第98話 その名は【霧の王】
俺と桜ちゃんを見たモンスターが、瞳孔を大きく見開くと同時に喜び一杯の表情を見せて、まるで犬の様に尾を大きく振りだした。
「お前……、本当にベリーなのか?!」
俺もそのモンスターの名前を呼ぶと、先生が満面の笑顔で頷く。
美羽や沙耶、一樹にヤッさんはベリーの事を知らない。
知ってるのは俺とカズ、そして桜ちゃんだけなんだ。
ベリーとの出会いは今から6年前になる。 ーー
ーー 6年前の7月29日 ーー
俺は当時10歳で。この日、カズの親父さんに連れられてとある山の渓流地帯で川釣りをしに来ていた。
その場にはカズとセッチ、と言ってもその時はナッチの方の人格だったんだけど。他に同行していたのは桜ちゃん、先生、犬神さん、そして親父さんの部下の人4人で来ていた。
美羽達はちょうど他に予定があるからって一緒に来れなかった。
「おい憲明、お前の竿引いてるぞ」
親父さんに毛針を使った川釣りのレクチャーをしてもらった俺は、その才能があるのか、なかなか良い形の岩魚を釣り上げる事が出来た。
「ほう? 初めてにしては立派なのを釣ったじゃねえか」
「カズの父ちゃんのおかげだよ!」
親父さんに褒められた俺は嬉しくて、満面の笑みで釣った岩魚をカズと桜ちゃんに見せびらかした。
桜ちゃんは拍手をして喜んでくれたけど、カズはなんで魚が釣れないのか不満そうな顔をして、俺が釣った岩魚を見て不貞腐れていた。
でも俺に釣れて、カズがなんで釣れないのか、この時は全然気づかなかったけど、たぶん……、魚達がカズに警戒してたんだと思う。
岩魚って言うのは、天敵である人間や捕食動物の存在に気づくと、大きな岩の隙間に逃げて隠れてしまう程、警戒心が強いんだとか。でも一度捕食スイッチが入ると貪欲になり、数多くのアングラー達を魅了するのが岩魚釣りらしい。
そんな岩魚が、カズが振るうロッドについた毛針から殺気を感じとった事で逃げて、それで逃げた方向に俺が振るう毛針からはなんにも感じないから、思わずそれに掛かってしまうったんだと思う。
そんな俺は2尾釣り、桜ちゃんも2尾、ナッチは1尾、カズは……0尾……。
「そろそろ良い頃合いだから昼飯の用意をするか。俺は5尾釣ったし、数的には丁度だからな」
焚き火を用意してくれた親父さんにそう言われ、その後すぐ、親父さんはナイフで岩魚の腹を切り、内臓を丁寧に出した後に渓流の綺麗な水で軽く洗う。洗った後は竹串を刺し、塩をつけて焚き火で焼く。そこにカズは親父さんのそばに行くとその工程を黙って見ていた。
「次に釣れたらお前もやってみるか?」
「うん」
この時の親父さんは、その時間に幸せを感じてたのか、今以上にめちゃくちゃ優しい顔をしていた。
普段の親父さんはヤクザの組長として、汚い人間や仕事を目にし、モンスターが現れればその対処をしているからな。だから親父さんにとって、自然豊かで静かな場所で楽しみ、その場でしか味わえないものを口にして笑い合える、たったそれだけで親父さんは幸せを感じてたと思う。
それにしても、大自然の中で食べるとなんかめちゃくちゃ旨くて。岩魚の塩焼き、ホント……マジで旨かったな……。
食べ終えた俺達は周りを散策し始めることにして、親父さん達はコーヒーを飲みながら談笑を始める。
そこへ、招かねざる客が俺達の前に姿を表した。
「熊だ!」
でも、モンスターを相手にしてきている親父さん達の敵じゃない。ましてやカズはこの時にはもう、既に異世界に行ってたみたいだし、それなりにモンスターを1人で倒せるくらいには強くなっていたんだとか。
そんなカズがいるからか、親父さん達は何も言うことも無ければ手を一切出さなかった。
熊が現れた事でそんな事を知らなかった俺達は恐怖でパニックになりかけたけど、カズはただ黙ってその場に立つと熊を睨みつけた。
その睨みから放たれる殺気を感じ取ったのか、熊は逆に怯えると、大人しく山奥へ帰ったことで俺達は心から安堵した。
でも、お客は別に熊だけじゃなかった。
「おいカズ! なんか妙なヘビがいるぞ!」
