11.お金
なんやかんやありながらも、ノピーに宿を紹介して、ネネの家まで辿り着けた。
「こんにちはー!」
家の前で挨拶するアスドーラを、ノピーは怪訝そうに見つめる。
「うーむ、いないのかな。こんにちは!」
もう一度呼びかかるアスドーラだったが、出てきたのは三軒隣のおじさんだった。
「……ウチじゃねえのか」
そう言って扉を閉めた。
首を傾げるアスドーラを見て、ノピーも首を傾げる。
「アスドーラ君、なんでノックしないの?」
「ノック?」
ノピーは、アスドーラの代わりにコンコンとノックを2回してみせた。
「扉を開けてほしい時とか、中の人を呼ぶ時とか、だいたいノックして挨拶するんだ」
「ほうほう」
すると扉が開いて、中から出てきたのは、中年ぐらいの猫人女性だった。
「こんにちは!ネネはいますか?」
「今ちょっと買い物に行ってるんだけど、どなた?」
「友だちのアスドーラです!こっちはノピー!いつ帰ってきますか?」
「そろそろ帰ってくると思うんだけどねえ。あ、来た」
ピクピクと耳が動き、扉の横から顔を出す。
2人もその先に視線を送ると、そこにいたのは人間の男性と、ネネだった。
「ネネー!」
「……アスドーラ!」
アスドーラが手を振ると、ネネは一瞬驚いた顔をして小走りで駆け寄る。
「どうしたの?入学試験は?」
「合格したんだッ!ネネに伝えようと思って」
「そうなんだ、おめでとう!」
我が事のように喜ぶネネに、アスドーラも自然と笑顔がこぼれる。
子ども同士の純粋な交流は、とてもあたたかい光景なのだが、1人だけ渋い顔をしている者がいた。
「あ、あのー」
「ん?誰?」
悪気はない。
単純に、この人は誰?と思ったから、ネネは聞いただけ。
悪意はない。
単純に、聞き方がキツイだけ。
「ノピーだよ。試験で知り合ったんだ!」
「ふーんそうなんだ。それで?明日から学校なの?」
誰しも一度は遭遇する、なんとも不憫すぎる現場。
「あるある」の状況ではあったが、知識不足のアスドーラには初めてのこと。
ノピーを除け者にしようなんて思ってもいない。
けれど、ノピーよりもネネに集中してしまう気遣いのなさだけは、認めざるを得ないだろう。
ましてやノピーは、コミュニケーションが得意とは言い難い。
この空気のなんたることか。
居た堪れない気持ちの中、頑張って笑顔を作るノピーに、思わぬ救世主が現れる。
「こんにちは。ネネのお友だちかな?」
ネネと歩いてきた人間の男性が、優しい顔で2人の世界に割り込んだのだ。
「こんにちは!友だちです!」
「ハハハ元気がいいね。さあさあ中に入ってくれ。お茶ぐらい出すよ。ほら君もおいで」
「……ど、どうも」
仲良さそうに家に入る2人の後ろで、とぼとぼと歩くノピー。
そんな彼の心情を知ってか知らずか、頭を撫でる男性。
「ゆっくりしていって」
とても優しい男性に、ノピーはさらに居た堪れない気持ちになるのであった。
それから数分後、ネネのおばさんである猫人と、ネネのおじさんである人間は、子どもたちの時間に水をささないよう、暫く出掛けると言って外へ出ていった。
その後はアスドーラとネネの楽しそうな時間であった。
宿のこと、試験のこと、たった1日ぶりの再会だというのに、まるで昔の友人と喋ってるかのような盛り上がりだった。
会話を眺めていたノピーは、あいも変わらず苦笑い。
まさかこんなことになるなんて。
好ましくない雰囲気に落胆していた。
ふとアスドーラが質問した。
「ネネも学校に来てほしいなー。入らないの?」
「んー、学費が高くて入れないと思うなあ」
「ええーネネがいたらきっと楽しいのに。そうだッ!」
なにか閃いた様子で、収納魔法に手を入れたアスドーラ。
ドンッ!
