第97話 黒竜出撃
「赤い信号弾! ノリちゃん!」
「オウッ! 分かってる!」
信号弾を確認した美羽は近くにいる俺を呼び、周りにいる味方に交代の合図だって言って下がった。
そしてすれ違い様に、他の冒険者やハンター達が雄叫びを上げながら前線へ出ていく。
『全隊員に告ぐ。"黒竜"が対ヘカトンケイル戦に向けて出撃。繰り返す。"黒竜"が対ヘカトンケイル戦に向けて出撃』
作戦司令室から全自衛隊員や俺達の耳に付けたイヤホンからそんな無線連絡が入ると、ヘカトンケイルまでの道を急いで作り始めた。
来るぞ来るぞ来るぞ! アイツが来るぞ!
戦いながら周りの様子に気がついた他の冒険者やハンター達が自衛隊員達と一緒に行動して、その道を作るために手を貸す。
「ガッハハハハハハ!! そこのけそこどけえ〜い!!」
マークのおっさんは巨大な牛型モンスターの背に乗り、次々とバルメイアの兵士達を突進で吹き飛ばしながら道を作っている。
派手だなあのおっさんは。
ある程度の所まで突き進んだマークのおっさんは牛型モンスターの背から降りると、背負っていた巨大なバトルアックスを両手で握りしめて構えた。
「オラオラどっからでもかかってこいや!! 死にたい奴はさっさと前に出ろ!!」
その直ぐ側にはいつものヒャッハーなお兄さん達が集まり、バルメイア軍と刃をぶつけ合う。更にその後ろには、どっかで見覚えがある自衛隊の人達がアサルトライフル等を装備して、後方から一斉射撃を始める。
そこへ、上空から大きな炎の球が幾つも降り注いで来た。
「気をつけろテメーら! "ファイヤー・ボール"が来るぞ!」
マークのおっさんの声に、手下の人達は防御体勢をとろうとする。それを見て、俺はそのファイヤー・ボールを、"ファイヤーブレット"で次々と上空で迎撃。撃ち漏らしたファイヤー・ボールは数十匹に分身したステラが光の壁で塞いでくれた。
「なんだ? オメエらも来たのか?」
そう言ってマークのおっさんが笑顔で、後ろにいる俺達に顔を向ける。
「あぁ、交代しようと思ったけど、アンタが心配だから来てやったぜ」
「へっ、ぬかせガキが! 俺達だけでこんな雑魚共を蹴散らすなんざ十分なんだよ!」
そんな事を言いつつも、満面の笑顔をマークのおっさんは見せてくれる。
「雑魚とは言え精鋭級と思われる騎馬隊が既に控え、更にその奥にはより強い者達が居ます。例え我々だけでもこれだけの数は厳しいかと」
マークのおっさんと一緒にいる人。確か、"ルーナ・ファーレ"の時に、俺達の近くにいた人だ。
この人は特殊作戦群を率いる人らしく。
名前は"羽瀬幹久"さん。
特殊作戦群白虎隊の隊長を務めてるって人だ。
特殊作戦群は"玄武隊"、"青龍隊"、"白虎隊"、"朱雀隊"の四つに分かれ、その四つの部隊を合わせて特殊作戦群と一括りに呼ばれているらしい。
中には、"黄龍隊"って部隊もいるらしいけど、その殆どが謎に包まれているらしく、羽瀬さんですら詳しくは知らないんだとか。
「まあ確かにお前さんの言う通りだよ。だがな、俺達の背後にはそんな奴らより遥かにおっかねえのがこっちに来てるんだぜ?」
「……確かにそうですね」
そう、ここにいる全員が束になっても勝てる気がしねえ、めちゃくちゃ怖ぇー奴がこっちに来ている。
マークのおっさんはバトルアックスを振り回し、羽瀬さんはアサルトライフルで敵を撃つ。
2人は互いに背中を守りながら戦い、そして自分達が作った道へと目を向ける。
「ほ〜ら、敵に回したらおっかねえのがお出ましだぞ?」
バルメイアの連中はその言葉に、あるいはその圧倒的な威圧でその存在に気がついたのか知らねえけど。急に体を震わせると後退りし始めた。
「へへっ、来た来た。めちゃくちゃ怖ぇーのがついに来た」
荒い息をこぼし、凶悪なモンスター達の群れが向かって来る。それはヒスイ率いるヴェロキラプトルの群れとティラノサウルス・レックスのゴジュラス。その後ろの上空からまたしてもミサイルが次々とバルメイア軍に向かって飛翔。