熊が去った後、俺は川沿いに妙な蛇を見つけてカズを呼んだ。
そこにはマムシと言うより、体長約1メートルはある、"ブッシュバイパー"って呼ばれるアフリカ原産の毒蛇に似た蛇がいた。その尻尾の先にはガラガラヘビみたいな尾を持ってるし、足が2本ある。
体は真っ赤な色で、所々に黒い点の模様がある。
それがベリーとの、初めての出会いだった。
その場にやって来た親父さん達はかなり驚いた顔をしていたな。
「なあなあカズ! これってアレか?! これがUMAって奴か?! ヘビなのに足があるし、尻尾の先がお前の好きなスペゴジみたいになってるしよ!」
スペゴジとはスペースゴジラのことで、カズが大好きなゴジラに出てくる怪獣の名前だ。
まっそれは良いとして、俺は初めて未確認生物らしき存在を発見して興奮し、桜ちゃんも一緒になって興奮した。
カズはと言うとスました表情でそれを否定し始める。
「憲明さ、このヘビが本当に未確認生物と呼ばれるUMAだと思ってる? 実は存在は知ってるけどそれを知られる訳にはいかないから世界中のお偉いさん達が口裏をあわせて秘密にしてるんだよね」
「えっ?! マジで?!」
カズはその後も淡々と説明をした。
2本しかない前足はおとぎ話に出てくる東洋の龍の様な足を持っている為、この蛇は日本固有の龍と呼ばれる存在に近い爬虫類で、絶滅する恐れが高い絶滅危惧種だと聞かされた。
その存在を知られれば世界中のメディアが騒ぎ、この爬虫類を探すためにここへ来た人々によって、自然が破壊される恐れもある。
もし、その存在を他の奴に口外しようものなら世界中に狙われる恐れがあるとカズは追い討ちまでしてきた。
俺と桜ちゃんはその話を信じて、絶対に誰にも話さないとその場で約束した。
「でもこの……、ヘビ? リュウ? トカゲ? なんて呼べば良いか分かんないけど、目が紫色でとっても綺麗」
ベリーのその目はその時からめちゃくちゃ綺麗で、桜ちゃんはそんなベリーの目が好きになっていた。
「でもカズ……、お前、よく知ってるな……」
俺はこの時、カズが嘘を言ってる事に気づかずに、普通にその話を心の底から信じ込んでたよ。護るために嘘をついたんだし、それは仕方ない。
「ほら、ウチってよく政治家の人達が内密に来たりすることあるからさ、その時にたまたま聞いたんだよ。その後は父さんにも詳しく教えてもらってたし、今日はもしかしたら話に聞いていた龍に出会えるかもなんて思ってたら、本当に出会えてラッキーだよ。ちなみにもし発見したらウチで保護する事になってるんだ」
この時のカズのその言葉があったからこそ、ベリーは内密に討伐される事が無かったんだろうな。
「ちなみに世話をするのは朱莉さんが担当なんだよね?」
更に先生が世話をする事になっていると話し、当の本人である先生は驚いて言葉を失っていたけど。
その時のベリーはめっちゃおとなしくて、どこか怪我でもしてんじゃねえかって思うくらいだった。
そんなベリーをカズが捕まえて、って言いてえけど、実は桜ちゃんの足に頭を擦り付けてたもんだから、桜ちゃんが優しく捕まえたんだ。
ベリーは見た目こそ怖かった。まるで毒蛇みたいな顔つきしてるし、間違って噛まれたら大変だって思ったけど、桜ちゃんになんかめちゃくちゃなついたし、カズも平気な顔で撫でる。だから俺もベリーと一緒に遊んだ。
……後ろにいる親父さん達がなんか怖かったけど……。
それから4日後。
俺と桜ちゃんはベリーに会いたくて、カズの家に遊びに行った。
今思えば、あの時からカズの部屋は既にジャングルだったな。
俺達が遊びに行くと、カズはベリーと一緒にいた。その後ろには骸が寝そべっている。
「いらっしゃい」
「こんにちはベリー! 骸!」
桜ちゃん、よっぽどベリーが気に入ったんだろうな。
ベリーもそんな桜ちゃんの嬉しそうな顔を見てか、カズから離れると桜ちゃんの方に寄ってって、スルスルと体を登ると首に巻き付いて嬉しそうに頭を擦り付けていた。
「くすぐったいよ~、あははっ」
この時の俺達は、美羽や沙耶、一樹とヤッさん達には内緒にしていた。
