第6話 喫茶"Silver line"<美羽side>
今日も良い匂い。
店内は心を落ち着かせてくれるコーヒーの香りが漂っていて、そこにいるマスターは白髪で、長い髪を後ろに束ねて口と顎には整えられた髭がある、片眼鏡をした60〜70代の男性。スラリとした細身のその姿を見てると、まだ若そうに見えくる。
そのマスターが私をチラリと見ると、カップを磨く手を止め、落ち着いた雰囲気で一言、「いらっしゃいませ」、と笑顔を見せ、目線をそのまま違う場所に移した。
目線の先に、私の知る高校生の男女数人が談笑していたから。
「いつものをお願いします」
私がそう言うと、マスターはニコリとした顔で軽く頷き、私の好きな物を作る準備をし始める。
それを見て、私はゆっくりとした足で、談笑している高校生達の席へ歩いて行くと。1人の少年が私の姿に気付いて片手を軽く上に上げ、「よっ」と声をかけた。
「随分早かったな、MIYA 」
そう呼ばれ、私は帽子とサングラスを取った。
「一応今日の予定は午前中に終わらせて来たからね。それと、その名前で不用意に呼ばないでって言ってるでしょ? ノリちゃん」
「悪い悪い、美羽」
私はクスッと笑い、空いてる席に座る。
「でもいくら何でも早くねえか? さっきまでテレビに出てたろ?」
ノリちゃんは喫茶店に置いてあるテレビを見ていたからそう思ったんだと思う。
「あれは前日に撮った録画だからね」
「なんだ録画かよ」
そこでノリちゃんはコーヒーに手を伸ばして一口飲んだ。
「それより……、まだカズは来てないの?」
「あぁ、アイツはなんだか急な用事が出来たとかで来れなくなったってよ」
ちぇっ、カズも来ると思ったのに。
「そっか」
カズに会えない事に残念って表情になってたのか、ノリちゃんも残念そうな顔で軽く溜息が漏れた。
すると。
「残念だったね〜、二人共〜」
ちょっと意地悪そうに、沙耶が私とノリちゃんにそう言うと。
「ふんっ! アイツはいつもそうだ、暇さえあれば俺達に何にも言わず、黙って海外へ行っちまうしよ。だいたいアイツは昔から何考えてるかサッパリなんだよ」
まぁ、その気持ちは解らなくもないけど……。
一樹が不貞腐れた態度でそんなこと言うけど。結局、やっぱり会えないって事に寂しさを感じてるからだと思う。
「まぁそう言うなよ、アイツだって家の事で色々あるんだろうし。それに大事な時は必ずいるだろ?」
そこでヤッさんがカズを庇った。
「ヤッさんは優しいからね〜」
沙耶にそんな事を言われていると、そこで一樹がまた、怒り気味に口を開いた。
「だいたいカズは何時も何時も、マジで何を考えてるかさっばりわかんねえんだよな。何時の間にか黙って学校休んで海外に行っちまうし。連絡取りたくても取れねえし。ちょっと冷たくねえか?」
一樹は右手を握り締め、テーブルに肘を付いて頬杖にした状態の姿で、カズが何時も黙っていなくなる事に怒る。
うん、その気持ち、本当によく解る。
「まぁそうだよなぁ、アイツが何考えてんのかなんて誰にもわかんねぇし」
その気持ちはノリちゃんも一緒。
「でも、それは仕方ないんじゃないか? カズだって家の事で色々と動く事があるだろうしさ。だから何かあって僕らに迷惑かけたく無いから何時も黙っていなくなるんだよ」
そう言ってヤッさんがフォローすると、その言葉に一樹やノリちゃんは黙った。
それにはそれだけの理由と説得力があったから。
そのカズって言う少年こそがヤクザの息子だからだし。
でも、それもただのヤクザの息子ってだけじゃ無い、カズの家は世界中で最も恐れられているからでもあるからなの。
下手に刺激すればどんな目に遭うか、世界中の裏組織は理解している……。
「まぁ……、ヤッさんの言ってる事は分かるさ。でもよぉ、やっぱ寂しいじゃねえか、俺達全員ダチなんだぜ? ちょっと行ってくるの一言くらいあってもよくね?」
ノリちゃんのその気持ちは確かに解るから、全員が頷き、その場の空気が重たくなって沈黙が訪れた。
「そう言えば美羽、ちょっと聞いてくれよ。実は憲明が変な夢を見てよ」
そこでその場の空気を変えようと、一樹が唐突にノリちゃんが見た夢の話を始めた。
「自分に襲い掛かってくる化け物を剣で倒しまくってるって夢」
「なにそれ……、ただ暴れたいからそんな夢見たんじゃ無いの?」
その言葉にノリちゃんの体がビクッと一瞬反応して硬直したけど、ノリちゃんは自分が見た夢の話について話し始めた。
「そうかも知んねえけど……、変なんだよ」
「変って?」
いつも変じゃん。
「周りにはゲームに出てくる様な鎧とかを装備をした大勢の人間と一緒になって、向かってくる得体の知れない化け物と戦ってんだ」
「え? テロを考えてんの?」
「なんでだよ?!」
ノリちゃんが大声でツッコミをしたら、あまりにも大きな声だったからかマスターに思わず鋭い目を向けられる。
「うっ……、スンマセン……」
マスターに謝るノリちゃんのそんな姿を見て沙耶は笑った。
「プププ、マスターに睨まれてやんの、ウケる〜」
「うっせぇなあ。……マスター怒らせたらマジで怖えの知ってるだろ? マジでビビるの分かるよな?」
前に怒られた事があるノリちゃんは体を若干震わせて沙耶を睨んだ。
「つーかマスター、マジカッコいい〜」
でも、ノリちゃんのそんな睨みも虚しく、沙耶のその言葉が聴こえたのか、マスターはちょっと嬉しそうな顔でコップを磨く。
「んで、さっきの夢の話だけどよ。その内容以外にも変なんだよ」
若干疲れるって顔でノリちゃんは話を戻した。
「変って?」
すると両手を見つめ。ノリちゃんは真剣な顔で「感覚があるんだよ」と話す。
「はい?」
感覚がある?
