第71話 エタリスカウルス
俺がクロ達を撫でていると。その目の前に、見た事も無い小さなトカゲの群れが現れた。
「……ん? なあカズ、お前……こんなトカゲ飼ってたか?」
「あ?」
そのトカゲの群れを指で差すと。
「あぁコイツらか、前からいるぞ?」
「全然気づかなかった……」
「放し飼いにしてるからな。そいつらは"ムスジカラカネトカゲ"って名前のトカゲだ」
そのトカゲはニホントカゲの幼体にとても似ているトカゲで、尻尾が青く美しい色をしている。
「飼育するなら60センチの飼育ケージがあれば問題無い。生息域はスペインのカナリア諸島に生息していて20センチぐらいにはなるが、1匹で飼育するより群れで飼育した方が俺は良いと思うから放し飼いにしている。餌は昆虫の他に果物も食べるぞ。紫外線は弱めのを付けてやると良い」
「そ、そうか……」
確かに綺麗だと思うけどよ。
そんなトカゲ達がチョロチョロと歩いていると、目の前に小さな虫がいたのでそれを食べた。
虫がいるのは流石に知ってる。
カズの部屋は深さ10メートルまで土を掘り。コンクリート等で下や周りに壁を作ると、外からモグラや虫が侵入出来ない様にしている。そこに綺麗な土を敷き詰めてヒスイカズラや色々な植物を部屋に植え、土を綺麗にする為にわざとミミズや無害な虫等をあえて投入してるんだと。
正直、そこまでやるか普通って言いてえけど、言ったらまたボコられると思うと……。
んで、ムスジカラカネトカゲ等の小さいトカゲ数種類を放し飼いにし、そう言った虫を食べているらしい。
人が歩く為にレンガで道を作っているが、その周りには虫達が嫌がって近寄りもしない植物を植えているから、足元は安心して暗い部屋の中でも歩けるってわけだ。
まぁそんな道には足下を照らすライトが設置されてるけどよ。
カズは自分の部屋にジャングルを作っただけでなく、ある意味完成された人口の生態系を作っていた。
そんな部屋とは全然知らなかった俺達は完全に呆れ果てた顔をするしかない。
「ちなみにイリスは勿論、他のオオトカゲ達はそいつらを襲ったりしないから俺も安心して見ていられる」
そんな問題じゃねえよ。
「俺が知ってるのはイリスとかそこにいる緑色のオオトカゲと緑色のヘビしか知らねぇ……」
「コバルトツリーモニターのイリスは自由にしてあるからな。あとお前が言ってんのはエメラルドツリーモニターとグリーンパイソンだろ? 他に緑色の蛇ってのはカーコンドロパイソンだろうな。その他にこの空間にはムスジカラカネトカゲ、アカメカブトトカゲ、トビトカゲ、カイマントカゲっている」
「何時からだ……」
「あ? だいぶ前からいたぞ? 逆になんで今の今まで気づかなかったんだ?」
そう言われると、どれだけ周りを観察していなかったんだろうってなる……。
「ちなみに今度"ペレンティーモニター"ってオオトカゲが我が家に来る予定だ」
「まだ飼うのかよ……」
「俺が何を飼って飼育しようが関係ねえだろ」
ごもっともです、はい。
この部屋の主人はカズなんだから別に俺だけでなく、美羽達にも関係が無いのは事実。
それでもカズの部屋に来るのはなんだかんだ言って来たいから来るからだ。
だから文句を言う資格はねえよな。
「ちなみにその他に、"アメリカドクトカゲ"も来る。コイツは飼育の許可を申請しても飼う事が出来なくなった奴なんだがよ。以前、政府に貸しがあるからそれを一つ返せって言ったら許可出してくれたぜ」
そう言って悪代官の様な顔と悪い笑い方をする。
コイツに貸しを作った政府が可哀想だ……。
政府が可哀想でならない。いったいどんな貸しを作ってそうなった事やらと、俺がまた呆れた顔をすると。
「とある馬鹿な官僚が全国ニュースで批判される様な事をしたからそれをなんとかもみ消してやったんだよ。っとに……、なんで俺達がそんな事までしなきゃなんねえんだか」
「どんな事だよ?」
「……未成年と知ってて援交してた」
それを聞いてなんて馬鹿な事をしてカズにそんなデカい借りを作ったんだと呆れた。
「お前……、どう解決したんだ?」
「……今は俺の女の1人になってる」
俺達の頭に雷が落ちた様な衝撃が走った。
もしかしたらコイツはそのトカゲが欲しくて裏で糸を引いていたんじゃないかと疑いたくなる。
でもいくらなんでもカズはそんな事はしないと冷静になって考えてみた。
