第86話 勝ち進むのは俺だ
「では始めましょう。東ゲート、美羽選手、入場」
大画面に美羽の写真が写ると、会場にいる男達が興奮して美羽の名前を呼び。その美羽が静かに出て来る。
パートナーに選んだのは勿論。
「やっぱステラで来やがったか」
ステラは"分裂"のスキルを使い、群れとなって美羽の周りを飛び回っている。
それを見て、「1匹の筈では?」って口々に言っているのが聞こえてくると、美羽がカズみたいに指を鳴らした。するとステラの群れが集まり、青い光を周囲に放ちながら1つになった。
<キュキュルルルルルル!>
そこで解説者席に招待されたのか、ネイガルさんがいつの間にか座り。美羽に代わって皆にステラを紹介した。
「名はステラ。御存知の方も多いと思いますが、あのギルが進化し、蛹羽化した姿に御座います。種族名はルナソル・モス。この世にたった1体しかいない、超希少生物になります。今皆さんが御覧になったのはステラのスキル"分裂"。故に、ステラは1体でありながら無数と言うわけですな。しかもランクはS。羽化したてでありながらその存在は幻想的でとても美しいモンスターへと、ギルは進化を果たしました」
でも、せっかくネイガルさんが説明してくれているのに、皆、目の前にいるステラの美しい姿に見惚れて言葉が出ないって感じの顔が映し出された。
「おいで、ステラ」
<キュキュルルルルルル>
呼ばれたステラはまた"分裂"して、美羽の周りを再び舞い飛ぶ。
「美しい……」
「あぁ……、なんて綺麗なんだ……」
「あのギルが、あんなに……」
そんな声が聞こえてくると画面はマークのおっさんの顔面に変わり、そのマークのおっさんも見惚れていた。
それに気がついたカズが椅子から立ち上がり、マークのおっさんの頭をおもいっきりぶっ叩く。
「おい、なにボサっとしてんだコノヤロー。司会進行するならさっさとしろよ」
「す、すまねえ」
司会者が呆けてんなよ……。
カズに怒られてタジタジになってたけど、気を取り直して進行を再開した。
「西ゲートより玲司選手、入場」
「「ウオオオオオオ」」
「頑張れよ玲司!! お前に全財産賭けたんだからな!!」
「負けたら金巻き上げんぞ!」
「頼むから借金返済の為に勝ってくれ!!」
超大穴のヤッさんに全財産を賭けてるって言葉が歓声に混じって聴こえる。
なんか……、悲しくなってきた……。
ヤッさんは気合を入れ、中央に待つ美羽の元へと歩き出すと、珍しく美羽を睨む。
対する美羽は涼しげな顔で微笑んでいる。
そこで美羽の腰にある真っ白な2本の短剣と鞘を見て、俺は疑問に思った。
あれ? 今までと違うな。今までは普通のナイフだったのに、短剣になってる?
「ヤッさん」
「ん? な、なんだ?」
「ヤッさんには悪いけど、勝たせてもらうから」
「ははっ、それは僕も一緒だ」
2人が軽く会話をした後、稲垣陸将が戦闘始めの合図を出した。
正直、俺にとって警戒しなきゃなんねえのは美羽だ。
だから美羽の戦闘を注意深く見る必要がある。
「はあぁぁぁ! "ロックバインド"!」
ヤッさんはハンマーで力強く地面を殴り、相手をその衝撃でスタンさせる攻撃をした。
スタンってのは相手を気絶させたり唖然させたりする事で、言わばいっ時の間、相手を動けなくさせる事だ。
「いっけえぇぇ! トッカーー!」
次にヤッさんはトッカーに攻撃の指示を出す。トッカーは後ろ足で地面を力強く蹴り、頭と前足を甲羅にしまって美羽に体当たりを仕掛けた……、でも。
「全然遅いよ」
突っ込んで来るトッカーの前にステラが現れ、鎌の様な手でトッカーを上から叩きつけて止める。
「トッカー?! だったらこれでどうだ! ロック ーー」
なにしてんだよヤッさんは?
ヤッさんがハンマーを振り上げた時だ。
「だから遅いよヤッさん」
ヤッさんの背後を、普通に回り込んだ美羽が立ち。白く美しい短剣をヤッさんの首筋に軽く当てている。
「な?!」
なにしてんだよヤッさんの奴。なんで普通に歩いてる美羽に気がつかねえんだよ?
