第95話 始まる戦争
8月18日
07:30
「大尉、本当に行かれるつもりなのですか?」
その日、広い空軍基地の滑走路上で、長い髪の女性が空を眺めていると、ふいに後ろから1人の軍人にそう言われた。
「いくら同盟国だと言っても向こうにはあの"黒竜"がいるんです、我々が行ったところで逆に邪魔になるだけなのでは?」
しかし彼女はそんな軍人の言葉を無視し、ポケットからタバコを取り出すと吸い始める。
彼女は大尉と呼ばれてはいるが、何故か黒いスーツ姿をしているからか、どこかのキャリアウーマンなんじゃないかと勘違いされる事がある……。
その彼女がとても冷たい目で軍人を一度睨むと、重い口が開かれた。
「有事のさい、我々は何時如何なる場合でも協力し合う協定がある。それを忘れたのかしら?」
「い、いえ……」
上官にそう言われ、軍人はたじろいだ。
「同盟国だから助けに行く? それは違うぞ、それはつまらん理由だ。同盟でも友好でもそんなつまらない理由で行こうとしている訳では無い。では答えなさい。友好と同盟以外で我々が動く理由を」
そう言われても他の理由が思い浮かんでこない。
「馬鹿者が。私は常に考えろと言っている筈だぞ。我々はこれから先、もっと親睦を深めなくてはならない。そう、それはまるで家族や兄妹みたいな関係にだ。そんな相手国の助けに行かないでどうするつもりだ馬鹿者が。我々は家族も同然なのだぞ?」
「も、申し訳ありません!」
「……それにだ、その"黒竜"をどこぞの馬鹿共が怒らせ、悲しい想いをさせている。それが何を意味するか分かるか中尉? 私の可愛いBOYが傷付けられたのだぞ? 私の可愛い可愛い……、ドラゴンがだ……」
背中から静かに放たれる怒りと殺意を感じ取った中尉は、その時、恐怖で身震いした。
「理解出来たならさっさと出発準備をしなさい」
「で、ですが大尉。進路上の空にはあの、"ギアフェル"が現れる危険が!」
「黙れ」
「うッ!」
中尉としては、その"ギアフェル"が余程恐ろしいのだろう。その恐ろしさは中尉だけでなく、周りにいる多くの兵士達がその名を聞いた瞬間に顔を青ざめさせ、動きを止めている。
「たかが空飛ぶオオトカゲに過ぎん。出くわした時には腹が満たされるまでミサイルでも何でもブチ込め。それとも何か? 骸よりあのオオトカゲの方が怖いのか? そんなことは無いはずだ、そうだろ? 私が欲しいのはな、YESのみだ。解るか? 理解したか? 理解したなら返事をしろ」
「い、イエッサー!」
鋭い眼光で睨まれる中尉は、冷や汗をかきながらその場から逃げるようにして走って行った。
「待ってなさい……、今行くわ」ーーー
ーーー
8月19日
遠くで爆発音が連続して鳴り響いてるのが聞こえてくる。
7:30
『敵は国境を越え、"黒竜"特製の爆弾によって大多数の歩兵隊、並びに騎馬隊に大打撃を与える事に成功。予想進路は二つの部隊が左右から山道を抜けて来るものと、正面から本隊が侵攻するものと思われる。送れ』
国境付近でその様子を見ていた自衛隊員から無線連絡が入ってくる。
『了解。左右の山道には別の罠が設置されています。数部隊で二つの山道で迎え撃ちながら少しずつ後退して下さい』
無線を聴いたオペレーターと思われる女性が、無線でそう指示を出した。
『了解』
『こちらハンター1、これより上空から敵を叩く』
『こちら指令室。ハンター1了解。対空魔法による反撃に気をつけて下さい』
自衛隊が保有する戦闘ヘリ、AH-64アパッチ数機が、進行して来るバルメイア軍に対して攻撃、更なる大打撃を与える事に成功する。
でも、そんなバルメイア軍は反撃どころか臆する事なく進行を続け、自衛隊はその様子に不気味さを感じつつも、同じ作戦を何度も繰り返した。
それから3日後の8月22日。
5:00
バルメイア軍は遂に、街から目と鼻の先まで来るとそこで陣を構えた。
その距離、僅か4キロ。
その帝国軍の後ろから朝日を背に、巨大な何かがゆっくりと姿を現した。
やっぱ作ってたのかッ……、ヘカトンケイル!