つまり、それが発覚した後、カズはその女の子と直接会ってから自分に惚れさせて口封じさせているのではないかとも考えられる。
そしてその子には大金も渡しているんだろうな。
いや……、その他に何かをしたに違いない。
「"変換"の力で記憶を改善させてもらった」
さらりとエゲツない事を言って、凶悪な笑みを見せる。
成る程、それならその話は明るみに出ないな……。
「お前……、またそんな酷い事をしやがって……」
「だがそうした方が後々面倒が無くて良いだろうが、その事で何度も何度も金をたかられたんじゃこっちだって嫌になる。だったら記憶を操作して俺の女の1人にしといて、援交とかしていた記憶を消してやったほうがよっぽど良いだろ。それともそんな黒歴史を背負ったまま生きた方が良いって言うのか?」
「うっ……いや……」
確かにそんな記憶が無いに越した事はないと思い何も言えない。
「まあその馬鹿な官僚からはタップリと金も頂いたがな」
悪い奴だ。その顔は本当に絵に描いたような悪い笑顔を浮かべ、俺達もいつの間にか悪い顔で笑っていた。
どれだけ悪い笑顔を浮かべていても、カズは本当は優しい奴だと知っているからこそ笑えるんだ。
「ちなみに幾ら貰ったんだよ?」
「1千万だ。まっ俺にしてみれば端金だからな、全部寄付してやった」
「はははははは! 流石カズ!」
「褒めても何も出ねえぞテメー、クックックッ」
そう言いながらカズは手作りチョコチップクッキーを何枚も乗せた皿を俺に出す。出された皿を俺は左手で受け取ると、一枚のチョコチップクッキーをひと口かじった。
「!!」
こ、これは!!
その瞬間、俺の脳内世界が甘いチョコレートの世界と広がって行く。
ほどよい甘さのクッキーの中に、ほんのりと苦味のあるチョコレートがとても良い。それになんだこの酸味は?
かじったチョコチップクッキーを見ると、何か黄色い粒が入っている。
もうひと口と言わずに、迷わず持っているチョコチップクッキーを口の中に入れた途端、俺はその正体に気づくと脳内世界が更にチョコチップクッキーに染まる。
これはオレンジか! 成る程、チョコと絶妙なバランスで混ぜられていて美味い!!
それに中心には苦味の無い甘いチョコが入っている。
一枚のクッキーを少しずつ食べる事で色々と楽しめて面白い!
だがなんだろうこの爽やかな感覚……。
はっ!! まさかミントか?! ミントもブレンドされているのか?!
脳内世界にとても可愛い女神がオレンジを持って降臨すると、そこへ爽やかなイケメンが現れ互いに手を取り合った。
『私達、結婚します』
『僕達、結婚します』
そして2人の間に褐色の肌をしたとても可愛い子供が産まれ、手にはほろ苦いチョコと甘いチョコを両手で持って微笑んでいる。
オレンジクッキーがミントと出会い、そしてそこに2人の甘くて可愛いチョコが顔を覗かせる。
これはまさに幸せな結婚だ!!
俺の脳内世界は幸せな金の音が鳴り響き続けた。
2人の出会いに祝福を。そして2人の子供に幸あれ……。
「そ、そんなに美味しいの?」
ふっ、俺の幸せそうな顔を見て美羽が尋ねてくるが俺は反応せず、とにかくその幸せに浸っていたかった。
そこで美羽達は俺が持つ皿から1枚ずつとって食べると。
「なっ?!」
どうやら美羽達の脳内世界にも、あの女神やイケメンが現れたのか動かなくなる。
「俺はなんて幸せなんだ……」
さっきより少し我に戻ると、自然と涙を流していた事に気づいた。
「それにしても……、マジで美味い……」
「クククッ、そいつぁ良かった」
そこでカズのスマホが鳴った。
「はい、どうした?」
電話のようだ。
「美羽、下へ行くぞ」
「え? え?」
幸せな脳内世界から強制的に戻された美羽は、カズに呼ばれて下へと行く事になった。
下、つまりそこは異世界に繋がるゲートと呼ばれる門がある場所だ。
カズが美羽を連れて行くので、俺達も一緒に行く事にした。
ゲートが存在する空間はとても広く。自衛隊のジープが数台止まり、多くの自衛隊や組員の人達が忙しそうに色々と作業をしている。中には様々な国から集められたと思う科学者数人の姿もあった。
俺達がそこに繋がるエレベーターに乗ってやって来ると、ちょうど目の前に巨大なモンスターが組員や自衛隊に連れられ、ゲートを潜ってやって来ていた。
「あっ! バウ!!」
