第61話 愛ゆえに
「誰だか知んねえけどさあ。そいつも殺っちまえ!!」
ジュニスが兵士達に命令すると、兵士達は剣を抜いてカズに襲い掛かった。
「……は?」
でも、んなもんカズの敵じゃねえ。
カズは静かに立ち。4本の凶悪なゼイラムを使い、兵士達の頭と胴体を、……一瞬で切り離した。
「な、何をしたコイツ?!」
余りの速さに、ジュニスにはカズが今、何をしたのか全く見えていなかった。
「こ、殺せお前ら!!」
それでもジュニスは後ろにまだ控えていた多くの兵士達に命令を出し、再びカズに襲い掛かった。
それがどれだけ馬鹿で間違った事か知ることも無く……。
ー 皆殺しにしろ ー
カズのその命を受け。太古の殺戮兵器、ヴェロキラプトルのアリス、ヒスイ、ダリアが、牙を剥き出しにして兵士達を襲う。
アリス達は鎧を着た兵士達をどう殺せば良いか理解しているのか、鋭いカギ爪で鎧の隙間から喉を切ったり、爪で簡単に切れそうな箇所を狙って次々と殺して行く。
剣で応戦しようにも、アリス達にはスキル"韋駄天"と"危険感知"の能力を活かしているからか、全然掠りもしない。
ただただ兵士達は悲鳴を上げながら、たった3匹のヴェロキラプトル達によって殺されて行く。
「な、なんなんだよそのモンスター……。なんなんだよお前ええ!!」
テメェは怒らせちゃならねえ奴を怒らせたんだ。その報いを受けろ……。
その時、虚ろな目をしたカズから尋常じゃない殺気が放たれた。
けど俺達はそれ以前に、カズがどれだけ悲しい気持ちでいるのか解っているから恐怖を感じなかった。
だってそれは、俺達だってカズと同じ気持ちに近かったからだと思う。
そしてカズの殺気に当てられた兵士達は次々に意識を失い。意識を失っていない兵士は余りの恐怖によってか、奇声を発しながら膝を突いて動けなくなる。
するとアリス達はカズの殺気で意識を失って倒れた兵士達の首を、確実に足のカギ爪で切って殺して廻る。
意識があっても、奇声を発して動けない兵士には顔をわざわざ覗き。今から殺されるって恐怖を与えながら見事な足捌きで喉を掻っ切って殺して行く。
中にはわざと兜を外された兵士達が何人かいて。「助けて、殺さないで」と泣きながら懇願する奴もいるけど、そんな連中をアリス達は唸りながら覗き見て。見られている兵士達は顔が当たらない様に横を向こうとする。
……もうお前らは助からねえよ。
「た、たすけ……て……」
<…………ギュエェェェェ!>
「ぎあぁあぁあッ!!」
そのままアリス達は兵士達をまた、次々と噛み殺す。そんな殺しかたをするから、アリス達の美しい体が、そんな兵士達の大量の血で赤黒く染まっていた。
そんな中、気がつけばジュニスは既に逃げて姿が無い。
その場に生きた兵士ももう、誰1人として居なかった。
ジュニスを追おうと思えば直ぐにでも追いつけるだろうけど、カズはそんな命令を出さず、血で汚れた美しき殺戮者達を呼び寄せると水魔法でその体を洗い流す。
そして……、カズはゆっくりとルーナファーレの花畑へと足を踏み入れた。
「ゴメン……、本当にゴメン……カズ」
俺は泣きながら謝ることしか出来なかった。
でもカズはそんな俺の肩に手を乗せ、逆に謝ってきた。
「謝るのは俺だ、すまない。辛い想いをさせて本当にすまない……。頑張ってくれて……、ありがとうな」
その手に自然と力が入っているのが分かる。
俺は、ただただ謝ることしか出来ないでいたけど。カズのその言葉を聞いて、俺は泣き叫んだ。
「ニア、遅くなってすまない」