「これで学校入れる?」
机に置かれたのは、パンパンに膨れた革袋。
ネネは一度見せられたから、中身は知っている。
ノピーも会話の流れ上なんとなく分かっていたが、まさかなと、にわかには信じていない様子だ。
「んー、何枚あればいいんだろうなあ。ノピー分かる?」
「あ、えと、うん。1年で1万ゴールドだよ。
一応、特待生免除って制度と、亜人待遇是正措置制度っていうのがあって、学費が安くなったり免除になる可能性もあるけど……もう申請期限が過ぎてるから……」
「ほうほう。1万かあ」
アスドーラは徐ろに革袋を開き、じゃらじゃらと中身を確認する。
しかし手持ちの革袋は、ノース王国から路銀として渡された、あくまでも道中に必要な程度のお金だ。
といっても、人間からすればアースドラゴンは神である。
神に対して、おつかいでお菓子を買うような金額を渡すわけもなく、そこそこ纏まったお金が革袋の中には入っていた。
金額にして約2,500ゴールド。
到底、入学金には届かない額だ。
中身を触っても、1万枚あるかどうか分かるほど、お金に詳しくはないアスドーラ。
ハッとして、またもや妙案を思いつく。
必要ならば、ノース王国に行って、またもらってくればいいんだと。
「大丈夫!僕にはあてがあるんだッ!だから学校に行こうよ!」
わいわい楽しくお喋りしていたはずのネネだったが、いつの間にか困った表情を浮かべていた。
「……学校は、いいかなー。お父さんたちのとこに帰って仕事しなきゃいけないし」
「大丈夫大丈夫!仕事しなくても、僕がお金あげるよ!」
「……うーん」
困った顔がどんどん歪み、難しそうに黙り込む。
それを遠慮から来る迷いだと思ったアスドーラは、口走ってしまった。
それは本当に些細な言葉で、心底まっさらな言葉のつもりであった。
「遠慮しないでよ。だってネネ、貧乏なんでしょ?僕がお金をあげたいんだからさ、素直に受け取ったらいいじゃない」
「……え?」
「お金があったら何でもできるって、お店の人が言ってたんだ。だから僕がお金をあげるよ!もう困らないでしょ?学校に行けるし、働かなくていいじゃん!」
「……」
ネネは顔を伏せ、とうとう目を合わせることもしなくなった。
ノピーも、あまりの気まずさに表情が固まってしまう。
「どうしたの?どこか痛い?」
鈍感というか経験不足というか。
唯一、この場の状況を理解できてないアスドーラが、閉口した口をこじ開けようとする。
「ネネ?」
するとネネは、悲哀に満ちた目でアスドーラに言った。
「今から用事があるから、もう帰って」
「ええ?用事って何?暇だって言ってたじゃ――」
居座ろうとするアスドーラを見かねて、ようやくノピーが割り込んだ。
「あ、アスドーラ君、もう帰ろう?明日の準備もしなきゃいけないし、早めに帰ろう」
「……う、ん?でも」
何やら様子が変だ。
アスドーラはようやく、自分と2人の温度が違うことに気づいた。
俯くネネに、何か声をかけようとするが、ノピーが再び割り込む。
「帰ろう。今日は、ね?」
「……分かった。バイバイ、ネネ」
ネネに教わったバイバイ。
けれど返ってくる言葉はなかった。
まだお昼だというのに、ふたりの子どもは哀愁を背負っていた。
何が起きたのか分からないアスドーラは、必死に記憶を掘り返す。あの会話か、この会話か。それとも態度が良くなかったのか。
色々と考えてみるが、あんなにもネネを落ち込ませた原因を突き止めることはできない。
隣で歩くノピーも、どこかよそよそしくて、会話していいですか?とバカな質問を投げかけそうになるほどだ。
黙ったまま歩き続け、とうとう宿の前へ。
歩いてきた道よりも、幾分か上等になった通りを見て、アスドーラもさすがに落ち込む。
あんなに楽しかったのに。
どうしてこうなったんだろう。
「……アスドーラ君」
躊躇いがちにノピーは言った。
「さっきのは良くないと思うよ。友だちならなおさら、良くないと思うよ」
「何が良くなかったのかな」
「……詳しくは聞かないけど、アスドーラ君は、たぶん働いたことないよね?」
「うん」
「一度、働いてみたらどうかな。そしたらなんか、分かってもらえる気がするよ」
「働く、かあ。うん分かった。ありがとね」
「……バイバイ。また明日」
「バイバイ」
手を振って去っていくノピー。
その背中に手を振り返し、アスドーラはすぐさま宿へと駆け込んだ。
「こんにちは!お婆さん!」
少し間をおいて、奥の暖簾をくぐってきたお婆さん。
アスドーラの神妙な面持ちに、お婆さんの表情も硬くなる。
「なんだい改まって」
「働きたいですッ!」
「……あんだって?」
「働きたいですッ!」
「……ああそうかい。働いてきな」
「どこで働けばいいですか?」
「……なんで私に聞くんだよ。まったく最近の若いもんは、自分で調べるってことを知らないのかねえ」
「すみませんッ!教えてください!」
はあ、とため息をついたお婆さんは、椅子に腰掛けて受付台の下から、紐で綴られた紙束を取り出した。
「……うーん、そうだねえ。アンタ何ができるんだい?」
「なんでもします!」
「……いや、はあ。そうかい?なんでも?体でも売ってみるかね?」
意地悪く質問をしたお婆さんは、頷きかけたアスドーラを見て、頭を振った。
「まったく。クソガキが一丁前に言うんじゃないよ。
なんでもじゃなくて、なんにもできないんだろう?
