第64話 会いに行くか
俺達2人は美羽達が待っている場所へ戻ると、そこには親父さんの姿もあった。
「親父?」
「……大丈夫か?」
親父さんは親父さんで、カズの事を心配してたんだな。
「あぁ、コイツのお陰でなんとかな」
そう言って親指を立てて俺を刺した。
「そうか。ありがとな、憲明」
「いやそんな、俺はたいして何にもして無いっすよ」
俺はただ、カズの話を聞いたにすぎねえ。だから感謝される程じゃねえからな。
「親父、ちょっと行きたい所があるんだ」
「ニアの妹ん所だな?」
カズが何処に行きたいのか、親父さんにはお見通しってことか。
「行ってこい」
「あぁ。まあ近くだから直ぐに戻る」
「親父さん、俺もカズについて行きます」
「あっ、私も行く」
俺がそう言うと、美羽達も一緒に行くと言い出した。
「んじゃ、一緒に行くとしよう」
カズはそう言って微笑み、ニアの妹がいる所へ俺達は行こうとした。
「ちょっと待て和也」
「あ?」
歩き出した時、親父さんが呼び止めた。
「その子が良ければの話なんだがな。こっちへ連れて帰って来い」
「親父……」
「ニアは俺も知らない訳じゃねえ。あの子は本当にいい子だったよ。お前が学校に行っている間、俺は何時もあの子と話をして一緒に笑ったりした仲でもあるからな」
そうだったのか……。
骸だけじゃなく、親父さんとも交流があったのか……。
だからあれだけ激怒したんだな。
その時の親父さんは、今はもういないニアとの想い出とかを思い出したのか、寂しそうな顔をしていた。
でも……、連れて帰ってこいとは? まさか……。
「俺にしてみりゃあの子は娘みてえなもんだったからな……。だから今更1人や2人増えたところで別に大した事じゃねえからな」
やっぱそう言うことか。
つまりそれは、ニアの妹を養子として親父さんが引き取っても良いと言ってるってことだ。
それは流石の俺でも察することが出来た。
「あぁ、それはいい考えだな親父。なんとかして連れて来ることにしよう」
「おう。行ってこい」
そうして俺達は親父さんに見送られ、ニアの妹の元へ今度こそ歩き出した。
「おい和也」
しかし、またしても呼び止められた。
「あ?」
振り向くと、今度は稲垣陸将がいた。
「ニアちゃんの妹が住んでる村は歩いたら結構な時間がかかるだろ? だからこれを使いなさいよ」
そこには1台のジープがある。
「俺、免許無いけど」
「何言ってんだよ。時々無断で乗り回してんの、知ってんだぞ?」
お前、無断で運転してたのか……。
「んじゃ……、遠慮無く」
「おう! 使え使え! 今回の事については目を瞑っててやる」
そして俺達はジープに乗り、カズはエンジンをかけた。
するとそこで親父さんは、後ろにいる人物に声をかけた。
「お前は一緒に行かなくて良いのか?」
その人物はBだった。
Bもどこか寂しげな顔をしているけど、頭を横に振る。
「ボクは此処に残るよ。だって直ぐ帰って来るんだし。それに何かあったらボクがこの街を守るよ」
「ほおう? それは心強いな」
「まっ、ボクだけじゃなく、彼も一緒に街を守ってくれるだろうしね」
今度はBが後ろにいる者へと視線を向ける。
そこには骸がいた。
ニアの話を聞いたのか、骸は悲しげな表情をしているのが分かる。
「骸もニアとは随分と仲が良かったからな」
そう言って親父さんは骸の元へ行き、鼻先に手を置く。
「骸……、ニアの仇である帝国を一緒にぶっ潰すぞ」
そう言われ、骸の煌々と輝く赤い瞳が強く光り出した。
<グルォアアァァァァ!!>
骸は空に向かって咆哮を上げた。
その咆哮は街全体に聞こえる程の音量で、おそらく街の人々は骸の咆哮を聴いて、怒っていると感じたに違いない。
同時に人々の心に火が灯っただろうな。
絶対に帝国を叩き潰すって闘志が。
……それから数時間後、俺達はニアの妹が暮らす村に到着。
時刻は午後1時を少し回っていた。
村の名前は"セムロイ"。友好国であるラーティムにその村があるってことで、俺達がジープから降りると、村の人達が何事だと直ぐにやって来た。
カズは村の人達に、ニアの妹が何処にいるのか尋ねて、その場所を教えて貰う事が出来た。
「妹の名前は知ってるのか?」
「ニアから聴いてる。"ルカ"って名前だ」
ルカちゃんか、可愛らしい名前だな。
そのルカちゃんが住む家に到着し、カズはドアをノックすると中から女の子の返事が返ってきた。
「はい。どうぞ」
どうぞって、開けてくれないのか?
