第78話 モササウルス
夜城邸から大型トラックがやって来ると、弱っていたモササウルスを簡単に捕獲してトラックに乗せ始める。
行き先は勿論、夜城邸、カズの家だ。
全ての作業が終わる頃にはもう夜になっていた。
「お前……、また大臣を脅したんだって?」
帰るや否や、親父さんが苦虫を噛んだみてえな顔で待っていた。
「っとに好き放題してくれやがってこの馬鹿は、ったく……」
「悪いな親父、コイツらがどうしてもあのモササウルスを助けてくれって言うもんでよ」
「いったいどこで世話するつもりだ」
「あ? んなもん俺の部屋にあるプールに入れときゃいいだろ。だが急に海水から真水に移すと拒否反応を引き起こす可能性があるからな。そこは慎重にやんねえと死んじまう」
「っとに……、あのT・レックスだけでも驚きなのに、今度はモササウルスかよお前……」
流石の親父さんですら頭を抱えて呆れている……。
なんか、スンマセン!
カズの部屋にどうにか運ばれたモササウルスはやっぱ元気が無く。暫く何も食べていないからか痩せ細ってるのが俺でも解る。
カズの部屋は広い。兎に角広い。前に、美羽が音楽番組でカズの部屋は二百だか三百坪以上あるって言っていたがよ、普通にそれ以上で軽く千坪以上はある。
今思ったけどなんか……、広くなってるのは気のせいか?
カズの部屋はジャングル状態で、美羽は正確に理解する事が出来なかったからなのか、三百坪以上はあると思ってそう伝えてしまったんだろ。
ちなみにカズの部屋には巨大なプールが存在している。縦50メートル、幅25メートル、深さ12メートル。
そのプールは骸が泳ぐ為にわざわざ作ったんだと。
そして階段を降りるとそのプールは巨大な水槽へと様変わりする。
でも、作ったのは良いが滅多に骸が泳ぐ事が無いらしい……。
「よし、取り敢えずこのプールを海水にするか」
先に組員の人達が至る所から掻き集めてきた海水の素ってやつをありったけプールに入れる。
そしてカズの周りに闇の衣が出て来ると、カズは何故か短パンの水着姿になってプールの中へと飛び込んだ。
おいおい、何すんだアイツ?
カズが静かにプールの底へ沈むと、今度は"変換"の力を解放して、海水の素とカズの力によってプールの中が海水へと変わる。
その頃、モササウルスの周りに多くの組員の人達が集まり、何時でもプールの中へ入れられる準備を整えていた。
その中には親父さんと先生、犬神さんや御堂さんの姿もある。
「また大胆な事をしちゃってもう……」
「ははははは! 若らしいじゃありませんか!」
先生も親父さんの様に頭を抱えると、御堂さんはカズらしいと言って大笑いしている。
「笑い事じゃ無いわよもう……」
「すんません、俺達がカズに無理を言ったからこんな事に……」
そこで俺は自分達のせいで迷惑をかけて申し訳なくなり、先生達に誤った。
「全くもう……」
「だがアイツらしいじゃないか。助けられるなら助けたいって気持ちは俺にもよく分かるからな、これ以上は何も言うことは無い」
親父さんは最初、何してんだと呆れていたけど、今じゃカズの味方に回ったみたいだ。
それから暫く話しているとプールからカズが顔を出し、海水の塩分濃度とかを調べてから入れても大丈夫そうだと判断して、モササウルスを入れろと合図を送る。
そしてモササウルスはなんとか無事にプールへと放たれた。
そこでカズは再びプールに潜り、元気の無いモササウルスに近づいていく。
「ちょっと待てよ! モササウルスって獰猛で危険なんじゃねえのかよ?!」
流石に危ないと思った俺はそう叫んだけど、もうカズの耳に俺の声が届いてない。
俺達は慌てて横にある階段を走って降りて行くと、ガラスの向こう側でカズとモササウルスが向かい合っていた。
するとカズは何か力を解放し、モササウルスの体が赤黒い魔力に包み込まれ、徐々に欠損していた左前ヒレが再生を始める。
そうか、"変換"か"創造"の力で傷を治してるのか。
俺達は水槽の前でその光景を見守る事しか出来ない。
ヒレが再生し、体の傷が消えると、モササウルスがカズにとても弱々しい目で何かを訴えかけている。
カズは頷き、右手を鼻先に置いて優しく撫でた。
<クオッオオォォォォン>
まるでクジラみたいな鳴き声で鳴くと、モササウルスは少しだけ元気が出たのかプール内を泳ぎ始め、それを見ていた俺達はよかったって、安心することが出来た。
カズがプールから出ようと上へ上がるのを見た俺達は、今度は階段を駆け上がり、カズの元へ急いだ。
「カズ!」
側に行くと、カズはプール岸に座って泳いでいるモササウルスを上から眺めていた。
「これであのモササウルスは元気になれるんだよな? ありがとなカズ!」
俺はお礼の言葉を口にするけど、カズはどこか浮かない顔をしていた。
「どうしたんだよ?」
「俺は言ったよな? 覚悟しておけよって」
「ん? あぁ、覚えてる。それがどうしたんだ?」
カズから漂う不穏な空気に気づき、俺達は明るい顔から徐々に曇った顔になると、カズの口から聞きたくなかった言葉が出た。
「もって3日だ」
「……え?」
何を言っているのかさっぱり分からない。いや、分かりたく無かった。
曇り始めた顔から今度は涙が溢れ、悔しくなった。
助けられると思ったのに、結局は助けられないのか?
