくのか分からない賭けであった。


ノピーに信じてもらえるなら、必ずやり遂げる。


「……頼むよ。まだ、僕は、死にたぐな゛い゛。だずげでよ゛。アスドーラぐん」


「……任せて」


アスドーラは、笑顔をみせる余裕もなかった。

唇を震わせ、頷くことしか……。


失神せよ(テネコーペ)


少しでも苦しむことがないように眠らせた。

そしてアスドーラは、収納魔法という名の亜空間に友だちを閉じ込めた。


「お前……何してんだ」


狼狽するジャックに、アスドーラは答えた。


「これしかないんだよ。これできっと、魔法から離れられるはずなんだ」


「確かなのか?」


「たぶん……」


アスドーラはこれまで、何度も収納魔法を使ってきた。そして何度も転移魔法を使ってきた。

亜空間という存在について、人よりも多くを体験していたから、分かることがある。


亜空間には、魔力があるのだ。

とても濃い魔力がある。


そしてアスドーラは、その魔力の主を知っていた。


この世界を創ったドラゴンのものである。


どういう理屈か、どういう仕組みかは分からないけれど、亜空間にはドラゴンの魔力が満ちている。

そうであるならば、それは、この世界で瘴気と呼ばれる存在であるはず。濃い魔力は人にとって毒であると、いつかノース王国のロホスが言っていた。


生物は耐えられないはずなのだ。

本来は。


ノピーが語っていた、トランクケースに迷い込んだ少年の話。

彼は恐らく、半日はドラゴンの魔力にあてられていたはず。

それなのに死んではいなかった。


つまり、亜空間に満ちる魔力は、この世界でいう瘴気とはならずに、別の何かになっているのだろう。


アスドーラはそう推測し、自分の魔力を信頼した。


ノピーを苦しめる魔法から、必ず守ってくれるだろうと。

自分の魔力を信頼し、亜空間に閉じ込めた。


トランクケースの少年の話から導いたタイムリミットは半日。

それを超えれば、廃人どころではなくなるかもしれない。

だから、半日位内にすべてにかたをつける。


「まあ、他に手はないしな。次はどうする?」


ジャックの切り替えの早さに驚いたが、今はその方が助かる。

誰も正解など知らない中、暗中模索して出口を見つけなければならないのだ。

しかも時間というおまけ付きで。


アスドーラは、カチカチとうるさい時計になんとなく目を向けた。

次は何をすべきか。

時間はない。


時間は……。


「学校だけじゃないってことは、あり得る?」


アスドーラは自問していた。

まさかそんなことはあって欲しくないと思いつつ、可能性を排除するために。


そんなことはつゆ知らず、ジャックが答える。


「町全部がこうなってるって?さすがにそりゃあないだろ。どんな大魔法だって話だろ」


そうであってほしい。


でもよく考えると、そんなはずはないのだ。


亜人たちが死にかけている折に、騎士団がアスドーラを殺しに来た。

勅命で――。


そう、国王の命令なのだ、


意図は分からないけれど、国王が学校だけを狙うなんてことあるのだろうか。


町全体なんて小規模な話ではなく、国全体ですらあり得る。


アスドーラは中庭へ走った。

校門を抜けて、町の様子を見るべきだと思ったからだ。


「……そんな」


だがその必要はなかった。

空を見上げると、まるで雲のように大量の魔力が流れていたのだ。


「おい、まじかよ。パノラ見るな!」


遅れてやって来たジャックは、パノラの目を塞いだ。

中庭を埋め尽くす死屍累々を、パノラの目に入れまいとした。


「何がどうなってんだよ!アスドーラ!」


半狂乱になりながら、呆然とするアスドーラへ向けられた、やり場のない不安。


それはアスドーラも同じだ。


教室の時計は9時15分を指していた。


45分後には、ネネが出発する。


流れる魔力を見上げ、唇をかみしめた。

頼むから間に合ってほしい。


アスドーラは振り返った。


「ごめんジャック。みんなは助けられないや」


「は?」


本当はみんなに謝りたかった。

倒れている亜人たちへ、ごめんねと言いたかった。

