第70話 蛹
……その後。
カズの嫌な予感は的中する事になる。
チーム名はそんなに時間を掛けずにすんなりと決まり。そのチーム名を登録する為に、俺達は異世界に行って冒険者ギルドへと向かうことにした。
でもカズはなんだか眠そうな目をしている。
理由は徹夜仕事をさせたからだ……。
俺達は早速黒スーツを着ると、背中には青い彼岸花の刺繍が施されていた。
ちなみにルプトラ・マンティスを何に使ったのかと言うと。美羽に頼まれ、カズは黒スーツにルプトラ・マンティスの甲殻を"変換"と"創造"を駆使して強化。
その分、防御力は格段にアップし、ルプトラ・マンティスの甲殻と合成させたからなのか、とても身軽に感じられた。
それにカズは魔鉱石も使ってくれてた事で、普通のルプトラ・マンティスだけの防御効果以上になっている。
いったい売ったら幾らの値段が付くのだろうと思いつつも、俺達は心の底から喜んで、感謝した。
背中の花の刺繍は、満場一致で青い彼岸花を入れる事になり、それもカズが必要な物を揃えると、"変換"の力で入れた。
それを一晩でやってのけたカズは流石に眠いらしく。完成した後にはベッドに潜って寝ようとしていたところ、俺達はその夜、夜城邸に泊まることにしていたから朝早くから無理矢理起こしちまって、冒険者ギルドに向かうことにしちまったんだ……。
「……寝みぃ」
……マジですまん。
ギルドに到着すると、受付にいた女性に美羽が声をかけ。俺達はカズをリーダーにしたチームを結成する為の書類に、自分達の名前を記入する。
和也、憲明、美羽、沙耶、一樹、玲司。
そしてそこには他にも名前を記入した奴らがいる。
刹那、七海。
更にまさかのBと骸もだ。
Bは普段通り黒い軍服姿のまま記入欄にBと書き、骸は書けないから代わりに美羽が書く。
そして、そんな俺達のチーム名は。
「はい、ではこれで手続きは完了です。改めまして"夜空"の皆さん。これからの御活躍を期待しております」
"夜空"
それが俺達のチーム名。
どうして"夜空"なのかって言うと。美羽はカズを夜に例えていた事もあり、この世界でもっとも感動したのが初めて見る美しい夜空だったからなんだと。
その時の感動と同時に、その日の晩に起きた悲劇を決して忘れない為ってこともある。
俺はてっきり、カズと美羽の名字に共通している部分があるから、そっから出てきたんだと思ったんだけどな。
カズの"夜城"の夜。美羽の"夜明"の夜。
偶然にも、この2人には夜を連想させる漢字があるからよ。
「そう言えばチームを作るのにギルドカードを提示してねえけど、良かったのか?」
その事が気になり、俺はカズに質問した。
「んなもんリーダーとなる奴がギルド等から信頼されてりゃリーダー以外は出さないで済む」
「あっ、んじゃお前は信頼されてるんだ」
「どう言う意味だゴルァ?」
しまった!
「いや、別に変な意味で言った訳じゃ……ちょっ、あっ、カズ? 和也さん? ちょっ! やめ! アアアァァァァァァァァッ!!」
「あ?」
化け物じみた握力で俺の顔を鷲掴みし。死なない程度に握り締められた。
マジで危ないからやめてくれ! って言いてえけど、怖いから言えねえんだよな……。
そして俺は白目を剥き、気がついたら気絶していた……。
美羽の話しによるとその時、周りの冒険者達やハンター達が口々に「見たら巻き込まれる」と言って目を逸らしていたそうだ。
そんな冷たいこと言わねえで助けてくれてもよくね?
って思う。
そうこうしてると俺は気がつき、ちょうど良いタイミングで夜城組組員の人が1人走って入って来た。
組員の人がカズを見つけると、と言うより、どうやら今回は美羽に要件があるようで美羽に駆け寄った。
「若すいません! 美羽ちゃん! ちょっと良いか!」
美羽は腕を組み。偉そうに立って何故か男らしい顔になると低い声で「要件!」と言う。
……なにしたいのお前?