「負けを認めて、ヤッさん」
「ははっ、負けを認める? 冗談キツイな美羽。僕だってあのドラゴンが欲しいんだ。だから、負けを認めるわけにはいかない!」
ヤッさんはしゃがんで美羽の短剣から逃げ、ハンマーを美羽の横脇腹に叩き込もうと振るう。
「それは残念」
「ガファッ?!」
でも、圧倒的な速さでヤッさんの顎を美羽が蹴り上げ、そこから怒涛の連続攻撃が叩き込まれる事になった。
ヤッさんの顎を蹴り上げると、回し蹴りから裏回し蹴りで更に空中に蹴り上げ。ジャンプするとヤッさんの腹に何度も前蹴りとかを叩き込み、サマーソルトキックでもっと蹴り上げる。
美羽が地面に着地するとまた高くジャンプして、今度はヤッさんの腹に膝蹴りを入れ、空中で体勢を変えて頭に踵落としを叩き込む。
その勢いで空中から地面に叩き落とされたヤッさんに、美羽は最後に、ヤッさんの腹に両足で膝蹴りをめり込ませる……。
エッグゥ……。
その勢いに任せ、美羽は空中へ回転しながらジャンプすると後ろ向きで着地した。
「今の技は"飛竜脚"。でも安心して、手加減してあるから。蹴りで相手を空中へ蹴り上げ、更に圧倒的スピードと威力で蹴り上げ続けた後、空中から相手を蹴り落とす技だよ」
それでまだ手加減してんのかよ。
でもヤッさんはその技をまともに受け、既に意識を失っているから美羽の言葉が入っていない。
本気ならどんだけ恐ろしいんだろうってなる。
「勝者! 美羽!」
「「ウオオオオオオ!!」」
あっけなく終わっちまった……。
ヤッさんは担架に乗せられると医務室へと運ばれ、その後をトッカーが健気について行く。
「いやぁ……随分とまぁ強くなってますねぇ」
「クククッ。まぁ、毎日の様にシゴいてますからねぇ。あの位は当然でしょ」
マークは美羽の成長ぶりに関心してるけど。カズが言った言葉に、会場にいる皆様方は同情しつつも羨ましがってる御様子。
「さてと、こうなれば次のカードは自然とこうなる訳だコノヤロー!」
次に対戦するのは勿論。
俺とテオだ。
会場にいる人達は俺を良く知っていると思うし、テオの事も知る人達がいる。
どっちもカズの友達だってことをな。
「さて、そろそろ行くとしますかね、クロさんや」
<ガウッ!>
勿論、俺が選んだ相棒はバーゲストのクロだ。
ソラかカノンのどっちかにしようかなって悩んだ結果、やっぱ一番付き合いがあるコイツにしようってなった。
通路をクロと一緒に歩き、入り口の前まで来ると。
「東ゲート、テオ選手、入場」
「「ウオオオオオオ!!」」
「西ゲート、憲明選手、入場」
「「ウオオオオオオ!!」」
「んじゃ、いっちょ勝つとしますか」
俺とテオが同時にゲートから出ると、俺達2人はゆっくりと中央を目指した。
俺としてはここで負けるわけにいかねえ。
「負けないよ? あのドラゴンは俺が貰う」
「へへっ、面白え。だけどなテオ、アイツはあのカズが長い時間をかけ、ようやく卵から産まれたんだ。そんな竜、俺だって欲しいんだ、そう簡単に渡してたまるかよ」
「だからこそさ。和也が大切に温め、大切にしていたからこそようやく産まれた存在。カラミティー・ドラゴンは俺のパートナーにする」
「ん? そう言やテオにはパートナーがいないのかよ? 姿が見えねえけど?」
その質問にテオは頷いた。
「その通り。だからこそ欲しいのさ」
「成る程。んじゃパートナー無しで勝負する。クロ、わりいけど下がっててくれ」
<ガウゥ……>
ははっ、悪いな。後で骨付き肉をたらふくやるとするか。
俺はクロを後ろへ下がらせ、テオと正々堂々と戦いに挑むことにした。
「ははははっ! 君は面白い奴だな。それじゃ……」
「あぁ、正々堂々とサシで勝負をしようぜ、テオ」
「そろそろ良いかな2人共? それじゃ、試合始め!」
その瞬間、火花を散らして剣と剣がぶつかり合う。
テオの剣は綺麗な青い持ち手に白い刀身で出来ている。
きっとどっかの名工が鍛えた剣なんだろ。
それに引き換え俺のは至って平凡な剣。って言いてえが、俺が使ってる剣は、あのカズが作った試作品の剣だ。
平凡に見えるけど、その実、恐ろしく良い剣でもある。
そんな俺達の剣がぶつかる度に、火花を散らす。
んん? なんだこれ?
そんな中、俺は不思議な感覚で若干戸惑った。
テオの動きが……、遅い?
不思議なことに、テオの動きが遅く見えていた。
ホント、遅いな……。手を抜いてるのか? ナメやがって!
