第69話 呪物
俺の質問に、先生はその正体の名を口にする事に躊躇ったけど、答えると言った以上、その名を口にする事にしてくれた。
「君達は……"八岐大蛇"を知ってるわよね?」
「八岐大蛇? 勿論知ってるぜ?」
その名は誰もが知る有名な怪物の名だってのは俺でも分かる。
でも、八岐大蛇ってのは架空の怪物だろ?
「アレはその八岐大蛇の皮で作られた、カズの最高傑作の1つよ」
なっ?!
「八岐大蛇が実在してたって言うんすか?!」
「えぇ……、名は"曼蛇"、決して表舞台に出す事が出来ない代物よアレは」
八岐大蛇が……実在した?!
日本神話の中でも最強で、正真正銘の化け物って奴じゃねえか!
先生をよく見ると、マジで怖い存在だからなのか、怯えているからかなのか怖い顔で微笑み、体が小刻みに震えている。
だから俺達は先生のその表情だけで、どれだけヤバい物なのか理解する事が出来た。
先生はちょっとのことでそこまで怯えるような人じゃねえからだ。
だってそうだろ? 骸は勿論、タイラント・ワームの変異種や、あのBが魔王の1人だって言うのに、そこまで怯えた顔をしてなかったんだ。
「マジで……、そんな伝説の怪物がいたのか……」
冷や汗を流しながら聞くと。
「いたんじゃないの、いるのよアレは……。アレは夜城組が厳重に封印をしているから表舞台には出て来ない。アレは正真正銘の化け物……。あんなのが復活でもした日には、この日本はおろか、世界中が滅びかねない程の強さを誇るわ。それにアレの存在を知る者達からは世界三大魔獣として恐れられてる」
んだよそれ……、目を覚ましたら世界が滅びかねない? んじゃカズはあのジャケットを作るために、どうやってそんな化け物から素材を手に入れたんだよ?!
しかも夜城組で封印してるって、そんなことまでしてたのかよ……。
とにかく俺でも理解出来るのは、その八岐大蛇に触れたら命取りになるって、本能で察していた。
「それに君が言ていたカズの背中、肩甲骨の所にあるのは確かにゼイラムよ。縦に2本ずつ並ぶ様にカズが付けたの。次、何が聴きたい?」
そこまで話して先生は次に質問が無いかと聴くと、次に手を挙げたのは美羽だった。
「その曼蛇の背中に、青い彼岸花の刺繍が入ってましたよね? あれってカズが彼岸花が好きだから入れてるんですか?」
「そうよ、あの子はどれだけ納得する事が出来る武器や防具を作っても、決して入れないのだけれど、あの曼蛇には入れてるわ。理由はあの曼蛇を着て、初めて完全武装状態を意味するからなの。そして、実は全てのゼイラムには八岐大蛇の皮が使用されているわ。だからアレを着ると言う事は本気になるって意味だから注意してね」
「成る程。じゃぁあの彼岸花はカズにとってのトレードマーク的な物なんですね?」
「ええそうよ」
「ちなみに青い彼岸花の意味って何ですか?」
「彼岸花の花言葉にはね。悲しき思い出、あきらめ、独立、情熱とあるわ。でも青い彼岸花って物は存在しないの。だからあの子はその青い彼岸花に勝手に花言葉を付けてるわ。美しき思い出、希望。通常の彼岸花が悲しき思い出なら、青い彼岸花はその逆だって付けたの」
そこはなんか、カズらしいな。
「でもなんだか皮肉な話しだよね。だって封印されている八岐大蛇は世界を滅ぼしかねない、凶悪なモンスターの1体なんでしょ? それなのに青い彼岸花は希望とか美しき思い出って、なんか皮肉にしか思えないなぁ」
美羽の言うとおり、確かに皮肉に思える。
「確かに美羽ちゃんの言う通りね。でも、それにはカズなりの考えがあっての事でもあるのよ。あの子にとって、味方や護りたいものに対しては青い彼岸花の花言葉を。でも敵対する者、又は絶対許せない者に対して曼蛇は"絶対的な死"を意味するの」