カズに誰にも話すなって言われてたし。もし、話したらベリーと会えなくなると思ったから。
「和也!」
「うおっ?! ビックリした! カズの父ちゃんか!」
急に親父さんが怖い顔で来たから、俺はかなりビックリしたぜまったく……。
でもそうだよな。この時の俺達はまさかベリーがモンスターだってこととか、何にも知らなかったんだし、当然っちゃ当然だ。でも。
「くすぐったいよベリー、あはっ」
「ベリー?」
その日その時、桜ちゃんが名前をあげた。
紫水晶みたいな目と、尾の先端にある結晶を見て、その美しさの中に果物のブドウやブルーベリーを連想して可愛と思い、ベリーって名前にしたんだと。
ベリーって名前をつけられたことがよっぽど嬉しかったのか、まるで子犬みたいに桜ちゃんに甘えて、なんか可愛いかった。
親父さんは苦笑いをすると、「心配して損した」って言って、黙って暫く様子を見ていた。
暫くした後、カズがベリーの餌を用意すると、「あげてみる?」って聞くから、俺達2人は頷いて、ベリーの餌を交互に与える。
ピンクマウス、メダカ、ヤモリと用意されていて、流石に桜ちゃんはベリーが反応しても餌を触らないだろうって思っていると、桜ちゃんは普通に手に持って、満面の笑顔でベリーに与える。
「いっぱい食べて大きくなるんだよ?」
満面の笑みだ。それはもう、本当に満面の笑みで桜ちゃんはベリーに餌を与えるんだ。
正直驚いたぜ。だって女子が普通に持ってあげるんだぜ? 普通ならワーキャー言って騒ぐだろ? それなのに、騒ぐどころか満面の笑みか……。
んで、腹を満たしたベリーは桜ちゃんの肩の上でそのまま寝て、どれだけ俺や桜ちゃんが撫でようと起きる気配が無かった。
「私達の負けね。こうなったら私が責任持って育てるわ」
そこでいつの間にか先生がいて、親父さんにそんなことを言って談笑し始めた。
犬神さんもそこにいて、一旦部屋から出ていくと、ジュースとお菓子を持ってきてくれた。
親父さんはソファに座り、先生は「私も混ぜて」って言ってこっちに来て、一緒にベリーと遊んだ。
その後も、俺と桜ちゃんはベリーに会う為、美羽達には内緒で何度も遊びに行って、その絆をどんどん深めていった。
でも別れは唐突だった。
出会って半年が過ぎた頃、ベリーは既に3メートル以上に成長していて。
先生はベリーのこれからと成長速度を親父さん達と考え、別の場所で大切に育てる事に決めた。
その場所がどこなのか一切聞かされていない。だから俺と桜ちゃんは、ベリーとはもう、会う事が2度と出来ないって感じた。
「行っちゃ嫌だよベリー!」
案の定、先生は俺と桜ちゃんに、ベリーともう会えなくなる事を告げてきた。
桜ちゃんは泣きながらベリーにしがみ付いて。俺も泣きそうになるのをなんとか必死に我慢した。
「ゴメンね桜ちゃん。これもベリーのためなの。この子をずっとここに置いておくのは難しいのよ。カズが前に説明したでしょ? だからこの子を守る為にも、ここよりもっと安全な場所で保護しようって事になったの。きっとまた会える日が来るわ。だからお別れする前に、アナタ達にベリーを会わせたかったの」
嘘だ。
俺はそう思った。でも、ベリーの事を考えたらその方が幸せなのかもしれないとも思えたから、何にも言えないでいた。
それに……。ベリーはこれからもっと幸せに生きられる場所に行けるんだって。
だからその日、俺と桜ちゃんはベリーと疲れ果てるまで遊んだ。
ボール遊び、追いかけっこ、紐を使った引っ張りっこ、猫じゃらしならぬ蛇じゃらし、色んな事をして遊んだ。
ベリーとの別れは悲しかったものの、いつかまた会える日を信じて、俺達2人はベリーと別れた。ーー
ーー そして今、ようやく俺達はベリーと再会することが出来た。
「ベリーーー!!!」
桜ちゃんが大きく息を吸い、ベリーに届けと言わんばかりにその名を叫び続ける。
「ベーリーイーーーーッ!!!」
<シュルルアアァルルッ!>
遠くからだけど、桜ちゃんの声がベリーと俺の耳に届いている。