言われるままカズがドアノブを回して開けると。
「いらっしゃいませ。えぇと、どなたですか?」
そこには目を閉じて、長い木の棒を持った少女が立っていた。
「初めまして、俺は和也って者だ」
名乗ると少女は明るい笑顔になって喜んだ。
「わああ! 和也様ですか?! 本当に?!」
「そうだよ。俺が和也だ。君はルカちゃんだね?」
「はいそうです!」
栗色の長い髪をおさげにし。姉同様、顔にほんの少しそばかすがあるけど、とても可愛い女の子だ。
「お姉ちゃんが帰って来るたびにいつも和也様の事を話してくれるんです! 会ってお話をしたいなって思っていたから来てくれて嬉しいです!」
「そっか……、それは嬉しいな。ところでどうして君は目を閉じているのかな?」
確かに、ずっと目を閉じたままだし、なんでそんな木の棒を持ってるんだ?
……もしかしてこの子。
「あっ、私、生まれつき目が見えないんです。あの……、ゴメンなさい、不快……ですよね?」
やっぱ目が見えてないからなのか。
「不快? 何故俺が不快な気持ちになると思ったんだい?」
「だってその……、目が見えないなんて気持ち悪いかなって思って……」
んなことカズは勿論、俺達全員がんなこと思う筈がねえ。
目が見えない? それで俺達が気持ち悪くなっていないか気にしなくても良いことだ。
「安心してくれ、そんなことは無いよ」
カズは目の見えないルカちゃんに優しい口調で話した。
目が見えないって事は、代わりに耳が良いし、言葉で相手の感情を読み取ることが出来るかも知れないな。
俺はその事をカズに教わった事があった。
前に白杖を持った、やっぱり盲目で困っている人と会ったことがある。
その時、俺はそれでもなんとか生きてきたんだから1人でどうにか出来るだろうって思っちまった。
でも、カズは違った。
カズは誰よりも早く、真っ先に「大丈夫ですか? なにかお困りですか?」、そう言った。
どうやらその人は知人を訪ねる為、初めて来たらしく、どうすれば目的の場所に行けば良いか解らなくなっていたらしい。
そこでカズはその人の肩を持ち。優しい口調でその人がどこに行きたいのかを聞いて道案内すると言った。
その人は安堵した表情でカズに感謝し、「段差がありますから気をつけて」、「合わせるのでゆっくり歩いても構いませんよ」。そう言って目的地へ一緒に歩いた。
正直、どうしてそこまで優しくしてやれるのか理解出来なかった俺は、その時にカズから色々と教わった。
同時に、俺はカズに怒られた。
『テメェは何にも見えてねえのか? テメェには優しさってもんがねえのか? 確かにあの人はこれまでなんとか1人で頑張って生きてきただろうさ。でもそれは周りの協力、助けがあったからこそだろ。初めて来た街や場所に、どうして1人で歩けるよ?』
確かにその通りで、俺は何も言えなかった。
そしてだんだんと無視しようとした自分に恥ずかしくなり、怒りが混み上がっていた。
理解しようともしなかった自分がめちゃくちゃ嫌になっちまったんだ。
同時に俺はカズが凄いなとも思えた。
だから俺はカズから色々と教わることにしたんだ。
「それは良かったです! なんだか元気が無さそうに感じましたので、もしかして不快だったのかなって思ってしまったものですから」
やっぱ予想は正しかったみてえだな。
「ルカちゃん。今日はとても大切な話があって来たんだよ」
「大切な話、ですか?」
「うん、そうなんだ」
首をかしげ、どんな大切な話なんだろうって顔でルカちゃんは考えた。
「後ろの方達もその話を知っているんですか?」
……マジで凄いな。
本当に凄いと思った。目が見えないのに、カズの後ろに俺達がいる事にルカちゃんは気付いていた。
「うん。俺の後ろにいる人達も知ってる話なんだ」
「どんな話ですか?」
そこでカズはルカちゃんと2人だけで話をさせてくれと頼んできたから、俺達は外で待つから何かあれば呼んでくれと言ってドアを閉めた。
暫くすると、家の中から泣き声が聞こえ始めた……。
何度も「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」と、ニアを呼ぶ声も。
とてもじゃねえけど、聞いているのが辛くてたまらねえ……。俺だって、まだニアちゃんが死んだって信じられない気持ちでいる。
いっそここから離れたい、そんな思いにもなったりもしたけど、俺達はその場から逃げず、カズが出てくるまで待った。
たった1人しかいない家族、お姉ちゃんを失ったんだ。それがどれだけ辛いことなのか、俺にはよく解りもした。
カズだって辛い気持ちの筈だ……。それでもそんなカズは今、俺達にどうにか悟られないようにしている……。
本当はおもいっきり泣きたい筈だ……。
正直、お前がいなかったらこういうことから目を背けて逃げ出してるかもしんねえ……。つくづくそう思うよ……。
それに……、1人でバルメイアに乗り込んで、あのクソヤロー共を皆殺しにしたいって気持ちが黙っててもそれがヒシヒシと伝わってくる……。
させねえからな? カズ……。殺るなら俺達全員も乗り込むからな?
もう……、お前だけ辛い思いさせたくねえ……。
俺はそう心に誓った。