「確かにアレはエゲツないな……。でもそうかぁ、そう言う意味があるのかぁ……。なんかアイツらしいっちゃらしいな」
2つの意味が込められていることに、俺は本当にカズらしいと思った。
「他にあるかしら?」
次は一樹が手を上げて質問をする。
「その曼蛇はアタッシュケースを開けた時に、とんでもない殺気と威圧感を放ってましたよね? でも、アイツはその曼蛇に殺気を放つのをやめろって言ったらおさまりました。それに久しぶりに解放されたから喜んでるって。もしかしてあの曼蛇は生きてるんですか? カズが前に作って沙耶にやった武器、ガルみたいに」
んなもん聞かなくても分かるだろ……。
曼蛇が生きている。それは誰が見ても分かることなのに、なんでわざわざ聞くかなって思った。
「えぇ、あの曼蛇は生きてるわ。本来、武器に命を吹き込むと言っても、それは職人が丹精込めて作るからこそ、そう言った表現をするの。曼蛇や沙耶ちゃんが持つガルは普通有り得ない事なの、しちゃいけないことなの……。だからある意味、カズがそうやって作った物全てが特特級クラスの呪物として扱われるの」
特級クラスの呪物って言われても、俺達にはそれがどんな物なのかいまいちわかんねえ。
それを察してか、先生はそれがどれだけ危険な物なのか教えてくれた。
「特級呪物……、つまり、超強力に呪われた物やアイテムってこと……。人が一瞬でも触れれば、間違いなく死ぬわ」
「なっ!」
触っただけで死ぬ?! なんだよそれ! それをアイツが作ったって言うのか?!
「特にあの曼蛇は表舞台に絶対に出したらマズイ代物なんだけどね。なんせ、アレにはあの八岐大蛇の魂の一部が入っているの。だから危険極まりないのよ」
俺達全員、本来なら有り得ない事をやっちまうカズに対して戦慄を覚えた。
友人であり、味方だと言う事を心底良かったと思える。
「魂の一部であれかよ……。もし……、本体の八岐大蛇が完全に復活でもしたら……」
「そうね、あんな比じゃないのは確かね。実際に私は一度だけ八岐大蛇が目覚めた時に居合わせたのだけれど……。正直言って……さっきの倍よ。もし……アナタ達だったら、殺気を受けただけで即死してもなんら不思議じゃないわ……」
先生がいったいどれだけの恐怖を感じたのか解らねえ。解らねえけど、その時の恐怖を思い出したのか先生は、苦しそうな表情をしながらカタカタと歯を鳴らし、全身が震えていた。
「アレは絶対に目覚めさせたらいけない……」
たぶん、八岐大蛇を一度目覚めさせたのはカズだ。
でもどうやってそんな化け物を目覚めさせて皮を入手したと言うんだ?
その事を聞こうと思っても、きっと教えてくれないだろうと俺は思った。
「まったく、本当にあの子はとんでもないことばかりしてくれるわよ……。あの八岐大蛇を封印していた結界を壊して目覚めさせ。起きて機嫌が悪いあの化け物に平気な顔で話し掛けるんだから」
あぁ……、やっぱカズが起こしたのか……。
そこまで話すと先生は一度深呼吸し、話の続きを聴かせてくれた。
「取り乱してしまって御免なさいね。それで……、あの子が八岐大蛇と何を話していたのかは誰にも分からないの……。八岐大蛇は封印されて寝ていても、瘴気を放っているから近づいただけで即死してしまう程に恐ろしいのよ。でもあの子にはそんなの通用せず、平気な顔で微笑んでいたわ。……八岐大蛇はカズに興味が出たのか、顔をあの子に近づけて話を聞いていたら、8本あるうちの1本がカズに首の皮を剥ぎ取らせたの。それからはまた何事も無かったかの様に、八岐大蛇は眠りに付き。カズは壊した封印の結界を修復。もう……デタラメすぎて言葉を失ったわ」
