第65話 兄妹になろう
暫くして、カズが家の中から出て来た。
「あの子の様子は?」
聞くと、どうやら泣き疲れて寝てしまい、「今はベッドで寝ている」とカズは話した。
そこでカズは懐からタバコを出して火をつけて吸い始めた。
「カズ、あの子を1人に出来ると思うか?」
「……難しいな。向こうの世界でならなんとか1人でもやっていけるだろうけど……。でもこっちではそうはいかないな。ここに住む人達は皆、なんとか金をやりくりして生活してるんだ。そこにあの子の面倒を見るとなると……」
「やっぱ親父さんの言う通り連れて帰るか?」
「あぁ、それがあの子のためにもなるだろうし、この村に住む人達の為にもなる。それに時間は掛かるだろうが、俺の力であの子の目をなんとか見えるようにしてやりたい」
もしかして"変換"の力をその子の為に使うのか?!
それに気づいた俺は、やっぱりお前は優しいよと思った。
「お前らに頼みがあるんだが、聴いてくれるか?」
頼み? 珍しいな、頼みごとするなんて。
でも俺は、カズが頼ってくれる事が嬉しかった。
「その為に俺達がいるんだろ?」
そう言うと、美羽達は頷いて笑顔になる。
……数時間後。
ルカちゃんが起きたのか再び泣き声が聞こえた俺は、家の中へと入った。
入るとカズは泣くルカちゃんに対し、それでもかまわず話をしている。
まだ8歳の女の子に真実を話すのは残酷な事だとは思う。でも、それでも伝えなければならねえってカズは言っていた。
冒険者やハンターって言うのは、生死を賭けた仕事だ。この世界は俺達が今まで暮らしていた世界とは違って生優しく無い。言うべき事はきちんと伝えなければならないと。
「なあルカちゃん。俺から提案があるんだが聴いてくれるか?」
「提……案……?」
「……俺の妹にならないか?」
カズはルカちゃんが成人するまででも良い。ただ此処にいるよりも、共に暮らせばその目が見えるようになるかも知れないし、不自由な暮らしをしなくて済むとも話す。
俺は勿論賛成だ。
カズについて行けば、不安な暮らしをしないで済むのは間違いない。
ついて来るかどうかは本人次第。
ルカちゃんは少し考えさせて欲しいと話し、俺達は家の外に出て返事を待つ事にした。
「俺は村長の所にちょっと行ってくる。ニアの事を話さなきゃなんねえし、ルカの事も一応は話しておきたい。それに帝国と戦争するって事も一応は教えておかねえと」
「分かった、ここは俺達に任せてくれ」
俺はルカちゃんの家の前で待つことにして、カズが戻ってくるのを待つことにした。
……戻ってきたのは30分あとだ。
「どうだった?」
カズと村長がどんな話しをしたのかなんて解りゃあしねえから、俺は聞いた。
カズは村長に、近いうちに戦争が始まると話した後、ルカちゃんを引き取りたいと話した。
そこで、村長は出来るのであれば連れて行ってくれと逆に頼んできたらしい。
カズは村長の口振りから、口減らしが出来て良かったと思っているのではと話す。
口減らし。つまり、経済状況を考えてルカちゃんを引き取る事が出来ないし、ましてや目が見えていないから奉仕に出す事さえ難しいからなんだろ。
最悪、このまま村に残れば、殺されることもあり得るようにも思えてくるのは俺だけか?