組員の人もどうツッコんで良いのか分からず固まってんじゃねえか。
「……え? 何してんのお前?」
カズが呆れた顔で言うと、美羽は美羽で「一度言ってみたかったの」と言って苦笑いだ。
いや、意味が解りません。
「ゴメンなさい……。それで要件は何ですか?」
聞くと、カズの部屋に置いて来たギルの様子がおかしいって事だった。
何故それが分かったのかと言うと、カズの部屋にはクロやカノン、ソラとかモンスター達がいる。その為、何かあった時の為にと、カズの部屋を定期的に見回りをしていた組員の人が様子のおかしいギルを発見し、大至急報告する為に走って来てくれたそうだ。
知らせを受けて部屋に戻ると。茶色い色になり、水色のちょっとした模様があるギルが、カズが大切に育てているでかい"ヒスイカズラ"と言う蔓性植物に登り、固まって動かないでいた。
カズの部屋にあるヒスイカズラは高さ4メートルの高さに調整して育てられている物や、高さ7メートルにもなる物もある。
ちなみにヒスイカズラは絶滅危惧種に指定されているらしいが、きちんとしたルートでなら、機会があれば入手できるらしい。
ギルはその中でも高さ7メートルのヒスイカズラの太い蔓の、高さ3メートルの所にいた。
そしてそのヒスイカズラが育てられている場所には、大きな滝まで存在している。もう本当にジャングルだ。
「ギル? どうしたの?」
美羽が呼んでも反応がイマイチだ。
そこでカズがギルの状態を見ると。
「あぁ、成る程、そう言うことか」
「どう言うこと? ギルは大丈夫なの?」
美羽はギルの体の色がおかしい事に心配になっている。
でもカズは冷静な顔で微笑んでいた。
微笑んでいるカズのそんな顔を見ていて、美羽だけじゃなく、俺達の脳裏にある事が思い浮かんでくる。
たぶんギルは……。
「え? もしかして……」
「やっと気づいたか?」
気づいた美羽の顔が徐々に紅葉していく。それを見たカズは美羽の頭に左手をポンと置いた。
「ふっ、ふふふ、ふふっ……ヤッター!」
美羽は大きな声を出して喜んだ。
ギルが蛹になったんだ。
「やった! やったよ! ついに蛹になったよ!」
美羽は満面の笑みで何度も飛び跳ねて喜ぶ。
するとそこへ、親父さんと先生、犬神さんや御堂さんも何があったんだと言ってやって来た。
事情をカズが説明すると。親父さん達も微笑んで喜んだ。
「ついにギルが蛹になったか。なんかこっちまで嬉しくなるな」
親父さんが手を組みながら微笑んで言うと、先生が「そうね」と言って微笑む。
「いったいどんな風に成長するんでしょうか」
「美羽が頑張っていたからきっと凄く綺麗なモンスターになるんじゃないですかね?」
犬神さんと御堂さんも微笑みながら話す。
「どのくらいで羽化すると思う?」
美羽が満面の笑みでカズに尋ねると。
「蝶は約10日から2週間はかかる」
カズはそう説明した。
「え?! そんなに?! もっと早く羽化してくれないかなぁ……」
いや気持ちは分かるけどよ、そんなに焦らなくてもいいじゃん。
美羽はその期間、待つのが嫌だったみたいだ。
「だがギルは俺が力を与えたモンスターだぞ? だからそんなに待たなくてもコイツの場合、羽化するのが早い筈だ」
「本当?!」
カズの言葉に美羽はまた満面の笑みで喜んだ。
「ましてや俺の部屋は南国並みの気温だ。その中でもギルは蛹になるのに適した場所を選び、ここに決めたんだろ。ちなみに蝶になる為には一度、体がバラバラになる必要がある。そして蛹の中で体を再構築して、羽化が始まる。それはギルも一緒だ。元々ギルは蝶に進化する様なタイプのモンスターじゃないんだし、中では再構築するのに結構大変な状態だと思う。だから羽化するまでこのまま静かにさせて置く事が大切だ。話しかけるのは良いが、下手に触ったりしたら再構築が難しくなって死んでしまうかも知れねぇ。だから絶対に触らない事だな」