いったいどれだけの人を犠牲にしたのか解らねえ。そのヘカトンケイルはもう、100メートルはある巨体だ。その為、多くの冒険者やハンター、そして自衛隊の人達の顔が恐怖に染まっていた。
「話には聞いていたが、実際に見るとやはり虫唾が走るな」
そんな中、ヘカトンケイルを見ても恐怖しない連中が街の城壁の上にいた。
ルシファーとダークスターの2人だ。
ルシファーはヘカトンケイルを見た瞬間、その目に怒りを宿している。
「忌々しい……、それに俺様達でアレをブッ殺せねえのが腹立つぜ」
ダークスターが眼を赤く光らせ、爬虫類独特の目で睨んでいる。
「だが下手に我々が動けば奴らに勘付かれる。我々は力を取り戻せていないのだ。奴らに見つかる訳にはいかん」
「んなこた分かってる」
「だがゼストに頼まれてもいるからな。その時は勘付かれようとも我々2人でこの街を護るとしよう」
ルシファーが言う「奴ら」ってのが、一体誰の事なのかさっぱり解らねえままだ。それでもアルガドゥクスの弟であるゼストに、街を護れって言われてるらしい。
ゼストって、どんな奴なんだろ。
「いつの時代も人間は愚かで救い難いものだ」
ルシファーのその言葉にダークスターは「そうだな」と言って、2人は暫く黙って静観する。
その近くには桜ちゃんと志穂さんもいた。
最初、カズに来るなと言われていたのに来ちまったから、2人はこっぴどく怒られたものの、大人しくルシファーとダークスターの近くにいるのを条件に、来るのを許された。
でもカズにとって2人は良い意味で起爆剤になる。
街には多くの人々がいる為、街を護らなくちゃならないのは当たり前なんだけどよ、桜ちゃんと志穂さんがいるとなると、カズは余計負ける訳にはいかなくなるし、かっこ悪い戦いを見せる訳にもいかねえから、絶対に容赦が無くなる。
と言っても、俺達って言うより、カズが負ける要素は一切見当たらないんだけどな。
09:00
その時間、帝国側から使者みたいな兵士が馬に乗って近づいてきた。
「聴け!! ゼオルクの者達よ!! 我らバルメイアに服従を誓うのであれば!! その命を助けてやろう!! 今ならまだ遅くはッ ーー」
その時、1発の乾いた音が響き渡り、使者は馬から落馬して動かない。
もう、使者は死んでいる。
「テメェらの話なんざ聴く耳持たねえよ、馬鹿が」
使者を殺したのはカズだ。
カズは"曼蛇"や"ゼイラム"、"デュアル"を両手に装備したまま魔改造された銃2丁を両手に握っている。
ちなみにその魔改造された銃により、使者は眉間を撃ち抜かれている。
左側の腰には鎖で繋がる、黒くて不気味な蛇柄の鞘に収められた一本の長い太刀をぶら下げてもいる。
その長さは約2メートル。それだけ長い太刀を、いったいどうやって鞘から出し入れするんだと不思議に思えてくる。
もしかして、貰ったフレイムバードの鞘と一緒な感じの構造してんのか?
その様子をルシファーとダークスターの2人も見ていて、カズの腰にある太刀に注目していた。
「あの腰にある剣。貴様はどう思う?」
「どんな剣なのか知らねえが、俺様の目で見る限りで尋常じゃなくヤバい匂いがここまで漂ってくるぜ」
それを聴いたルシファーと、答えたダークスターの2人は不気味に微笑んでいた。
一方で、周りにいる冒険者やハンター達は、カズがその見慣れない太刀を持っている事に気が付き。そこから放たれている不気味な気配に冷や汗を流していた……。
ま~たなんかエグいもん出してきやがって……。
そして、使者を射殺した事がきっかけでバルメイア軍は雄叫びを上げながら突撃を開始。
「撃て」
カズは無感情のまま無線で一言言うと、次々とミサイルが発射された。
そのミサイルはただのミサイルなんかじゃなく、空中で分解すると中から小さなポッドが雨の様に降る。
バルメイア軍は一瞬だけ警戒をするけどよ、何も起こらないと分かると再び行軍を始める。
カズが作った兵器だぜ? それが何も起こらないって方がおかしいじゃねえか。
「消し飛べ」
小さなポッドから一瞬火花が走り、次々と爆発していく。
「クククククククッ、死んで詫びろボケ共」
爆発に巻き込まれ、吹っ飛んでいくバルメイア軍の兵士達を見下しながら、カズは開発したミサイル兼爆弾による攻撃を次々と発射する。
同時に自衛隊の戦車による一斉射撃も開始され、アサルトライフルやマシンガンが次々と火を吹く。
バルメイア軍は重装備をしているものの、そんな物、銃弾や砲弾の前では紙切れも同然。そして、そんな銃弾とミサイルの嵐でゼオルクの冒険者やハンター達はその圧倒的な暴力とも言える力を目の当たりにして呆然としていた。
「俺達の出番が無い……」
「まったくだ……」
なんか……、ゴメン!
それでもカズの指示の下、夜城組は次々とミサイルを撃ち。自衛隊もバルメイア軍に反撃の隙を与える事なく、一方的な攻撃をし続ける。
するとそこで、カズは稲垣陸将に無線でなにか会話を始めると、攻撃の手を緩めた。