「切った感触っつうのかな、なんか妙にリアルだったし、匂いもそうだし。……なんか、なんて言っていいかわかんねえから変なんだよ。ただの夢にしてはマジで現実味があってよ」
「コイツのその話を聞いた時に思い出したんだけどよ。実は俺達も似た様な夢をこの間見てんだよ。まぁ、見た日はみんなバラバラだったけど」
そこで一樹が実は自分達も似た様な夢を見たと話し、その夢の奇妙性を話してくれた。
「ま〜ね〜、あの夢は確かになんか変な感じがしたよね〜」
「え? 沙耶も一緒な夢を見たの?」
「沙耶だけじゃなくヤッさんもだ。内容は違うっちゃ違うんだけどな」
そこでノリちゃんは皆んながどんな夢を見たのか話した。
ノリちゃんは得体の知れない化け物の軍勢と戦う夢。
一樹は逃げながらも黒く巨大な化け物と戦う夢。
ヤッさんは城がある古い街並みの中で化け物と戦う夢。
沙耶は何処かの廃墟で化け物と戦う夢。
皆、場所や状況がバラバラ、だけど得体の知れない化け物と戦うのだけは共通していた。
でもその化け物は黒い霧か何かで覆われていて、姿が分からなかったらしいけど。
「何それ、確かになんか変」
余りの奇妙さに寒くなって、私は自分の体を抱き抱えた。
「だろ? しかも匂いを覚えてるし切った感触とかあるって、なんか変だよな?」
ノリちゃんのその言葉に、一樹、ヤッさん、沙耶の3人は頷く。
「集団催眠かなんかじゃないの?」
私はそんな夢を見ていないから、訳の分からない夢の話しをされても困るな……。
「いや知んねえけどよ。あと共通してんのが、いつの間にか寝てたんだよ」
「何時の間にか寝てた?」
更にそう言ってくるノリちゃんに、私は最早訳が分からない。
「あぁ。俺は昨日の夜ゲームしてたのに、いつの間にか部屋を真っ暗にして寝てた。一樹なんてこの間、部活中に立ったまま寝てたんだと。ヤッさんも部活中。しかも気づいたら部活が終わってて、他の連中と一緒に部室で普通に着替えてたらしい。沙耶なんて酷いぜ? 沙耶なんて」
「なっ?! それは絶対言うな〜!」
顔を赤くした沙耶が言われたくないからなのか、両手でノリちゃんの口を塞ごうと慌てだした。
「その話はやめて! 絶対に。それは思わずポロッと出しちゃったんだから忘れて!」
「わっ! わかったわかった!」
「え? どうしたの?」
「な、なんでもないの! えへへ」
……気になる。
沙耶の行動に呆気を取られつつも、何があったのか物凄く気になった。
でも沙耶は決して教えてくれなさそうなので、沙耶の言う通り、私は気にしないことにした。
そこで沙耶は沙耶で話題を変えようと、別の話に切り出す。
「そう言えばこの間またノリちゃんがカズと喧嘩して負けたんだよね?」
……なんですと?
沙耶のまさかのカミングアウトで、ノリちゃんのひたいから大量の汗が噴き出したのが分かる。
「ちょっ?! 沙耶!」
それを聞いて私の怒りオーラが溢れ出ると、沙耶を除いた男3人は冷や汗を流して俯いて黙る。
「カズと……喧嘩?」
両手の指を鳴らし始めると。
「ま、まて美羽……」
「……なんで?」
私は席からゆっくりと立ち上がり、ゆらりとノリちゃんの前まで進んだ。
「またノリちゃんがカズに勝負を挑んだんだよね〜?」
そこでノリちゃんに対し、沙耶が更なる追い討ちを掛ける。
それでノリちゃんは涙目で沙耶に視線を向けた後。
「あ、あの、美羽……さん? ちょ、ちょちょちょちょっとまとう? ね?」
ノリちゃんが必死に私を止めようとするけど……、私は黙ってノリちゃんの頭を鷲掴みにし。
「ひっ!!」
軽く悲鳴をあげさせ。
「私さぁ、前になんて言ったか覚えてる?」
鷲掴みする手に、じわりじわりと力を込める。
「け、喧嘩に勝った事が無いからと、む、無闇に、に、カ、カ、カカカカカズに……手を、出すな……と」
「覚えてるならなんで守んないの?」
「ひぎゃっ!」
渾身のアイアンクローでノリちゃんは白目をむき、口から泡が出る。
それを見た一樹とヤッさんは身体をガタガタと振るわせながら黙って俯いているけど。
「(このままこっちを見ないでくれぇ……)」
「(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい)」
きっと、この2人のことだからなんとか助けてくれって思ってるに違いない。
だから……、その祈りは届かせはしない。
「ねぇ……、一樹、ヤッさん、どうして震えてるの?」
「そ、それは……、ひっ!」
ヤッさんが説明しようと顔を上げた時、私の顔を見た瞬間に体をビクッとさせて硬直した。
「はっ、はっ、そ……その」
「なんでって、そりゃその場にこの2人もいたからだよ~」
悪魔が怒れる私の味方についた。
「「(う、裏切りやがったコイツゥ!!)」」
その時、私は2人の頭を鷲掴みにした。
「「ぎぃやあぁぁぁぁぁっ!!」」
「ご愁傷様〜」
沙耶は沙耶で、ケタケタと笑った。
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