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(5)

 ニニリナにはすぐにわかった。領主館の闖入者――もとい、暗殺者が女神の子の加護を得ていることを。


 それがわかって、悲しくなった。その加護を与えたニニリナの姉妹は、まさかこんな風に力を悪用されるなどと考えてもみなかっただろうから。


 そして加護を与えたということは、ニニリナの姉妹はこの暗殺者を憎からず思っていたのだろう。


 けれども、この暗殺者や――そのもっと上の人間たちは、ニニリナの姉妹の好意を悪用し、善意を踏みにじった。


 果たして、暗殺者に加護を与えていたのは、ニニリナの予想通りの姉妹であった。


 アルトリウスが治めるアルトリニアの隣国の王室に嫁いでいた姉妹は、たちどころに事情を知るや神々の国に帰ってしまった。


 利用され、悪用され、好意や善意を踏みにじられれば、だれだって怒るし、悲しくなる。それは女神の子も例外ではない。


 そしてすべてを画策した隣国の王室と繋がっていたのは、アルトリウスの従兄だった。


 アルトリウスはことの顛末をニニリナに打ち明けたときに、「いいように使われていただけだけれど」と辛辣な言葉とは裏腹に、どこか憐憫と悲哀を感じさせる声で言った。


「私が早くに生まれなかったばかりに、無駄な夢を見させてしまったようだ」


 アルトリニア王室の王位継承順位を巡っては、ニニリナが降嫁するよりも以前に因縁があり、わだかまりが残っていたのだろう。


 生まれなど天命によるところだとは理解していても、従兄はアルトリウスを逆恨んでしまったのだろう。


 ……だからと言って、アルトリウスを亡き者にするなどという短絡的な手法を取っては欲しくなかったというのは、アルトリウスもニニリナも思うところであった。


「――まさか、加護が悪用されるだなんて」

「そういうこともあるさ。残念ながら、人間が神々を騙そうとする寓話はいくらでもあることだし」


 アルトリウスの私室にあるカウチに腰かけて、ニニリナは小さく息を吐いた。


 騙された姉妹のことを考えると、胸が痛くなる。彼女も、ニニリナと同じように人間に恋をして、人間の国で生きる決心をして降嫁したことは、想像に難くなかったからだ。


 それでも。


「……それでも、女神の子(わたし)たちは人間を信じるでしょう」


 決意のように言ったニニリナだったが、また胸の奥がちくりと痛んだ。


 ニニリナは、愛するアルトリウスを信じて――いや、信じたいと思っているが、当のアルトリウスはどうだろう?


 あのもはや前後の状況すら思い出せない、アルトリウスの従兄との会話。あれが真実であれば、アルトリウスは伴侶に迎えるのが女神の子であれば、だれだってよかったはずだ。――ニニリナでなくとも。


「ニニリナ。……無理をしていないかい?」


 ニニリナは小さな胸をドキリと跳ねさせる。


「ど、どうしたの? 急に」

「いや……近ごろ様子がおかしいなと思って。なんだか、私のことをおどろかせたいみたいで……」


 ニニリナの脳裏に、不振に終わった「アルトリウスに惚れてもらおう大作戦」の数々がよぎって行った。


 ニニリナはあわてて頭を左右にぶんぶんと振ったが、それは「心当たりがある」と自白しているも同然だった。


 それはすぐにニニリナ本人も思い当たった。


「……やっぱり、無理をしているように見えるよ」


 困ったように笑うアルトリウスを見て、ニニリナは思った。


 ――やっぱり、アルトリウスが好きだ。


 それをじんわりと、噛み締めるように実感すると、少し悲しくなった。


「……アルトリウスには、わかっちゃうんだ」


 今度はニニリナが眉を下げて困ったように笑う番だった。


「理由があるんだね?」

「アルトリウスが……」

「……私が?」

「『女神の子を伴侶に迎えられるならだれでもよかった』――そういう話を、聞いて」


 ニニリナは、隣に座るアルトリウスが、一瞬息を詰めたのがよくわかった。


 その反応だけで、アルトリウスの従兄が言っていたことは真実なのだと、わかってしまった。


 悲しくて仕方がなくて、涙がこぼれそうになって。


 そしてそれを誤魔化すように、隠すように顔を背けて立て板に水とばかりに話し続けた。


「ずっと閨も別だなんておかしいと思ったんだ。でも、でも、アルトリウスのことだからなにか理由があるのかも、って。でも、話を聞いて納得したの。女神の子だったらだれでもいいって。わたしじゃなくてもよかったって……。あ、で、でもわたし故郷に帰ったりはしないから……。だってわたしアルトリウスと結婚したし。アルトリウスが……好きだし……。ほ、惚れてもらおうと思ったんだけど! なんか、あんまり上手くいかなくって……だから――」


 ニニリナは話し続けているうちに頭の中が真っ白になってしまって、今自分がなにを口走っているのか理解が追いつかなくなっていた。


 けれどもふと見上げた先にあるアルトリウスの顔を見れば、彼は金の瞳を見開いて、ニニリナを見ていて、彼もニニリナと同じように理解が追いついていないだろうことが伝わってきた。


 アルトリウスを見れば見るほど、悲しみが込み上げてくる。


 同時に、まなじりに溜まったニニリナの涙が落ちようとしていた。


「ニニリナ」


 アルトリウスの聞き心地の良い声が、ニニリナにぶつかる。


「……その話には、誤解がある。けれどもまず……君に謝らなければならない」

「……『だれでもよかった』こと?」

「それは……真実だ。私は、女神の子を伴侶として迎えるべく学園に入った」


 アルトリウスの薄い唇が動くのを、ニニリナは見つめる。


 胸がじくじくと痛んだ。心臓に深く刺さったトゲが、無遠慮に動いているかのようだった。


「すべては、我が国のため。そういう腹積もりで入学したのだけれど――ニニリナ、君にひと目惚れした」

「……それを信じろって言われても、すぐには無理だよ」

「それはわかっている。ただ、聞いて欲しいんだ。先の言葉が私の本心だと」

「じゃあ……じゃあ、わたしに惚れてるならどうしてずっと閨を別にしているの?」

「それは――」


 アルトリウスは言葉を詰まらせた。


 あからさまに目が泳いでいる。


 ニニリナはそんなアルトリウスを見て、「やっぱりわたしにひと目惚れしたなんて嘘なんだ……」と悲嘆に暮れる。


 しかしニニリナがそうやって落ち込んだ様子を見せたことで、アルトリウスは腹をくくったらしい。


 ついに、理由を明かした。


「それは――君が、あまりにも無垢だから……」

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