バルメイアの魔道兵団がミサイルを幾つか撃ち落とそうとするけど、全てを撃ち落とすことが出来ないで、ミサイルは次々とバルメイア軍がいる場所に着弾。大きな爆発と一緒に多くの兵士や自分達のモンスター達が吹き飛ばされていく。
『ゴジュラス聞こえるか? そのままヒスイ達と共にマーク達を援護しろ』
イヤホンからカズの指示が入る。でも、それはゴジュラス達に出した指示であり、俺達への指示じゃない。
ゴジュラスも、耳に小型のイヤホンが付けられている。
『ヒスイ。戦いながら群れに指示を出すのはまだ不慣れだろうがなんとか頑張ってくれ』
<グルルッ、ガアァァアアアァアァァ!!>
<グルアゥ! グルアゥ!>
ゴジュラスとヒスイがカズにそう言われると大きな咆哮で応えた。
ゴジュラスは強靭な足でバルメイア兵を踏み潰したり強靭な尾で薙ぎ払う。
ヒスイは他のヴェロキラプトル達に軽い指示を出すとバルメイア兵の首を切ったり腕に噛み付くとそのまま他のバルメイア兵に投げつけて転倒させ、そこを襲う。
隙をついてバルメイア兵がゴジュラスやヒスイ達に攻撃を仕掛ければ、マークのおっさんや羽瀬さん率いる白虎隊がカバーに入る。
その周りでも多くの冒険者やハンター達が自分のパートナーであるモンスター達と協力しあいながら戦っていた。
そんな人達が作った道に、遂にカズがチームを率いて、ゆっくりと歩きながら前線に姿を現した。
カズを見たバルメイア兵達は急に錯乱したかと思うと自害する奴や、まるで自我が壊れたのか、急に笑い出したかと思うと味方を攻撃する奴が現れ始めた。
前にも見た光景だな……。
その好機を見逃さず、道を作っていた冒険者やハンター、そして自衛隊隊員達が一気にバルメイア軍を押す。
「戦車隊前進」
カズの指示を受け、戦車隊が砲撃しながら前進。後ろから戦車隊による砲撃とミサイル攻撃による援護を受け、他の特殊作戦群の人達と、自衛隊員達も前へと次々に出る。
「テオ、リリア、お前達は予定通り左右からバルメイアを挟み込め」
『わかった』
『わかったわカズ』
「航空隊、対空魔法に気をつけつつ目標を攻撃開始』
『了解』
カズの指示に、各部隊がそれぞれ動いてバルメイア軍に対して強烈な攻撃を開始する。
「思ってたよりも早く片づきそうね」
「はなからこんなもん戦争なんかじゃねえよ朱莉さん。注意すべきはヘカトンケイルなんかでもなく、それを造れと支持したクソヤローだけだ」
そんな事を話すカズ達を中心に、どんどんバルメイア軍はなす術もなく倒れて行く。
敵対している人とモンスターが、なんの例外も無くただ無慈悲で圧倒的な暴力でその命が簡単に刈り取られる光景が、逆に綺麗だなって思えた。
「しかし、まさかあそこまで巨大なヘカトンケイルを作り出すなんて……」
犬神さんは巨大なヘカトンケイルに恐怖している、だけどそれは犬神さんだけであり、他は全然恐怖を感じちゃいない。何故ならそれよりもっと、本当に恐怖すべきなのがカズただ1人だけだから。
「おい犬神、俺は今なんて言ったか忘れたか? ヘカトンケイルなんざ俺達の敵じゃねえって言ったばかりだぜ?」
「は、申し訳ございません若」
「俺達にとって、あんなのは見た目だけでしかねえよ。よう、へばってる奴はいるか?」
その質問に、誰もへばってないと応え、皆は笑顔を向けた。
「まっ、ここまで戦闘する事なく来れたのは皆んなのお陰だ。後の道は俺達が作ってあの木偶の坊を殺るとしよう。……殺れ」
カズに殺れと言われ、先に動いたのは他の誰でもない、骸だ。
<グルアアアァァァァァァ!!>
骸必殺の領域、"氷河期"によって周囲のバルメイア軍は一瞬で氷像になる。
続けて三本の長い鉤爪を装備した犬神さんが前へ出る。犬神さんは素早い動きで次々とバルメイア兵士達を、その鋭利な鉤爪で鎧ごと引き裂いていく。
「あっはっはっはっはっはっ! さあ死んで償え死んで詫びろ!」
Bはマークのおっさんが持っているよりも巨大で凶悪な形をしたハルバートを軽々と振り回しながら、轟音を鳴り響かせてバルメイア軍の兵士達を薙ぎ倒す。