カズはニアちゃんに笑顔を向けながら俺から離れる。
「かず…や様…、かずや様……、和也様、和也様、和也様和也様和也様和也様和也様和也様和也様様和也様」
目の前に大好きな男が現れ、ニアちゃんは何度もその名を呼び続けた。
「ガイア、お前もありがとうな」
<ガアァアゥ……>
「そいつを離してくれて良い、後は俺が……」
ガイアはヘカトンケイルの腕を抑えていたツタを離し、数歩で俺がいるところまで後ろに下がった。
「ニア、それに他の皆んなも、待たせてすまなかった」
カズは笑顔でそんなヘカトンケイルに……、いや違う。ニアちゃん達にそう話しかけると。
「う、うぁぁぁ……」「待っ……て……た……」
「カ……カズ……ヤ……ゴメ……」
「ありが……と……」
俺達はヘカトンケイルにまだ取り残された人達の声を聞いて。どれだけカズが来てくれるのを願ってたのか、それが辛くて、悲しくて、涙が止まらない。
ヘカトンケイルにされた人達がゆっくりと、カズに近づく中。その場から俺達は一歩も動く事はせず、ただ黙ってその最後をこの目に焼き付けたいと思った。
「今……、お前達を楽にしてやる……」
その話し方に、俺達はカズが必死に感情を押し殺そうとしているのがよく分かる。
その後直ぐ、数発の発砲音が辺りにこだました……。
……カズは皆の頭を銃で撃ち抜いたけど、やっぱりニアちゃんだけは撃てないでいた……。
「ニア……」
カズ……。
手から銃を落とし、あのカズがついに泣き始めた。
「なんで……こんな事に……」
「和也様、和也様、和也様、和也様」
他の頭の人達を失ったからか、ヘカトンケイルだった時の体は小さくなり、そこにはニアちゃんがその場に立っているだけになっていた。
もうヘカトンケイルじゃ無くなったニアちゃんは、ゆっくりとした足取りでカズの元へ歩き出し、優しく抱きついた。
「和也様、和也様、泣かないで、泣かないで、泣かないで」
カズの名前を呼んだ後、今度はカズの涙を見て泣かないでと伝え始める。
そして……。
「殺して」
「ッ!」
残酷過ぎる! なんで……なんでこうなっちまうんだよ……、チクショー!
カズとニアちゃんの事を想うと、俺はおもいっきり口にだしてそう叫びたかった……。
そしてカズはニアちゃんの願いを叶える為に右手で抱きしめ……、カズはニアちゃんと最後のキスをした。
そこには確かに、見てるだけで2人の間には深い愛で結ばれているって思うようなキスを……。
そのままカズは左手に、もう一丁ある銃を抜くと強く握りしめ……、ニアちゃんのこめかみに銃を突き付けた……。
「さようなら……、ニア」
「さようなら、私の大好きな和也様」
「…………クッ!」
……最後の引き金が引かれ、発砲音が無情にも響き渡る……。
ニアちゃんの腕がぶらりと垂れ下がり……。ニアちゃんが……、完全に死んだ瞬間だった……。
「ニアァァァァァァ!!」
その時のニアちゃんは、とても満足そうに微笑んでいた……。
最後の最後に、大好きなカズに抱かれて死んでいける。
だからそんな幸せそうな顔が出来るのかよ?
「なんで?! なんでこうなった?! なんでなんだよ!!」
カズはニアちゃんの体を抱きしめて泣き叫ぶ。
すると、ニアちゃんの体がカズに抱かれながら溶けて消え始めた。
「消えるなよ! オイッ!! 消えないでくれよ!!」
そんな願いは届かず、無慈悲にもニアちゃんの体は跡形も無く溶けて消えた。
「クソッ! クソックソックソックソッ! クソったれがあぁぁ!!」
辛すぎる……!