なんとなくその気持ちは分かるよ先生……。
俺達はそう思い。口元を引きつらせながら乾いた笑いをするしか出来なかった。
「他に何か聞きたい事あるなら、今なら話してあげるわよ?」
次の質問は沙耶だ。
「はいは〜い! ちなみに曼蛇って名前の由来はなんなんですか〜?」
お前は相変わらず元気一杯だな。
そう思える程、沙耶は満面の笑みで質問した。
「曼蛇の曼は彼岸花から来てるの。別名、曼珠沙華。ほら、彼岸花が好きだからその別名の曼を取り。蛇は八岐大蛇の蛇の字を取って繋げたの。だから曼蛇」
「あっ成る程〜。んじゃさっき言ってた意味が名前に込められてる感じなんですね?」
「その通りよ。他に何かある?」
他に聴く質問が無いからか、美羽達は何も聞こうとしない。
「他に無さそうかな?」
でも、俺はもう一つ聞きたいことがあったから、そこで手を上げて聞いた。
「もう一つだけ。あの曼蛇の殺気が異常ってのは分かりましたけど。……アレがそれ以上にどう危険なのか知りたいっす。カズがアレを装備したら注意してって事も言ってましたよね? 何があるんすか?」
俺の質問に、先生は言って良いのかどうかを悩んだ顔を見せてたけど、結局教えてくれることにしてくれた。
「……アレは生きてる。そう言ったわよね?」
「え? はい……」
「……アナタ達はあの子に"闇の衣"と呼ばれる特殊な能力があるのは知ってる?」
「はい、勿論」
「どんな風に聴いてる?」
どんな風にと言われてもな。
そこで美羽が真っ先にカズの闇の衣について聞いたことを話す。
「どんな風にって言われても。私達はただ服とかの装備を直す事が出来たりするって聴いてます。後、あの能力のお陰で簡単に着替える事も出来るみたいですよね?」
美羽は俺達が知っている内容を先生に伝えた。
すると、先生は右手で顔を押さえて天井へ顔を向けて黙った。
俺達は先生が何を黙っているのだろうと思ったけど、先生が話すのを待ち続けた。
一方で、Bはカズに代わってブローニングM2A1重機関銃の手入れをしながらチラチラと俺達の方を見て、話に耳を傾けていた。
骸は寝そべり、うっすらと目を開けて聴いている。
先生が黙ってから約10秒経過した時、先生は顔を押さえている指の隙間から俺達を見る。
そしてようやく話しをしてくれた。
「"闇の衣"。あの子のその能力はスキルとかそんなんじゃ無い。それにただ服や装備を修復する為の力でも無い。よく聴いてね? 闇の衣は闇そのもので、実体が無いから掴む事が出来ない。でもね? 闇の衣と呼ばれる闇は最悪な力なの」
「最悪?」
先生が何を言いたいのか、俺には理解出来なかった。
美羽達も一緒で、それが何を意味しているのか分かっていない。
「あの子にとってはこの上無く最高な力の1つ。私は最初あの力を知った時は今のアナタ達みたいだったわ。でも……、その力がどれだけ恐ろしいのかを知った時、私はあの子に底知れない恐怖を感じたわ。実体の無い闇に実体を与える。影を踏んでも影には実体が無いから何も起こらないでしょ? それなのにあの子が力を使うと恐ろしい事になる」
「それは"影操作"ってスキルに関係してくるんですか?」
美羽が聴くと、違うと先生は答えた。
「影操作は影操作でしかない。影操作と呼ばれるスキルを持ってる人は割といるのよ。影操作はね? 自分の影を利用して分身を作ったり、影から影へと移動する事も出来たり、影に紛れて自分の姿を隠す力なの。でもあの子の場合は違う。影は闇でもあるからそれを利用し、人を殺せる。あの子にとって闇その物が最高の武器となる」
は? どう言うことだ? ……闇で人を殺せる。それってゲームとかに出てくるような力のことか?
