第56話 月光華 2
「ねえ……、お金と言えば何か忘れてない?」
金? ん~? 確かに金で何か忘れてるような?
「ほらノリちゃん、ソラを良く見てよ」
なにかを思い出したのか、美羽に言われるがまま俺はデーモンズ・ベアーの子供であるソラを見た。
<クウ?>
可愛い。目が6つもあるけど、まだ子供だからか愛嬌があって可愛い。
ソラは目をパチクリとつぶらな瞳を瞬きさせながら、通常の右手の人差し指をしゃぶりながら俺の顔を見つめてくれる。
「可愛いな、ソラ」
なんだかホッコリとするな。
「いや可愛いけど、そうじゃなくて。前にカズがデーモンズ・ベアーを倒したでしょ? その時のお肉や骨をカズは帰ってから売ったじゃない。カズは売ったら私達にも取り分を用意しておくって言ってたでしょ?」
はっ!
俺達はその時の金を今だに貰っていない事を思い出した。
カズ1人で倒したから俺達の取り分は少ないだろうが。それでも1人、数千万は手元に入る。
その事を考えてか、俺達は自然と、変な顔で微笑みながら夜の空を見上げた。
「うふっ、うふふっ、確かにそうだよな」
金が入ったら何を買おっかな~、やっぱバイク欲しいな~。
「あの時のデーモンズ・ベアーが幾らになったのか知ってる」
なんだと?
セッチの言葉に全員の顔が一斉に向いた。
「確か。この間のデーモンズ・ベアーは全部で3億8200万で取り引きされた筈」
さ、さささ、3……億?
流石にその金額を聞いて、俺達の心が躍る。
いやでも……。
「いや、でもここはやっぱカズが多く取るのが筋だろ。だって俺達は何にもしてねえんだぞ? 俺達はただ見ていただけだ。だからここはどれだけ貰おうと俺は文句を言う資格はねえから、貰えるだけ感謝しねえとアイツに悪い」
1千万でも2千万でも良い。カズが取り分だと言って金をくれるだけで俺は嬉しかった。
そこで俺はふと、ある疑問が生まれる。
「なあ、カズってなんであんなに金を持ってんだ?」
それは誰もが思っても口にしなかった事だった。
カズがどうしてとんでもない金額を持っているのか、俺は不思議でならなかった。
「それは、あの人が過去にデーモンズ・ベアーを3匹倒してそれを売ったからでもありますし。未発見だったタイラント・ワームを生きたまま捕獲し、新種登録した後にその功労が生物学会から御礼として謝礼を貰い。組長が留守にしている時。Sランクのモンスターが街を襲って来たので私と骸、後は朱莉さんを含めた4人でそのモンスターを討伐。その討伐料を沢山貰いました。他にもあの人が新種として捕獲したモンスターが沢山いるのでその度にお礼を貰ってるから結構な額になるかと」
俺達は目を細めて笑顔を作り。皆で「あぁ、成る程ねえ」としか言えなかった。
驚きを通り越して、最早笑顔になるしか無い……。
「ちなみにルプトラ・マンティスもあの人が発見したモンスターで種族の名付け親。他にクレッセント・ビーもそう」
「「(えぇぇ……)」」
「でもマンティス系モンスターの中でも、"ナイトメア・マンティス"は別格の強さだったから、あの人でも苦戦した」
「ナイトメア・マンティス?」
またなんか凄そうな名前のモンスターだな。
「ナイトメア・マンティスは非常に凶暴で狡猾。"光学迷彩"のスキルを持ってる為、完全に姿を消せるから厄介。腕の鎌は全部で6本もある黒くて巨大なカマキリ。ランクはSに認定されているから危険」
はい出ましたSランク。
そんなモンスターに今は絶対に出会いたくねえな。
「ちなみによ。もしかしてさっき街を襲ったモンスターってそいつか?」
恐る恐るセッチに聴くと、セッチは頭を横に振って否定した。
「街を襲ったのは"グランドスライム"」
「スライムってあのスライムか?」
スライムって最弱モンスターの代名詞だろ?