ベリーも、桜ちゃんが腕を伸ばして大きく手を振る姿を見て、めちゃくちゃ喜んでいる。
「ベリーー!!!」
<シュルルアァァァ!!>
何度も何度も、自分の名前を呼ぶその顔を、ベリーは決して忘れちゃいなかった。
俺はそれが嬉しくて、なんか泣きそうな感情が沸き上がってくるのが分かった。
ベリーが桜ちゃんに向けて尻尾を大きく振っては頭を何度も横に揺らしている。
「あはっ! ベリーー!!」
桜ちゃんも満面の笑顔だ。
「ベリー、お前デカく育ちすぎだろ。ここに来てもしかしてお前はモンスターだったんじゃないかって思っていたけどやっぱモンスターだったんだな、ベリー」
<シュルル>
俺も久しぶりに再会が出来て、満面の笑みをベリーに向けると、俺に軽く擦り寄ってきた。
「おいおい! あんまり強くしたら俺が倒れちまうよ! へへっ、それにしても久しぶりだなベリー、元気にしてたか? ん? ……しゃっ! とりま再会を喜ぶのは後にしてよ、さっさとコイツらをやっつけようぜベリー!」
<シュルアァァァ!!>
俺の言葉に、ベリーはバルメイア軍に改めて顔を向けると敵だと認識し、大きな咆哮を上げる。
<シュルルアァァァ!!>
再びの咆哮が終わる頃、ベリーの口から赤黒い色をした強力な光線を放ち、多くのバルメイア軍を一瞬にして消し炭へと変える。
<シュルルアァァァ!!>
ええぇ………。
次にベリーの背ビレが音をたてて縦に幾つも割れると、その内部はまるで鰓みたいなものが存在していて。その背ビレが呼吸するような動きをすると、そこから赤い霧が溢れ出し、周囲一帯が赤い霧で飲み込まれて行く。
すると、赤い霧の中から禍々しい姿となったバルメイア兵が現れ、次々と仲間であるバルメイア軍を襲い始めた。
「なにが、どうなってんだ?」
「ベリーが死んだバルメイア兵を、ゾンビにしたのよ」
はい?
先生は、赤い霧は死んだバルメイア兵の体へ入るとその体を侵食し、"ゾンビ"として蘇らせたって話した。
実は先生とベリーはとんでもない程に相性が良いらしい。
先生はヴァンパイアである為、血を操る能力を持ってるから、さっきの"血まみれ輪"で広範囲の敵の血を奪い、そこへベリーの体から赤い霧を放出させてゾンビを作り出したんだとか。
いやいやいや、それもエグいって……。
赤い霧は死体は勿論、生きとし生けるもの全てをゾンビに変えてしまう能力を持っていて、そんな先生とベリーの相性が最高に良いんだとか……。
そして赤い霧を自在に操る事が出来る為、味方である俺達にはなんの影響を与えない事も可能であり、逆に負傷した者達を癒し、傷を治すことも可能だとか。
更に、その赤い霧はある程度の病気すら治してしまう効果を持つとも話す。
「いやいやいや、エゲツないってベリー……」
ベリーと再会して意気揚々(いきようよう)となっていた俺だったけど、目の前の光景を見て顔がひきつっていた……。
「種族名、"アラフェル=メレフ"。その名は【霧の王】。それが、ベリーの名よ。もっと詳しく知りたいならカズに聞くか、自分で調べなさい。それじゃ、行くわよベリー」
<シュルアァァァァァ>
そうか、それがベリーの。今度、調べてみるか。
そして先頭に先生が立ち、ベリーが地響きをたてながらその後ろをついて行く。更にその周りにはおぞましい数のゾンビ達もついて行く。
うん、敵に回したくないですね。
ゾンビ達が先生の肉の盾となり。防御する必要が無くなった先生は、更に"血まみれ輪"で多くのミイラを作り、他にも血を使った攻撃でバルメイア軍を次々と殺してはまた新たなゾンビをベリーが赤い霧で作り出す。
その中に、より多くの赤い霧を使ってなのか、人の姿をしたゾンビから最早別の存在へと変わった強力なゾンビを数体作り出している。
こうなっちゃ他の人達の出る幕が無くなったも同然だろ。
そんな中、今までただ静観していたカズが遂に動き出す。
「目を覚まし全ての敵を黄泉へと誘へ」
その言葉に、装備しているゼイラムの先端に黒い泡の様な物が次々と現れる。
そうか……、あれが……、八岐大蛇か……。