俺はこの時まだ全然気づかなかった。別にテオは手を抜いてる訳じゃなかったんだ。
「"ファイヤーブレット"」
背後に炎系魔法陣3つを作り、俺はテオに向けて、まるでマシンガンの如く次々と炎の弾丸を撃ち放った。
「なっ?!」
テオは驚きながら炎の弾丸、ファイヤーブレットをなんとか撃ち落とす。
ちなみにファイヤーブレットは出来立てホヤホヤの魔法攻撃。
カズ愛用の"ブローニングM2A1重機関銃"みたいな攻撃魔法があったらなって思って、炎でイメージしてたらなんか出来た魔法なんだ。
それを見てテオが慌てた。
「いきなり魔法陣を3つ同時?! しかもこの威力、普通じゃないぞ!」
うん、俺もまさか魔方陣3つ出きるなんて最初は思わなかった。
「だったら出し惜しみは無しだ! "空牙刃"!」
テオは剣を何度も振るい、そこから風の刃を放ってきた。でも俺はファイヤーブレットで次々とそれを粉砕。
しかも、俺が放つスピードの方が断然早い。
「くっうぅぅ! "空烈刃"!」
次にテオは俺の周囲に風の刃で包囲し、一気に襲ってきた。
「これでどうだ!」
風の刃で俺の姿が隠れるぐらいの土埃が巻き上げられ、俺は炎を纏わせた剣で風の刃を迎撃しながら土埃をおもいっきり斬り払い、そこから脱出した。
「嘘……だろ?!」
どうやらテオは、その攻撃で俺を倒せたと思ってたみたいだ。
それに俺が全ての攻撃を迎撃したから、ほぼ無傷な状態で、それを見て驚愕したのか後ずさった。
そうか……、テオは別に手を抜いてる訳じゃないんだ……。俺が強くなってるんだ。
俺はようやくそれに気づけた。
確実に強くなってる事に自覚した俺は、そこでカズの方へ顔を向けると。
「(クククッ、ようやく気付いたか? この馬鹿が。そうだ、お前は強くなってる。テオが手を抜いてる訳じゃねえ、お前が強くなってるからテオの動きや攻撃が見えてるんだよ)」
成る程な、お前なら気づいてて当然だよな? カズ。
目を合わせると、不思議とカズが何を言いたいのかが理解できて、俺はカズに軽く頷くと再びテオに視線を戻した。
「悪いなテオ。次で決めさせてもらう」
「はははっ、まったく……嫌になるなぁ……。勝てる気がしないのに君ともっと戦いたい想いの方が強いや」
「それはありがたい言葉だぜテオ」
俺達は剣を両手で握りしめ、改めて構えた。
「行くぜテオ!」
「来い!」
「"炎狼斬"!」
俺は次に、剣に炎を纏わせて力強く振るい、そこから炎の狼が地面を燃やしながらテオ目掛けて走る。
炎狼斬は、なんかできそうな気がするってなってその場でイメージしてやってみたら出来ちまった。
もしかして俺、天才だったりするのかな?
「"空鳥撃"!」
テオも剣を振るうと、風の鳥が地面を抉りながらこっちに向かって来る。
お互いの攻撃が衝突し、大きな衝撃波が闘技場内に広がると、土煙が周りに立ち込めて何も見えなくなった。
その土埃が徐々に晴れていくと、その先でテオが気絶して倒れている姿が目に入った。
「勝ったぜぇ? カズ」
歓声が響く中、俺はカズにまた視線を向けて言った。
「当たり前だボケが。クククッ」
歓声で俺達の声は書き消される。それでも、俺の声はカズに届いていたし、カズの声は俺に届いていた。
「勝者! 憲明!」
「「ウオオオオオオ!!」」
いつまでも鳴り響く歓声の中、入り口に戻るとそこに沙耶が腕を組み、壁に寄り掛かって待っていた。
「やるじゃ〜ん」
「ははっ、まあな」
そこにはクロも待っていて、喜び一杯の様子で尻尾を振って飛びつく。
「ははっ、勝ったぞクロ」
〈ワフッ!〉
「次は私か美羽か〜。アンタいつの間にあんな技を覚えてたのよ〜?」
「ん? なんか頭の中で浮かんだからやってみた」
「はあ?」
頭に浮かんだからやってみたんだから仕方ねえだろ。
「アンタのそういうとこ、マジで怖いわ~」
「怖いのは美羽だ……。アイツ、多分俺以上に強くなってるぞ」
顔を曇らせて言うと、それは沙耶も同じ気持ちだったみたいだ。
「正直言って、私ですら美羽のあの速さについて行けない気がする……。ううん、ついて行けない」
「かもな……。なんて言うか……、カズと付き合う事になってから一段と強くなった気がするな」
「うん」
俺達2人は美羽の強さに焦りを感じつつ、当たった時の事を想定し、頭の中で何度も美羽との勝負をイメージトレーニングする。
その頃。マークのおっさんはここで一旦休憩を取ると言い。次の勝負は午後15時30分から始める事にした。
それを伝えられた俺、美羽、沙耶の3人は息抜きに闘技場から出ると、それぞれが思い思いの場所へと足を向ける。
俺は川へ行き。クロやカノン、ソラと共に木陰で横になったり。剣を抜いて素振りをする。
美羽は一度カズの部屋に戻り、そこでステラやアクアと戯れながら庭にいるバウとも遊んだらしい。
沙耶は街にあるカフェでピノと一緒に紅茶を飲み、束の間の休息を楽しんだ。
はい、では今回も引き続きイベントバトルの続きです。
1回戦敗退したのは一樹、玲司、テオの3人。残りは憲明、美羽、沙耶。
果たして、誰が決勝に進むのでしょうか? やはりここは憲明? はたまた和也の彼女になって直接指導されてる美羽? それともここは沙耶なんでしょうか?
ではまた次回!