モンスターは美羽がテイムしたオオサンショウウオのバウ。
その姿を見て、美羽は笑顔で走るとバウに抱きついた。
「やっと解放されたんだねバウ!」
<キュオオオゥ>
バウも嬉しそうな目で美羽を見つめていやがる。
「少し宜しいでしょうか?」
そこに白衣を着た男性がカズに話しかけると、バウについて報告を始めた。
「見た目通り、このモンスターは日本固有のオオサンショウウオで間違い無いでしょう。遺伝子配列が解った訳では無いのですが、日本固有のオオサンショウウオと特徴が似ています。なんらかの理由で向こうへと渡り、魔結晶を取り込んでここまで大きく成長したのだと思われます」
カズの予想通り、バウはオオサンショウウオからモンスター化したのか。
「視力なんですが本来オオサンショウウオは視力は弱いです。ですがこちらのバウは我々人間と同じくらいの視力があるようです。そして体を覆う苔に生えているキノコですが、こちらはとても珍しい"ゲンヨウタケ"と呼ばれる、向こうでも大変珍しいキノコだと判明しました」
「分かった。んじゃコイツに生物学的な種族名を付けれねえのか?」
「いえ、最早普通のオオサンショウウオではありませんので、新たに付けても問題は無いかと」
「ふ〜ん、分かった」
そこでカズは美羽を呼び、種族名をどうするのかと聞いた。
「うぅぅぅん、サンショウオって英語だとどんな風に言うの?」
「サラマンダーだ」
「サラマンダーかぁ……。どんな風にしよう?」
いきなりそう言われてもやっぱ悩むよな。
俺なんて全然思い浮かばねえもん。
美羽は悩むだけ悩み、結局カズに任せる事にした。
「カズ決めて」
「はぁ?」
そこでカズはバウの顔をジッと見つめて動かなくなり、バウに似合う種族名を考え始めた。
カズは動植物の事になると兎に角うるさい、それに博識だ。だから美羽自身が考えるよりも、カズに任せた方が安心出来ると思ったんだろ。
「オオサンショウウオってのは太古の時代から姿形を殆ど変えていない種だしなぁ」
「え? それってワニとかと一緒って事?」
「その通りだ。悠久の時の中、姿形を殆ど変えずに生き残った言わば生きた化石。だがバウは向こうの世界で生き残る為にここまで成長し、何時の間にか自分の敵になり得るモンスターですら捕食するまでになった。コイツが生活していた場所ではきっと主として暮らしていたんだろうな」
どんだけの時間をかければここまで成長出来るんだよ。
絶対に10年や20年なんかじゃねえぞ。
でも俺は、きっとたった1人で生きる為に頑張ったからここまでデカくなったんだろうと思う。
そんなバウが今まで一人ぼっちだったんだなと考えると、なんだか寂しい思いで耐えられない思いになって来て悲しくなっちまった。
それは俺だけじゃないみたいで、美羽もそう感じたに違いない。
「これからは私達がいるから、だからもう寂しい事は無いからね?」
<キュオオオゥ>
「……悠久、ラテン語でエターリンタースだっけかな……」
カズはカズでスマホを取り出して何やら調べ始める。
そして。
「"エタリスカウルス"。これでどうだ? エタリスは悠久をラテン語でエターリンタースから持って来た。カウルスは古代生物の"ディプロカウルス"のカウルスから取っただけなんだが」
「エタリスカウルス……、なんか良い!」
確かに、それっぽくて俺も良いと思う。
美羽はその種族名を気に入り、話しを聴いていた俺達や白衣を着た人も良いと思ったのかうなづいていた。
「ほう、それはまた面白い種族名ですな和也様」
すると聞き覚えのある声がするからそっちを見ると、ゲートからネイガル商会のネイガルさんが現れ、その後ろには傷だらけの冒険者やハンター達が何か大きな檻を運んでやって来た。
「ようネイガル、どうしたんだ?」
「和也様に是非見て頂きたいものが届きましたので、早速連れて参りました」
そう言ってネイガルさんは不敵な笑みを見せると、頭を深々と下げる。
後ろの檻の中からなんか聞き覚えのある鳴き声が聞こえるし、中で暴れている。
それにもう一つの檻はかなりデカいし、鳴き声もデカかくてうっせえし、何かがかなり暴れていた。
新たな種族名として、"エタリスカエルス"と付けられたバウ。果たして、これからバウはどう活躍してくれるのでしょうか?
そして、ネイガルが連れてきた生物はいったい?
次回も宜しくお願いします!!