そんな環境にあの子を置いて戻るわけにはいかねえ。
「カズ、やっぱ無理にでも連れてったほうがよくねえか?」
「……やっぱ、無理矢理にでも連れて帰るしかないか」
カズはまたタバコを吸い始めた。
その時、家の中から「お待たせしました」と声がしたから、俺達2人は中に入ってみると、鞄に荷物をまとめた状態のルカちゃんが待っていた。
「ルカ……ちゃん?」
「返事が遅くなってすいません。その……、こんな私ですけど、宜しくお願いします!」
そう言ってルカちゃんはカズに頭を下げた。
俺達は少し驚いたけど、カズが直ぐさま笑顔になって、優しく声をかけた。
「こちらこそ宜しくな、ルカちゃん」
それから美羽や沙耶達がルカちゃんの荷物の整理等を手伝った。
「ほ〜らルカちゃん。これからはカズの事を、お兄ちゃんって呼ばないとね〜」
全部終わった後、沙耶はまるで可愛い妹をからかうようにして笑って言うから。ルカちゃんは当然、テレているのか顔を赤くして困った顔になる。
「クククッ、まだ心の整理がついてねえのに、お兄ちゃんは早えだろ。なあ?」
「……お、お兄……ちゃん……」
正直、俺は泣きそうになった。
ルカちゃんが恥ずかしそうにモジモジしながらカズにお兄ちゃんと言ったからだ。
カズはその瞬間驚きつつ、一滴の涙が溢れた。
「お、お兄ちゃん?」
再びそう呼ばれ、後ろにいた美羽と沙耶は口を押さえながら涙を流している。
俺はそこで我慢出来なくなって、泣いた。
「俺を……、こんな俺をお兄ちゃんって呼んでくれるのか?」
ルカちゃんは大きく頷いた。
……ニアの為にトドメをさし、最終的に殺したカズをその妹であるルカちゃんが、お兄ちゃんと呼ぶ。
「俺を、……恨んだりしていないのか?」
そう聞かれ、今度は頭を横に大きく何度も振る。
そして。
「お姉ちゃんの苦しみを解放してくれてありがとう」
その言葉に、カズは号泣してルカちゃんを抱きしめた。
ルカちゃんはその小さな手で、そんなカズの頭をポンポンと優しく叩きながら泣いている。
俺はたまらず外に出て泣いた。
ヤッさんはカズ以上に大号泣しているし、一樹は皆んなに背中を向けて立っている。でも、良く見ると肩が震えている。泣いている姿を見られたくなくて、必死で泣くのを我慢しているんだろ。
……それから十数分後。
「ほら男子〜、キリキリ荷物を運んで〜」
沙耶は手伝いどころか俺達をこき使っている。
「お前も少しは手伝えよ沙耶」
一樹がそう言うと。
「はあ? 女の子に家具を運ばせる気? そんな重いものは男子の仕事でしょ〜?」
そう言いつつ、沙耶は何も運んでいない気がすると思った。
「カズは何処に行ったんだよ?」
「はあ? カズはルカちゃんと一緒に、この村の人達に挨拶しに行ってますけど〜?」
どうやらルカちゃんが最後だからとカズに頼み。手を繋いで別れの挨拶をしに回ってるみたいだ。
そこへ、甘い香りが漂い始めた。
「あっ! カズとルカちゃんが戻って来る! ほらほら男子急いで運んで!」
そう言うならお前も少しは手伝えよ。
沙耶にそう言われ、一樹はカバンをジープに乗せると、次に俺とヤッさんの3人でベッドをどうにかジープに乗せようと頑張った。
「お前ら何してんだ?」
「カズ!」
沙耶が笑顔でカズのところへ走って行く。
「今、ルカちゃんのベッドをなんとかジープに乗せようとしてるところだったんだ〜」
そう説明をした瞬間。
「は? ベッドは別に必要ねえだろ」
その言葉に……、俺達は固まった。
「だって俺の家に来るんだぞ? んなもん直ぐに用意出来るに決まってんだろ?」
その時、俺と一樹は手の力が抜け。ヤッさんがベッドの下敷きになったけど全然気づけなかった。
「だ、誰か助けてええ!」
「あっ、ごめんヤッさん……」
そうして、ルカちゃんが必要だと言った分の洋服や食器、服を入れる為のタンスを持って、街へ戻ることにした。
もう少しで街が見えて来る所まで来ると。目の前に見慣れた3匹のモンスター達が待っていた。
「アリス達が待っててくれたみたいだ」
カズが運転するジープがアリス達の横を通り過ぎると、アリス達はそのジープを追いかけて走って来る。
「なあカズ、今何キロで走ってる?」
俺はなんとなく、アリス達が何キロで走ってるのか気になった。
「今、時速70キロだ」
「……は?」
アリス達はそれだけのスピードに……、普通に追いついて来てるってことか?
「なあカズ、ラプトルって最速でだいたいどの位のスピードで走るんだ?」
「ラプトルってのは約40から50キロで走るとされている」
「へ〜……。なあカズ」
「なんだよさっきから」
あっ、少しイラッとしたなコイツ。
「お、お兄ちゃん、怒ってるの?」
そこで助手席に座るルカちゃんが俺のフォローに入ってくれた。
「いや、全然怒ってないから大丈夫だよルカ」
……いつの間にかルカちゃんをちゃん付けしねえで、普通に名前で呼んでる。
「んで? なんだよ?」
どことなく、カズがルカちゃんを怖がらせないように優しく聞いてくるもんだから俺はつい。
「なんか気持ち悪い」
その言葉を聴いたカズはジープを止め、俺は車の外に笑顔で引き摺り出された。
「あっ! やめっ! ちょっ! 悪かった! 悪かったから! あ! ブヘッ!!」
俺の悲痛な叫び声だけが辺りに響く。
その後、俺は首根っこを掴まれながら引きずられ、ジープへと戻った。
俺は体が痛くて動けないまま、カズは普通にエンジンをかけると走り出す。
くそ痛い……。
「お兄ちゃん、やっぱり怒ってるの?」
ルカちゃんに聴かれ、カズは満面の笑みでそんなことは無いと言って車を走らせる。
……まぁ、ルカちゃんはカズを怒らせることしてねえしな。
「ねえお兄ちゃん」
「ん?」
「さっき言ってた、アリスとか、らぷとる? って何?」
「アリスって言うのは俺の相棒のモンスターの名前だよ。モンスターって言っても、本来は恐竜って呼ばれる種類なんだけどな。アリスの他に、ヒスイ、ダリアっているよ」
「へ〜!」
「恐竜の中でも、ヴェロキラプトルって名前の種族なんだ。頭が凄く良い奴らでさ。本当なら絶滅って言っても解んないか、本当なら全部死んでいなくなってしまっていたんだ。ところがそのヴェロキラプトルの生き残りがいて、今は俺のパートナーになってる」
「良かったね、生きていて」
「あっ……」
迂闊すぎんぞ!