蛹って結構シビアなんだな。
美羽はカズの説明を真剣に聴き。話かけても決して触らない事を守ると誓う。
「……早く羽化した姿を見せてねギル」
「羽化したら新しい名前を付けてやるのも良いな」
「えっ? そう? ギルはギルで良いと思うんだけどな」
「お前がそう言うなら別にそれで良いが、元々は俺が付けた名前だ。だからお前の好きな名前にして良いんだぞ? それに、名前には力が宿る。だからお前が新しい名前を付けてやれば、必ずそれに応えてくれる」
「ん〜……、んじゃ羽化した姿を見て考えようかなぁ。確かギルは雌だったよね?」
美羽はギルが雌ならそれなりに可愛い名前をつけようと、考え始めた。
でも…、ギルって雌だったけ? カズの話じゃ雌雄同体って話じゃなかったか? まっ、別に良いけど。
「ギルには強くて綺麗なモンスターになって欲しいからルプトラ・マンティスやクレッセント・ビーとか色んなモンスターを食べさせたからな〜」
「だったらそう言ったモンスターの特徴とかを持って進化をするだろうな」
いったいどんな姿に進化するのか、俺は美羽が今までギルに与えたモンスターの特徴をパズルの用にして幾つも組んだ。
ルプトラ・マンティスの腕の鎌。クレッセント・ビーの針。いく先々で捕食していた蝶。中にはカズがあげた貴重なモンスターの素材とかあったな。
でも美羽のことだ、俺が想像してるよりもかなり綺麗なモンスターに進化するんだろうな。
カズがあげた貴重な素材。それは蝶型モンスターで、異世界では絶滅危惧種なんだとか。
"アルグ・モルフォイ"
まるで夜みたいな黒い蝶で、大人くらいの大きさのモンスター。
主に毒の鱗粉を飛ばしたりするらしく、対策さえしっかりしていればそこまで脅威じゃないモンスターなんだと。
でも俺のソラみたいに絶滅危惧種ってこともあって数が少ないらしく、そのランクはSなんだとか。
しかもかなり頭が良いってことで、色々なスキルを覚える事が出来ることから、育てたらかなり強力なパートナーになるらしい。
そんなモンスターを、カズが別のモンスターと戦ってる時にたまたま出てきて、巻き添えを食らって倒しちまったんだとか……。
もったいない……。
それに素材と言っても、状態がまだ綺麗だったって事でカズはアルグ・モルフォイを標本にしていた。
その標本されていた状態のアルグ・モルフォイを美羽は貰って、ギルに与えちまったんだ。
そのまままるまるな……。
「出来れば綺麗なモンスターになって欲しいかな」
カズの事は心底信頼する事が出来る。
でもそれより、俺は冷や汗を額に浮かべ、美羽が与えた物でギルが変な方へ進化しないか心配だった。
下手なことしてギルが間違った進化をしたらカズが怒りかねないんじゃ……。
でも俺はそれを下手に言ったら美羽が怒るかもと思い、黙った。
「ところで美羽ちゃん」
「はい?」
そこで先生が美羽に、ギルとは全く関係無い話題を振った。
「アナタ仕事は?」
美羽は冒険者の前に、一応は女子高生で、歌手だ。
先生は仕事が疎かになってるんじゃ無いかと心配をしていたみたいだ。
「大丈夫ですよ。それに今はカズが書いてくれた新曲の打ち合わせとかもしてますし、それに取り入れるダンスも話し合ってます」
「そう? それなら良いのだけれど」
今度発表する新曲は今までとは違い、美羽が考えた歌詞をカズに見せると自分なりに歌ったりしている。
今度の曲は重低音を生かし、出来るだけ高音を抑えて歌うと説明をすると、そこで美羽は歌詞の一部をその場で聴かせる事にした。
[君の瞳のボクはどう写るの?