「弱い! 脆い! その程度でボク達に喧嘩を仕掛けて来るなんて頭がおかしんじゃないのかい?!」
まったくです。
「ゲブッ!」
「あぁっはっはっはっはっはっはっ! ゲブッ! だってさ! キミ達の頭はちゃんと脳が詰まっているのかい? まるで豆腐みたいじゃないか! あっはっはっはっはっはっはっ!」
「ば、バケモノめ!!」
「にひぃ……」
化け物以前の問題で、一応Bは魔王の1人なんだよなぁ……。
バルメイア軍の兵にそう言われ、Bは不気味な笑顔を見せると一瞬でその兵士の頭を粉砕。
「化け物で悪かったねえ」
そう言って既に死んでいるバルメイア兵を見下ろしながら不気味な笑みを崩さない。
「"血まみれの輪"」
先生は死んだバルメイア兵達の血を媒介にし、ドス黒い色をした広大で特殊な領域を展開。その領域内のドス黒いエリアには真紅の薔薇が咲く。
それがまた綺麗なんだよ。
「後悔してももう遅いわ」
薔薇が咲くと、領域内にいるバルメイア軍達が急激にミイラになり、バルメイア軍の亡骸が転がる。
「ご馳走様」
うわ~、もしかして血を全部吸収しちまったのかよ……?
血液を全て吸収したことで、バルメイア軍の兵士達は絶命。
吸収した血は腰から生えている羽に送られ、凝縮。そしてそれが先生の力になる。
「相変わらずのチートぶりだな」
そう言いながらカズは俺達の横を通り過ぎて行く。
俺達に言わせれば、お前こそチート過ぎる。
そんなカズは両手をポケットに入れ、何をする事なくただ開いた道を真っ直ぐ進む。
そんなカズ達が通る道には誰一人として生きてる奴はいない、ただただ無慈悲なまでの暴力と死だけを引き連れていた。
「慈悲なんざやる必要はねえ、そいつらがいったいどこに喧嘩を売ったのか教えてやれ」
「おまたせ」
そこに、セッチがガイアの背にのったまま合流。
セッチがガイアの背から降りると、セッチはガイアに「お願い」の一言だけを言って、ガイアは前線に出る。
セッチがカズの横まで行くと、カズはセッチの頭に軽く手を置くと撫で始めた。
「始める?」
セッチの言葉にカズは軽く微笑み、その場にいる連中に捕虜を捕らえても生かす必要が無いから殲滅しろと周りに伝える。
そこで先生は自分の足元に大きな魔法陣を出現させ、俺達は今度は何をするんだと思っていると。
「来なさい」
一言そうと言い、魔法陣から地響きと共に巨大なモンスターを呼び出した。
まさか、召喚魔法?!
現れたモンスターは体長約120メートルはあるんじゃねえかってくらいの、大型の蛇型モンスター。その眼は紫水晶の如く美しく、真っ黒な体に不気味な赤い模様がある毒蛇型で、身体の鱗はトサカの様な尖った鱗。そんな鱗だからなのか動くたびに鱗同士が擦れ、気味の悪い音をたてている。
頭には逆向きに生える紫色の小さな棘が幾つもあり、頭のすぐ後ろの首にはこちらも紫色をした、ククリナイフみたいな湾曲した大きな背ビレが逆向きに向かって幾つもはえている。その首は長く、そして体に近づくにつれて背ビレは小さい。
尾はとても長く全体の4分の3以上はあり、先端には紫水晶とガラガラヘビの尻尾を組み合わせた様な結晶が幾つもある。
もう一つの特徴としては鋭く長い爪を持つ、龍みたいな前足が2本。後ろ足は爬虫類のボアやパイソンの様な小さい爪が一本ずつある。それはもともと後ろ足があった名残であり、かつては蛇型ではなくトカゲ型だった証拠だろ。
どうしてそんなことが言えるのかって言うと、カズから散々聞かされてるから普通にわかっちまう。
そんなモンスターに俺はどこか見覚えがあると思っていると、ちょうどその時にモンスターが辺りを見回した事で、俺と目が合った。
「……あ」
目があった瞬間、そのモンスターの事を直ぐに思い出す事が出来た。
同時に、街の城壁から桜ちゃんの声が聞こえてくる。
そっちに振り向いて、双眼鏡でよく見てみると桜ちゃんが涙目になりながら片方の手で口を隠し、そのモンスターの名前を呼んでいる。
「"ベリー"!!」