「助けてくれるじゃなかったのかよ?!」
俺は思わずそう叫んだ。
「あのモササウルスは寿命が来ていたんだ」
「お前……、それを分かってたのか?」
「俺が気付かない訳がねえだろ。だが最後のアイツの目が言ってたぞ、また泳げるってな。それはお前らが助けてくれと言うから俺はコイツを引き取り、ヒレを再生させたからまた泳ぐ事が出来るんだ。本当ならもっと広い海で泳がせてやりてえんだが、体力がねえから直ぐにでもサメに襲われて子供諸共死んでいただろう。だがどれだけ悲しくてもそれが命だ。自然だ。コイツは自然の中で死ぬ事が出来ねえが、自然の摂理で安らかに眠る事が出来る」
「摂理……か。そう言われると俺達には何も出来ねえよな……。せめてこのプールの中、穏やかに眠れるのが幸せなのかよ……クソッ」
でも俺はあることに引っ掛かっていた。
それはカズが言った自然の摂理って言葉だ。自然の中でってことは、それは海で死ぬことが自然の摂理ってことだろ? ならどうして自然の摂理で安らかに眠れるって言える? モササウルスはプールの中で死ぬんだ、プールの中なら自然じゃねえからおかしいよな?
俺はカズの矛盾した言葉に疑問を感じつつ、プールの上から泳いでいるモササウルスを眺めた。
もう時期、このモササウルスの寿命が尽きる。
それを知って、余計悲しみが膨れ上がって来る。
「3日だ。この母親の命が尽きた瞬間に腹の中にいる子供を助けるぞ」
その言葉に俺達は目を大きく見開いて視線をカズに向けた。
「子供は何がなんでも助けてやる。だからもう一つ覚悟しておけよお前ら。その子供はこっちの世界で産まれてくる命なんだ、向こうの生態系とは違うからテイムする事が出来ねえ。だからテイム出来る様にあえて魔結晶を餌に混ぜて与え、魔力を与える。その後は俺の力でその子供にとある能力を与えてやるつもりだ。俺自身モササウルスをテイムしたいところだが、その後はお前らの誰かにテイムしてもらうぞ? そしてちゃんと面倒をみてやれ」
子供は助かる、それだけでもめちゃくちゃ嬉しかった。
「ちなみに餌代はちゃんと自分で出せよ? 子供のうちはまだ可愛いが、これだけデカくなると相当な金額になるからな?」
そう言われると嬉しい反面、どうしようかと悩む……。
確かにゴジュラスに餌を与えている時には大量の肉が用意されているし、それを考えると1ヶ月にどれだけの食費になるのか、考えるだけでも恐ろしい……。
それでも我先に手を挙げる奴が1人いた。
「私がテイムする!」
美羽だ。
「ほら、私は歌手だし? それなりにお金は沢山あるからさ」
確かにその通りだ。美羽は世界の歌姫と呼ばれていて、俺達と同じ歳だって言うのに、かなりの金額を持っている。
「決まりだな。んじゃ子供は任せたぞ美羽」
「うん!」
美羽はカズに任されるのが余程嬉しいのか、物凄く良い笑顔を浮かべる。
「でもよカズ。その……帝国の件もあるだろ? そんな暇があるのか?」
一樹が言った言葉に、カズからピリッとした空気が一気に流れてくる。
でも確かに帝国の事が心配だからその子供を助けてやれる時間はあるのか気になる。
「今のところは心配無い。あのクソッタレのクソ帝国が動くとしたら半月後ってところだ。それに帝国内には自衛隊が極秘潜入しているから向こうの情報はこっちにダダ漏れ状態。動き出したと聞いてもまだ余裕がある」
「そ、そうか、それなら良いんだ……、それなら……」
カズの顔がめちゃくちゃ恐ろしい形相に変わったから、俺達全員、カズがめちゃくちゃ怖かった……。でも。
「カズ……、落ち着いて。ね? 帝国に対してカズだけが怒ってる訳じゃないんだからさ」
美羽がカズの後ろからそっと抱きつき、殺気立っていたカズをどうにか落ち着かせてくれた。
俺としてはカズの気持ちはよく分かるぜ……。
俺達だってあの帝国が許せねえからよ。
「……すまん」
「皆んなで帝国を倒そ。特にあのジュニアだかジュリアかなんだか知らないけど、あの腐れ外道は絶対に」
ジュニスだ美羽。
でも美羽のその顔は悲しみと怒りが入り混じった表情であり、歯を剥き出しにしていた。
……それから3日後。
モササウルスは最後に、ガラス越しのカズに何かを訴えかけている表情で見つめると、静かな眠りについた……。
モササウルスはゆっくりと、永遠の眠りにつきました。
しかし、その子供はどうにか助けると話す和也に、美羽は自分が育てると立候補します。
さて、今後その子供はどの様に成長するのでしょうか。
皆さんはどの様に育って欲しいですか?
今後はその子供の成長も楽しみにしながらお楽しみ下さい✨