「グランドスライムは異常発生したスライム達が1つに合体する事で生まれる存在。周りの空気を毒ガスで汚染し、触れるもの全てを腐らせる。グランドスライムを倒すのにかなりの時間がかかった」
「どの位かかったんだ?」
「1時間」
なんだ、たったの1時間かよ。
そう思って俺達は笑ったが、この時の俺達は何も理解していなかった。
「よく考えて欲しい。私と朱莉さん。それにあの先輩と骸がいて1時間もかかると言う事がどう言う事なのかを。私は暗器とスピード。朱莉さんはそのパワーとスピード。そして骸は最強と呼ばれるモンスターで普段はランクS程の力にセーブしてますけど。本来であれば軽くSSランクのモンスターです。そしてそこにあの先輩。どれだけ厄介なモンスターだったか理解出来る筈」
あっ……。
よくよく考えれば確かにおかしい……。なんでそれだけのメンツで1時間もかかったんだ?
セッチと先生でじゃそんなモンスターと戦うのは相性が悪いかも知れない。
でもそこにあのカズと骸。
骸はあらゆる物を凍らせる絶対零度の支配者。カズはあらゆる物を別の物に変換しちまう最強スキル、"変換"を隠し持っていた……。
骸なら遠距離からただ凍らせれば良い。そうだとしても時間がいくらなんでもかかりすぎるな……。
カズなら毒ガスを正常な空気に変換して、あらゆる物を腐食させてしまうのであれば変換の力で食い止める事も出来た筈だ。
そんな1人と1匹がいるにも関わらず、1時間も時間がかかった?
それだけの力を持っているならもっと早く時間をかけずに討伐出来るだろ。
いったい何故それだけの時間がかかったのか考えるうちに、俺はそのグランドスライムってモンスターが恐ろしく思い始めていた。
「確かにおかしな話だな……。アイツらならもっと早く終わらせられるもんな。いったい何があったんだ?」
するとセッチは暗い顔になると、顔を俯かせる。
いったいどれだけ恐ろしい相手だったんだ……?
SSランクのモンスターである骸がSランクのモンスターに苦戦するなんて考えられない。
ましてやあの極悪に等しい力を持つカズまで苦戦するなんて到底考えられない。
下手をしたらそのグランドスライムはSSランクだったのか?
そして、セッチはゆっくりと顔を上げると、何故それだけ時間がかかったのか説明した。
「理由は……」
俺達はその時、固唾を飲んで耳を傾ける。
「理由はグランドスライムのスキルにあります……。グランドスライムが持っていたスキルの中に、"能力無効化"と言う、アルティメット・スキルが存在している事をネイガルさんが鑑定眼でどうにか確認。お陰でどんなスキルを持っているのかやっとの事で判明したんですが、それまでに相当な時間を使いました……」
セッチによると、"能力無効化"によってネイガルさんの鑑定眼も最初は無効化されていた。けど自衛隊の全包囲からの一斉射撃でどうにかその隙を作る事に成功し、ほんの一瞬でもそのスキルを持っている事が判明させるだけでも良かったと話す。
そこでカズはグランドスライム討伐方法を練り。能力で倒すのでは無く、能力を活かして倒す事にした。
グランドスライムの上空に、骸が巨大な氷の塊を形成。カズはその形勢された氷を水に変換させるとレンズの形に整え、太陽の光を使ってグランドスライムを燃やす事にしたらしい。
さすがの発想だなと思える。
グランドスライムがパニックに襲われたところに、あのカズは"豪雷爆炎龍"を放ち、それでようやく討伐する事が出来た。
ちなみにその威力は初めて俺達が見た時より数倍の破壊力だったらしい。骸は周りに被害が出ない様、出来るだけグランドスライムの近くで分厚い氷の壁を作り、そこまで被害を出さずに済んだ。
他にも方法が無い訳じゃないけど、それをセッチは口には出せない内容だと話した。
やっぱ化け物じみてるけど頼りになるな……。