それでも、なにか得意なことがあるんじゃないかねえ?学校に行けるぐらいだ、魔法だって使えるだろう?読み書きはできるかい?魔道具は扱えるか、道は詳しいか、体力はあるか。
それをひねり出してみな」
真剣な表情で、アスドーラは考える。
読み書きはできない。
魔道具は見たこともない。
初めて来たので道は知らない。
魔法はちょっとだけ。
体力はあるし、足も速いし力も強い。
魔力もたくさんある。
食べなくてもいいし、眠らなくてもいいけど、これは言わないほうが良いだろう。
「体力はありますッ!力も強いですッ!魔力もたくさんありますッ!」
「……ふむ、そうさね。それじゃあ」
ペラペラとめくる手が止まり、暫く考え込んだお婆さん。
チラリとアスドーラに視線を送り、迷った様子で頬をかいた。
「まあ、ムリなら辞めちまえばいいさね」
そう言って、紙束をパタリを閉じた。
お婆さんが言うには「ここをまっすぐ」らしい。
直したばかりの通りを、学校方面へまっすぐに歩いていく。
2区の雰囲気から、自由奔放な3区の風が吹き始めた頃、言われた通り、どでかい看板とどでかい建物がそこにはあった。
「……ここが商業ギルド」
石造りのポーチが人々を出迎え、重厚感のある大きな屋根が視線を集める。
そんなギルドへと踏み入るや、そこは3区らしからぬ雰囲気があった。
のんびりするどころか、活発に言葉が交わされていて、じゃらじゃらとお金がぶつかり合う。忙しない空気感が、受付や利用者から滲み出ていた。
「こんにちは」
アスドーラは人がはけた受付へと顔を出す。
よれのないシャツを包み込む、淡い黄緑のブレザージャケット。色を合わせたストライプの蝶ネクタイ。
真面目そうだが、とっつきやすそうな柔らかな印象を醸し出す揃いの制服に、アスドーラは心を惹きつけられた。
「こんにちは。どのようなご要件でしょう」
「働きたいです。仕事をください!」
「……何かご希望の職種はありますか?」
「ありません!体力はあります!力も魔力もあります!」
「……そうですか」
受付の女性は、アスドーラの全身をじっくりと見てから、自信なさげに質問する。
「学校に通ってたりします?」
「試験は受かりました!明日入学手続きです!」
「おめでとうございます!それでは、魔法を使ったお仕事などいかがです?例えば、書記のお仕事もございますし、手先が器用ということであれば、魔道具製作なども――」
「魔法は下手です。読み書きもできません。魔道具ってどんなのです?」
素直なアスドーラは、受付の言葉を遮ってぶっちゃけた。
得意なことを見つけてより良い仕事を斡旋しようと、気を利かせてくれた受付だったが、まさかの告白に固まった。
そして態度を一変させる。
「……住まいは?」
「えとー、2区の宿です」
「ああそう。それじゃあ、これでいいわね」
ペラっと紙を手渡し、あっと言いながら引っ込めた。
「読めないのよね、ごめんねえ。ここ真っすぐ行けば工事中の現場があるから、そこにいる人間に声をかけなさい」
「……はい」
あまりの豹変っぷりにアスドーラはたじろぐ。
ネネの時みたいに、何か失礼なことをしただろうかと。
すると受付は、なかなか動こうとしないアスドーラに、表情を消して小さな声で言った。
「早く行け。邪魔」
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