第74話 何事も安全第一
夜城邸にまた新たなお客がゲートを潜り、バウがくつろぐ庭へとやって来ていたことをこの時の俺達は知らなかった。
「久しぶりに来たぜ!」
それはマークのおっさんだ、他にヒャッハーなモヒカン頭で世紀末に出てきそうなお兄さん達まで来ていたらしい。
「よっしゃ! いっちょやったるぞテメェら!」
「「おう!」」
それぞれに分かれて班を作り、何やら設計図を眺めて組員の人達と話し合った後。
「オメーら! ちゃんと装備を整えたか?!」
「「おう!」」
「んじゃ確認しろ!」
「「ヘルメットよし! 道具よし! 服装よし!」」
「おっしゃおっ始めるぞ!」
「「おう!」」
安全第一と書かれた黄色いヘルメットを被り。まるで土建屋みたいな服装になって作業を始める。
まず防音シートで作業をする場所を取り囲む事から始め。それから土を掘る為にスコップやツルハシを手に持って中へと入る。
「ヒャッハー! "アースブレイク"!」
「ヒャッハー! "トルネードクラッシュ"!」
「ヒャッハー! "マッドデンジャー"!」
「ヒーハー! "ツルハシの舞"!」
この時の俺達は、マークのおっさん達が中で何をしていたのか全く分かんねえ、分かんねえけど何やら頑張ってたみたいだ。
「おい! そこ! ちゃんと腰を入れねえか!」
「すいやせんお頭!」
「ここはこうすんだよ見とけ! "ブレイクダンス"!」
「すげえや! さすがお頭だぜ!」
「スッゲーー!」
「カックイーーぜ!」
マジで中で何をしてたのか本当に知らねえよ。
俺はただ、マークのおっさん達が何かをしていたって事ぐらいしか聞いてねえから。
「水! こっちに水をくれ!」
「ヒャッハー! "ウォーターボム"!」
「水が気持ちいいぜ!」
「おっしゃテメェ等! 期限が迫ってるからさっさと終わらせちまうぞコノヤロー!」
「「おう!!」」
一方、外の事を知らない俺達は皆で集まり、カズが煎れてくれたコーヒーを飲んでいると、ゴツい組員の人と一緒にルカちゃんがやって来た。
「あ! ルカちゃんだ〜!」
「こんにちは。その声は……沙耶さん、でしたっけ?」
ルカちゃんは声と雰囲気でそれが沙耶だと気づいた。でも本人は名前が合ってるかどうか不安で首をかしげる。
「そう! 私は沙耶だよ!」
「よかった、合ってて」
「ん〜〜もう可愛い〜〜!」
そう言って沙耶は飛びついて抱きしめようとしたその時、骸が現れた。
<グルアッ>
「えっ……と?」
目が見えないルカちゃんは、骸がどんなモンスターなのか全く解っていない。
解ってるとしたらニアが話していたことぐれえだろ。
「アナタは?」
だからルカちゃんの前にいるのが骸だってことを知らない。
「ルカ、そいつが骸だ。骸、その娘が話していたルカだ、宜しく頼む」
カズが両方にそう教えると、ルカちゃんはパアッと明るい顔になって、「はじめまして、ルカです」って挨拶した。
<グルッ>
骸は会うのが初めてってこともあるけど、やっぱりどこかニアちゃんに似ているからかルカちゃんを見て、優しげな目をしてる。
「あの、触っても、いいですか?」
<……グルゥ>
骸がその場に伏せるから、俺はルカちゃんの手を取って骸の頭にその小さな手を置いた。
「冷たい……」
ルカちゃんは骸の顔を触ってる間、骸はただおとなしくしていた。
「お姉ちゃんから聞いてたより、とても優しそうな顔。大きな牙がとても強そう」
や、優しそう、か?