「可能な限りの形にすると実体化し、攻撃するの…。そんな闇の衣にあの子が他に持つスキル等が合わさると、もっと最悪な事になるわ。その中でも特に"火薬操作"が1番危険よ。アルティメットスキル、"変換"の力で闇の衣を火薬とかの爆発物に変え、周りの敵を爆殺。近づけば闇の衣を実体化させて攻撃。近距離、中距離、遠距離とどこに居ようとあの子の射程圏内であれば、確実に……ね」
「いやいやいや……、それこそエゲツないだろ……」
アイツ自信が全身火薬庫みてえなもんじゃん…。
俺はソファの背もたれに深くよしかかると、先生はまだ話を続ける。
「そうでしょう? でもね、それだけではまだ終わらないのよ。そこにあの曼蛇を着ると言う事は、確実に奴が顔を出す。ありとあらゆる命を飲み込む化け物が出てくるわ」
「そ、それってやっぱり……」
珍しく沙耶が怯えた表情でそう聴くと、先生は顔を押さえていた手をどかし、コクリと頷いた。
「えぇ、八岐大蛇の魂の一部がアレには宿っているんですもの、当然よね」
「やっぱりぃぃ……」
それを聴いて沙耶は頭を抱えて項垂れた。
「あら……、そろそろあの子が戻って来るみたいね。それじゃ、お話はこの辺にしておきましょうか」
確かに独特の気配が近づいて来るのが分かり。先生が軽く微笑むのと同時にカズが戻って来た。
「随分遅かったわね」
「まぁ色々と言われたからなぁ」
親父さんに曼蛇の事で色々と言われたんだろ、幾らかイライラしているのが分かる。
「んで朱莉さん、どこまで話した?」
「……その曼蛇の事や名前。それにアナタの闇の衣について話したわ」
「チッ、そこまで話す必要ねえだろ?」
「何言ってんのよ。アンタの何でもかんでも隠す癖、いい加減に直したら?」
そう言われ、流石のカズでもたじろいだ。
カズと先生は口喧嘩をするけど、なんだかんだで何時も先生には敵わない。
そんなカズを見るのが、なんだか新鮮な気がすると俺達は思う。
「しっかし。先生とカズは何時も仲がいいよな」
俺はそんな2人を見て微笑みながら言った。
「ホントだよ……」
美羽は嫉妬しつつも、そんな2人の仲の良さに微笑む事が出来る。
そんなカズは先生に色々と言われ、冷や汗を流しながらなんとな反撃するけど、結局は負けてしょげた。
そして先生がそろそろ行くと言って部屋を出ようとした時、カズは先生を呼び止めた。
「あぁちと良いか? 朱莉さん」
「ん?」
「コイツらがウチの連中みたいな黒スーツが欲しいんだと。だから用意してくんね?」
「……大至急用意するわ!」
カズの言葉に先生は目を輝かせると走って部屋を出ていった。
「いや、そこまて忙がなくても……」
用意するのにはそれなりの時間が掛かる。でも先生は数分で人数分の黒スーツを手に持って再び現れた。
「はいこれ憲明君の! こっちは美羽ちゃん! これ一樹君! はい沙耶ちゃん! 玲司君! 女子は向こうで早速着替えて! 男子! 男子は向こう!」
先生に言われるがまま女子と男子に分けられ、俺達5人は着替える事にした。
黒スーツの他に黒いワイシャツに赤いネクタイも手渡され、ネクタイを結んだ事が無い俺は苦戦しながらなんとか着替える事が出来た。が、俺が1番遅く、既に皆は着替え終わっていて待っていた。
「めっちゃ気心地良いしサイズがピッタリ!」
戻ると美羽は喜んでいた。
確かに寸法通りのサイズだし着心地が思ってたより良くて、俺達は驚きつつも喜んだ。
「え?! でも何でサイズがこんなにピッタリなの?!」
沙耶が聴くと、どうやら先生が前もって用意していたみたいだ。
寸法はセッチが何時の間にか測っていたらしい。
「でも嬉しい! これでチームカラーの下準備は用意出来たし、あ・と・は〜……」
そこで美羽がカズの顔を見ると、カズもなんだと言いたげな顔で美羽を見る。
「私がガイアと一緒に倒したルプトラ・マンティスは?」
「ん? アレなら地下のゲート前にあるとかって聴いたぞ?」
そう答えると美羽は目を光らせ、カズはどこか嫌な予感を感じ取っていた。
伝説として有名なモンスター。否。怪獣とも呼ぶべき存在であり、三大魔獣の一角、八岐大蛇。それはいったいどれだけ恐ろしい力を秘めているのでしょうか。
それが出てくるのはまだもうちょっと先のお話です。
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