今の俺達には何も出来ない。それもまた辛すぎた……。
その間にもカズは地面に手をついて泣き叫び続ける。
その時、地面に何かが月の光で光るのを目にし、カズはそれを拾った。
「これ……は……」
それはハート型のネックレスで、地面を良く見て見ると、他にもネックレスやブレスレットがあちこちに落ちていた。
それらは全部、ヘカトンケイルにされた人達が身につけていた物なんだろ……。
よっぽと思い入れがあるからなのか、それらだけが残されていたみたいだ……。
中には身に付けていた人の名前がちゃんと彫られている。
カズはそれら全てを拾い集め、大事に懐へとしまった。
でも……、ハート型のネックレスだけは懐に入れず、いつまでも見つめている。
「カズ……」
俺がカズの元へ行くと、カズは泣きながら必死で微笑もうとする顔で俺の方へ顔を向けた。
「これ、この間俺がニアに初めてプレゼントしたネックレスなんだ……。アイツ……、アイツに……ッ!」
やっぱ……、ニアちゃんのか……。
「カズ!」
その時、今度は美羽がカズを後ろから抱きしめた。
「辛い、辛いよね……カズ」
「俺の……、俺の"変換"の能力でも……、アイツらを助けてやれなかった……。だってアイツら、もう死んでいたんだ……。無理矢理あんな化け物にされちまってでも……、そこにはアイツらの魂だけが取り残されていた……。だから……、だから誰かがアイツらをちゃんと送ってやんなきゃならなかった!」
っ! やっぱそういうことか……。
死んだ者は生き返る事は出来ない。
死んだ者はきちんと送らなければならない。
"死霊術"でその人の魂を呼び寄せてでも、肉体は既に死んでいる。
カズなら例えそうでも、"変換"の力を使って平気でやれただろうさ。でもしなかった……。
それは死者は死者でしかないからってこともあるだろうが、新たな肉体を用意しようとしても、それは生きているとは言えないもんな……。
んじゃ、ガルみたいに武器に魂を憑依させられなかったのかとも思う。
カズなら出来ただろうさ。
ガルの場合は冥府から悪魔の魂を呼び寄せている。それはカズに呼び出され、再び現世でその力を奮いたいと強く願ったからこそ、カズの声に応え、そしてガルを生み出した。
でも、ニア達はどうだ?
カズがどうしてそうしなかったのか、俺達はカズが落ち着いた頃にその理由を聞かされた。
それはニア達の魂が既にボロボロになっているからであり、下手に武器に憑依させようものなら魂そのものを破壊しかねないからだって事だ。
そうなった魂は、永遠に輪廻転生する事なく、この世から完全に消えて無くなる。
だから今は送り出すしか無かったと。
その後、どうにか立ち直ったカズはルーナファーレの花畑の真ん中に、ヘカトンケイルにされて死んでいった人達の為に墓を作った。
その墓の前で、俺達は手を合わせて供養する。
俺達にはそれしか出来なかった。
「夜の灯火が、お前達の行く道を照らすだろう」
ん? カズ?
カズのその言葉に俺は、何故、そう言ったのか不思議に思えた。
でも今はどうでも良かった。
「……帰ろう、カズ」
「……あぁ」
そうして一通りの事を済ませ、俺達は街へと帰ることにした。
ガイアはヘカトンケイル戦でだいぶダメージを負ったが、この地を守る為、墓の前で暫く眠ってから帰るみたいだ。
カノンとクロ、そしてギルはカズが"変換"の能力で傷やダメージを回復してくれて、なんとか元気にはなったから動ける。
その帰り道。しばらくの間は誰も口を開く事無くただ黙って歩き続けた。
……どこが人間至上主義だ? 人を人とは思わねえで、よく言える……。
戦争を仕掛けてくるなら仕掛けてこいよ。テメェら全員、俺がカズに代わって皆殺しにしてやんよバルメイアのクソヤロー共!
好きな人をその手で殺さないといけないって気持ちは僕には解りませんし、解りたくもない事態です。
でも、和也はニアを解放するため、辛い決断をしなければなりませんでした。
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