カズらしくもねえ、それは今使って良い言葉じゃねえだろ。
ルカちゃんは姉のニアちゃんが死んだ事を聞かされたばかりなんだ。だから生きてるとか死んでるってワードはタブーだってことぐらい解る筈なのに、この時のカズはそれを口にしちまった。
「あっ、その。すまない」
「ん?」
でもルカちゃんは、どうしてカズが謝るのか分からなかったみたいだった。
「その……、ニアを失ったばかりだと言うのに、聴きたくない言葉を言ってしまって……」
「ううん」
ルカちゃんは頭を横に振り。
「お姉ちゃんは死んじゃったけど、冒険者ってお仕事は危険なお仕事なんでしょ? だから、いつ死んでもおかしくないから覚悟はしててって、お姉ちゃんにずっと言われてたから大丈夫」
「ルカ……」
そうか、ニアちゃんはルカちゃんにいつ死んでもおかしくないから、その時は覚悟しててくれって話してたのか。
「それに、お姉ちゃんはお空の上でずっと見守ってくれてるんでしょ? もう会えないのは寂しいけど、お姉ちゃんならきっと見守ってくれてるって信じてるもん」
どしてルカちゃんがそんな風に思っているのか不思議だった。そこで何気なく美羽と沙耶に視線を向けると、微笑みながら頷いていた。
お前らがそう言って慰めてくれたのか。
いつの間にそんなことしてたのか知らねえけど、流石だなと思った。
「だからお兄ちゃん、色々な事を教えて?」
「あぁ、分かったよ」
カズも美羽と沙耶がそう説明したことに気づいたのか、バックミラー越しに、2人に感謝してるような目をしていた。
そしてカズはルカちゃんにアリス達の事をもっと教えた。
同時に、俺達がこちら側の人間じゃ無い事も。
でもそれはルカちゃんは知っていた。
聞けばニアちゃんが教えてくれたと話し、今度はルカちゃんがカズに色々と話を聞かせてくれることになった。
ニアちゃんがカズをどう思っていたのか。カズがどれだけ頼れる存在なのかを。
ほんと、ニアちゃんは心の底からカズの事が好きだったんだと再確認出来る話を、ルカちゃんはしてくれた。
同時に怒らせたらどれだけ怖いのかとか。
話しの中には、骸の存在とかも聞かされているようだった。現在確認されているモンスターの中でも最強の存在であり、周りからは"氷帝竜"や"絶対零度の支配者"と呼ばれたりする事もあるとも聞かされていたみたいだ。
そして、そんなモンスターをテイムせずに従わせる事が出来るカズを尊敬していると。
「早くその骸に会ってみたい」
ルカちゃんがそう言うから俺は後ろから。
「めちゃくちゃ怖いモンスターだぞ〜?」
そう言って、冗談半分で脅かした。
「怖く無いもん! だって、お姉ちゃんが話してくれたもん! お兄ちゃんがいない時はいつも側に骸がいてくれたって。見た目は凄く怖いけど本当は優しいって、言ってたもん!」
ルカちゃんが頬を膨らませて少し怒った顔が、なんか可愛かった。
「ははっ、ゴメンゴメン、悪かったから許してよルカちゃん」
だがしかし。
「お兄ちゃん」
「あいよ」
カズはまたジープを止めて外へ出ると、俺をまた引きずり下ろした。
「まって! ちょっ! あっカズ! あっ! ………………ああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「「(ルカちゃんなんて恐ろしい子!)」」
俺だけじゃなく、絶対に美羽達全員もルカちゃんの恐ろしさに気づいたと思う。
全てを受け入れ、和也達と一緒にゼオルクの街に向かうルカですが、果たしてそれが本当に正解だったのかは誰にも解りません。
さて、次回はまた新たなキャラが出てきますのでお楽しみに♪
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