ボクには君が火の鳥の様に見えてる
美しい 羽を羽ばたかせ 夜を明るく照らしてくれる
君がいるからボクは道を見失わない]
そこまで歌うと、カズが美羽に意見を出した。
「夜を明るく照らしてくれるじゃなくてよ。やっぱ、brightens up the nightって表現した方が良いと思うんだが?」
「だからそれはバックコーラスで一緒に歌ってもらった方が面白いって」
「はぁ? だからそれだと聴き手側が「どっち?」ってなるって言ったろ?」
「だからそこは小さい声で歌ってもらってメロディーを感じて欲しいんじゃん」
「だぁからその曲の表現をするにはその方が1番良いって話したろうが」
始まったよ……。
徐々に喧嘩腰で自分の考えを言う為、周りにいる俺達はまた始まったと頭を抱える。
歌を考えると正直どっちも雰囲気があると思うけどよ。2人に言ってもだからどっちが良いかと言われるのがオチだ。
カズと美羽はいつも喧嘩を始め、それでようやくお互いが納得する曲になるまで続いて生まれる。
「だったらもっとカッコいい歌詞にしたらどうなんだよ?」
「カッコいいってどんなのよ!」
「お前が考えた曲なんだからもっと良いアイデアがあるんじゃ無いのかよ?」
「だったらカズが教えてくれたって良いじゃん!」
「だったら、「共に夜の道を歩んでくれる」でどうよ?」
「んじゃそれで!」
「んっ」
2人は毎回こんな感じだ。
時には酷い喧嘩をするけど、なんだかんだで美羽はカズを頼り、カズは美羽を助けてる。
この曲もそうだけど、今までの曲はどちらかと言うと、美羽の気持ちが含まれていると感じる。
それはカズへの想い。
カズはそれに気づく事なくそんな美羽の意見をなんだかんだで聞いて歌詞に取り入れている。
「ねえカズ、ここの歌詞なんだけどさ」
「あ?」
「ここ、ここの歌詞がちょっと気に入らないんだよねえ」
「君とならあの星まで行ける? 違うな、ここは「君とならあの月の裏側にまで行けるかも」って歌う方が良い。ちっと長くなるが曲の方を少しイジれば問題無いだろ」
「その歌詞良いね。採用」
「採用じゃねぇよ、そう歌うならもっと具体的に表現した方が聴く方も分かりやすいって話だろうが」
そんな2人のやり取りしてる中、親父さんと先生は微笑みながら犬神さんと御堂さんを連れて部屋を出ようとした。
そこで俺は部屋から出る前に、親父さんと先生に話しかけた。
「ニアちゃんが死んだばかりっすけど、なんか安心した感じっすね」
「そう……思えるか?」
「え?」
そこで親父さんは悲しげな微笑みを俺に向けた。
「お前達には分からんだろうが、表向きはそうでも、本当はとんでもない事になってる」
「えっ……、でも、それならなんで親父さんはそんな嬉しそうなんすか?」
親父さんも微笑んでいるからカズは少しは立ち直れたと思っていたのに、違うのか?
そう思ってると、どうやら燻っている以上に裏側では酷い憎悪が渦巻いていると親父さんは話した。
「俺はな、ただ安心しただけだ憲明。お前達がいてくれるお陰でアイツは怒りに任せて暴走せずにいられる。だから俺はまだ安心出来るんだ」
「親父さん……」
「アイツの側にいてやってくれ。頼むぞ?」
俺は親父さんの頼みに真剣な顔で頷くと、親父さんは先生達を連れてカズの部屋を後にした。
俺は考えた。
帝国との戦争は既に避ける事ができない、恐らく帝国軍を目の前にしたらカズは感情を剥き出しにして暴れる筈だ。
あの曼蛇の威圧感は普通じゃないのにそれを簡単に鎮められるし、ましてや先生の尋常じゃない怯えを見て、八岐大蛇がそれ以上の存在と考えると、カズはそんな八岐大蛇と同等なんじゃないかと思えてくる。
俺は更に、深く考えた。
俺達がいるからカズは力を制御していられるんじゃないのか。その力をこれからも制御していられる様に親父さんは側にいてくれと頼んだのかと。
カズが完全に暴走でもしようものなら、俺達なんかで止められるのか?
……恐らく絶対無理だ。
俺がそう考えたりしている中、カズは美羽とまだ歌詞の事で話しをしているし。
沙耶達は呆れて自分達のモンスターと遊んでいる。
俺がカズの事を考えていると足元にクロが擦り寄り、目の前にカノンとソラが心配そうに近寄っていた。
「大丈夫だ、心配無い。向こうで遊んで来いよ」
でも3匹のパートナーは俺のすぐ近くで座り込み、その場から動こうとしない。そんなパートナー達を見て俺もその場に座ると、それぞれの頭や喉を撫でた。
蛹状態になったギルはいったい、どんな姿で羽化するのでしょうか。
と、言っても、その答えは物語を読んでる皆さんでしたらもうお分かりいただけるかと思います。
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