<……グルゥ>
「アナタの事をお姉ちゃんが言ってました。カズヤお兄ちゃんが頼りにしている存在で、お兄ちゃんがいない時はいつも守ってくれてたって。強くてカッコいい、優しいモンスターさんだって」
<……>
「私もそう思います。アナタからはとても優しい気持ちが伝わってくるから」
そっか、目が見えていないからこそ、そういったことにルカちゃんは敏感なのか。
「それにここ、色んなお花のいい匂いがする。きっとここにもお姉ちゃん……、来てたんだろうな」
カズの部屋にはいろんな花とかが季節によって咲いているし、その香りだけでも心がなんだか安らぐ感じがするのは確かだ。
だからニアちゃんがここにいた時、きっと色んな花の香りを楽しんでたんじゃねえかと思った。
そしてそこにはカズと骸。
ニアちゃんにとって、それだけで十分幸せな時間だった筈だ。
だからこそ、俺達はカズやルカちゃんからニアちゃんを奪った帝国が許せないでいた。
冒険者やハンターの仕事が命懸けだってことは頭で解ってていも、どれだけ納得しようとしても、やっぱり許せねえもんは許せねえ。
だってよ……、モンスターと戦って命を落としたって言うなら、まだなんとか、それは分かるさ。でもニアちゃん達はそうじゃなく、帝国のせいで死んだんだ。
だからこそ、親父さんが言ってた言葉の意味を理解することが出来た。
カズは普段通りにしてるけど、心の中は俺達が想像してるより、きっととんでもない怒りをなんとか抑えてたんだと思う。
だから俺は思ったんだ。
カズは寄せ付けねえかもしんねえ……、けど俺としては、お前の力でカズの心の穴をなんとか埋めてやれねえかな……、美羽。
「ルカ、ここには他にアリスもいる。おいアリス、ちょっと来てくれるか?」
カズが呼ぶと、すぐ近くの植物の中からガサガサと音をたててアリスが顔を出した。
<クルルッ>
「ルカ、アリスが来たぞ」
アリスはゆっくりとルカちゃんに近づくと匂いを嗅ぎ、鼻先を頬に軽く擦する。
「あっ、こんにちはアリス」
<クルアッ>
「触っても良い?」
<クルアッ>
今度はカズが後ろからルカちゃんの手を持ち、下からアリスの顔を優しく触らせる。
「ふわ〜、これがアリスの顔?」
「そうだよ」
ルカちゃんが自分を見えていない事に気づいたのか、アリスはその場に座り込み、頭をルカちゃんへともっと近づかせて触らせる。
「あったかい。それに、なんだかとても優しい雰囲気を感じる」
「そうか、それは良かったな」
「うん。ありがとうアリス、これでアナタがどんな顔をしているのか想像する事が出来ます」
微笑みながらアリスに伝えると、アリスはルカちゃんの顔を軽く舐めて、また植物が生い茂るジャングルへと戻っていった。
「今アリスは妊娠をしているんだ」
「にんしん?」
「お腹の中に赤ちゃんがいるのさ」
「え? それじゃアリスはお母さんになるの?」
「そう、お母さんになるんだ」
「楽しみだね、お兄ちゃん」
いや、まだちゃんと妊娠してるかどうか解ってねえだろ……。
でもカズは成功したと確信してるって顔だ。
……成る程、ハイブリッドに成功しちまったんだな。
カズは30分以内と短い時間の中で、あらゆる動物の遺伝子を"創造"と"変換"の力で組み込んでからアリスの中へと入れた。
遺伝子は元々、カズがモンスターのハイブリッドを作る為に、前もって準備をしたいたらしい。
それがどんな生き物の遺伝子なのか、この時の俺達はまだ知らない。
それでもカズはその一部を教えてくれた。
ティラノサウルス・レックスのゴジュラスと、ヴェロキラプトルのアリスは勿論。他に、"ホタルイカ"、"カエル"、カメレオン"。その他にまだまだあると言って、それは生まれてきてから教えると言って誰にも話していない。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「私もお兄ちゃんみたいにテイム出来るかなぁ?」
「出来るさ。だがその前に目を治すとしような」
「うん!」
カズはルカちゃんをソファに座らせると、右手をルカちゃんの顔に当てる。するとカズの右手が光、光はルカちゃんを優しく包み込んでいく。
「ルカちゃんは目が見える様になったら、まず初めに何を見たい?」
美羽が尋ねるとルカちゃんは迷う事なく答えた。
「お兄ちゃん!」
その言葉に皆は微笑んだ。
「だってさ、お兄ちゃ〜ん」
沙耶がからかうと、カズはテレた顔で沙耶を軽く睨む。
「うわ〜、お兄ちゃんが私を睨んでくる〜」
「て、テメッ?!」
「お兄ちゃん、あんまり沙耶さんイジメたらダメ」
「うっ! ぐっ……、後で覚えてろよ沙耶」
あのカズがルカちゃんにたじろいでいやがる。けどその目は沙耶に対して軽く怒っていた。
「え〜? 面倒臭いから覚えてないかも〜」
「このやろぉぉ……」
「そうだ! 沙耶! 例の計画を実行しに行かなきゃ!」
ん? 例の計画?
そこで美羽が助け舟を出すと、沙耶は何かを思い出したのかBを見る。
「……へ?」
Bは何のことなのか解っていない。
美羽はBの手を取ると、沙耶と一緒に楽しそうな笑顔を浮かべ「行ってきます!」と言って出掛けて行った。
カズとルカちゃんはいったい何があったんだと言いたげな顔をしてる中、俺達は前に美羽達が話していたことを思い出した。
Bのお洒落計画、始動か。
夜城邸にやって来たマーク達は、いったい何を始めたのでしょう。
とにかく、威勢よく何かを始めたマーク達を余所に、ルカと骸は初対面を果たします。
「弱肉強食」はどの世界も一緒だとは言え、和也の心中は怒りと憎しみで未だ煮えたぎっている状態。
果たして憲明達は、そんな和也を暴走させずに済むのでしょうか。
次回も宜しくお願いします!!