君たちは何も悪くない。できることなら助けたい。


でも無理だ。


だからごめんねと、ジャックに告げて転移した。


※※※


「ネネ?おはよう」


「……おはよう。おばさん」


いつものように朝ごはんを食べ、いつものように掃除をして。

いつもとは違う服を着て、いつもとは違うカバンを壁に立てかけた。


この家とも、おじさんおばさんとも最後の日。


そして、アスドーラとも会えなくなってしまう日。


「ネネ?ちょっと買い物を頼まれてくれない?」


「……え?うん。いいよ」


「お願いね」


追い出されるようにして外に出た。

しかも一人で。


「……うん?」


いつもなら、必ず誰かがついて買い物に行くのに、今日は一人。

ネネは首を傾げながらも、メモに書かれたリスト通りに店を巡った。


ああ、この町ともお別れか。

買い物カゴを持ち、いつもの帰り道を歩く。

店の軒先を眺めていると、湧き上がる愛惜の念で、足取りが重くなる。


アスドーラと行った店。

アスドーラと歩いた道。

アスドーラと出会った場所。

アスドーラとキスをしたこの町。


トボトボと歩き続け、見慣れた家が近づいてくる。


いっそのこと逃げたい。

身を隠して、アスドーラに匿ってもらったら。

なんて思ってみるが、彼を困らせるのは本意ではない。


「あ……忘れた」


小走りですれ違う騎士を見てハッとした。

また登録証を忘れてしまった。

つい先日も、登録証を忘れて冷や汗をかいたのに。

あの時はアスドーラが守ってくれたけれど……。


「しっかりしなきゃ!」


しっかりしなきゃダメだ。

ボーっとしてちゃだめ。


最後はちゃんと笑って、さよならをしたいから。


気合を入れて歩を進めた。


「おい。おいッ!」

「大丈夫か?」

「こっちもだ!」


背後から突然、怒声にも似た叫びが上がった。


「あなた!」

「医者だ!医者を早く!」

「どうなってんだ一体!」


四方八方から上がる、どよめきにネネは不安を覚える。


ドサリ――。


「……ぇ」


目の前を歩いていた獣人が、突然倒れた。


「おいそこどけ!」

「誰か助けて!」


家や店から飛び出した人々が、通りを歩く誰かに助けを求める。

けれど誰も助けようとはしない。


「……亜人か」

「余計なことはしねえほうがいいや」


人間たちは、見て見ぬふりをして、その場から離れていく。


目の前の獣人は、小さくうめき声を上げながら、地面を這い、近づいてくる。

ネネは呆然としていた。


家から這いずって来る獣人。

店から引きずり出されたエルフ。

助けようとする人間に運ばれる亜人。


「亜人には近づくな!病気かも知んねえぞ!」


人間はそう言うと、道の真ん中に立つネネを睨みつけた。


「失せろ魔人が!どっか行け!」


一体何が起きているのか。

倒れているのは亜人ばかりで、人間は誰も倒れてはいない。


ハッとして駆け出した。


「おばさん!」


きっと大丈夫だ。

たまたま亜人が倒れただけで、おばさんは大丈夫なはずだ。


ノブに手をかけ、引っ張ってみるが、鍵が掛かっていて開かなかった。

どうして鍵なんか。

焦燥するネネは、ノブを思い切り引っ張る。

それでも開かない扉に、怒りを滲ませて強く引っ張った。


バギッ――。


獣人の怪力で鍵は壊れ、扉が無惨に揺れる。


「うわっ!ネネ?なんで扉を……」


おじさんが血相を変えて駆け寄ってくる。


「おばさんは!?」


「え?ああ、ちょっと体調が悪いって寝てるよ」


おじさん越しに目に飛び込むのは、飾り付けられたテーブルとたくさんのお菓子だった。

いい香りがする。

きっと高かったろう。


なぜ外に出されたか分かった。

最後の日だから、こうしてお別れをしてくれようとしたんだ。


「……内緒だったんだけどなあ」


ネネはおじさんに買い物カゴを無理やり押し付け、寝室に駆け込んだ。


「おばさん!?」


「……ねねら、いりょふろ」


呂律が回らず、顔が真っ青になっていた。

これのどこが、ちょっとなのか。

ギリギリと奥歯を噛み締め、おじさんを呼びつけた。


「どうしたんだネネ」


「おばさんを医者に見せないとッ!」


「だからちょっと体調――」


「違うんだってば!通りでみんなたおえてうんはお」


「……ネネ?」


「……はあ、あ、あら、お、おいさん」


突然だった。

舌が回らなくなり、おじさんの顔がぐにゃりと歪み渦のようにねじれたのだ。

血の気が引いていくような感覚の後、足から力が抜けた。


「ネネッ!ど、どうした?ネネ?ネネ!」


「……お、おいあさんに」


どんどんと力が抜けて、全身に金属でも流し込まれたように重たくなる。

どうしてか、何もしていないのに魔力が出ていってしまう。


「な、どうしたんだ2人して……まさか、獣人だけ?嘘だろこんな。ちょっと待ってろ!」


おじさんは、壁にぶつかりながら走り去っていく。

その後ろ姿も、ぐにゃりと歪んでいた。

キューッと視界が狭まり、呼吸が苦しくなっていく。


水にインクを垂らすかのように、途方もない恐怖が広がって、涙が溢れた。

だらりと空いた口で、何度も何度も叫ぶけれど言葉にならない。


自分の声が、恐怖を増大させてしまう。

本当に、このまま死んでしまうのではないかと。


それでも叫ばずにはいられなかった。


アスドーラ、助けてと。

叫ばずにはいられなかった。


「あーーーー!ゴホッゴァッ」


仰向けのまま叫び続けたせいで、唾液が気管に入り、弱っていた呼吸が一気に苦しくなる。

胸から奇怪な音がしたが、ネネは叫び続けた。


「がぁぁ!ゴォホッ、ゲホッ。あぁぁぁ!」


そしてついに彼は来た。


「ネネ!」


※※※


ネネの家の前に転移したアスドーラは、周囲の悲惨な状況に歯噛みしたが、すぐに気持ちを切り替える。


贖罪は後でいい。

今はネネを助けたい。


扉を開けようと正面に目を向けると、パタパタと扉は揺れていた。

床には壊れた鍵が落ちており、買い物カゴと食材が散乱している。


「がぁぁ!ゴォホッ、ゲホッ。あぁぁぁ!」


まさかと思い家の中へと飛び込んだ。

この機に乗じて暴漢が侵入したのかと思ったアスドーラであったが、家の中には誰もいない。

飾り付けされたテーブルとお菓子しかない。


首を傾げて、開け放たれた隣の部屋を覗き込むと、ベッドにはネネのおばさんが横たわっていた。


そして床には、浅い呼吸で苦しそうにしているネネがいた。


「ネネ!」


アスドーラはネネの体を起こして、背中を強く叩く。

吐瀉物はないが、念の為の処置だ。


「……ゴホッ、ゲボッ、ぉえぇぇ」


ネネの体が屈曲し、胃の中身を吐き出そうと震えた。

背中をさすりながら、耳元に口を近づけ、決然とした声色で語りかけた。


「必ず助けるからね」


「……ぉぇぇぇ。はあ、はあ。来て、くれたゆ、だへ」


「おやすみネネ。『失神せよ(テネコーペ)』」


ぐらりと項垂れたネネを抱き上げ、亜空間に入れようとした時。

ネネの表情を見て、手が止まった。


彼女は笑っていた。


本当に自然な笑顔だった。


「……必ず助けるよネネ」


アスドーラは唇を噛みしめ、亜空間へと彼女を押し入れた。


ドタドタッ!


家の中に飛び込んで来た足音に身構える。

だが、そこに立っていたのはネネのおじさんだった。


「医者はダメだ!教会に……君は。どうしてここに」


息を切らしながら、いるはずのない人物を目にして動揺しているようだった。


「助けに来ました」


「助けにって一体……」


暫く見つめ合い、アスドーラはおじさんを失神させた。

説明する時間も、不審に思われる時間も、何もかもが無駄だから。


「ごめんなさい」


眠っているおじさんに頭を下げて、家を出ようとしたが、踵を返してベッドに横たわるネネのおばさんを抱き上げた。


「おばさんも助けますので、待っててください」


もう一度頭を下げてから、おばさんを亜空間へ入れる。

そしてまた、学校へと転移した。

最後までお読みいただき、ありがとうごさいます。

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