だからそんなカズだから大金を手に入れる事が出来たのか。
「成る程な。だからアイツそんだけの金を持ってるのか」
俺の言葉に、周りの皆んなは呆れた顔で納得していた。
「ちなみに。先輩は皆さんひとりひとりに最低でも5千万は渡すとか言ってました」
そのとんでもない情報に衝撃が走った。
「「5千万?!」」
「はい。まあ倒したのは先輩ですから? 先輩の取り分として1億2800万は先輩のものです。残りは皆さんに分けると」
俺達はこの場にいないカズに、泣きながら感謝した。
借りた借金で幾らか消えるけど、それでも十分だ。
「さて。それでは次の用事を済ませるとしましょう」
そう言うとセッチはルーナファーレの花を幾つかナイフで綺麗に刈り取る。
「あれ? カズにプレゼントするんじゃ?」
ヤッさんは、セッチがカズにプレゼントする為に来たと思っていた。
「確かに先輩はルーナファーレを育ててみたいと思っています。でもその先輩がこの花はここに存在するからこそ価値があると言って、持ち帰る事をしませんでした。だから今回はこの花を幾つかギルドに持って行って換金します。この花は存在自体が幻。だから希少な薬を作るのに使われるから価値がある」
おい、幻ならそれをホイホイと持って帰って良いのかよ?
「へえ〜。でもそんな花を持って行っても大丈夫なのか?」
すると一樹が質問した。
うん、その通りだよな?
「問題無い。幻と言っても、年に何度かギルドに持ち込まれる事がある。この花1つで金貨5枚は貰える。今回は5個だけ持って帰って換金する。先輩達も持って帰る?」
あぁ……、さいですかぁ……。
それでも金貨5枚ってのはなかなかだ。
「いや、俺達は持って帰らねえよ。俺達ひとりひとりが5個ずつ取って帰ったら、ギルドもどこでそんなにあったってビックリするだろ? それに……、この綺麗な花畑を出来るだけそっとしておきたい」
俺がそう応えると、セッチは僅かに微笑んだ。
「でもなんでここを誰も知らないんだ?」
そんなに山奥でも無いから、人が来てもおかしくは無いと思うんだけどな。
「それは、この周りに強力なモンスターが生息しているから、近づきたくても近づけない」
はい?
「強力な、モンスター?」
美羽は口元を引き攣らせている。
「この辺りはSランク・モンスター、"エンシェント・フォレスト・ドラゴン"の縄張り。迂闊に近づくと怒ったエンシェント・フォレスト・ドラゴンが襲って来る」
それを聞いて余計恐怖で体が震える。
「でも大丈夫。襲われない」
「え? なんで?!」
沙耶が緊張した顔で聴くと。
「彼はこの山一帯を棲家にしている。元々はとても心優しいドラゴン。でも、数年前に先輩が彼と出会い。私達はここに来る事を許されている。だから私がいるから襲って来ない」
「許されている? それはどうして?」
美羽が聴くとセッチは微笑んだ。
「先輩が、初めてテイムしたモンスターだから」
なっ?!
「以来、彼は此処を棲家にしたまま守っている。不用意に近づけば彼が怒って追い返す。だから誰も傷付けてはいないから大丈夫」
つまり……、遠回しにここはそのエンシェント・フォレスト・ドラゴンの縄張りであり、カズの縄張りでもあるって事だよな?
「まあ、まさかここにユクトルセルアが生息しているなんて、全然気づかなかったけど。きっと彼が此処を護っているから安心して暮らしているんだと思う」
確かにな。
Sランクのモンスターがいれば他の脅威は滅多に無いだろ。
それに、エンシェント・フォレスト・ドラゴンが優しい性格だから、カノンの仲間や希少な動植物が絶滅する事なく暮らしている訳か……。
だからと言って危険が無い訳じゃねえ。ここにはにルプトラ・マンティスとか、他にも危険なモンスターが生息している筈だ。
でも、それが自然の生態系ってやつだから俺達はそれが普通な事なんだって理解することが出来た。
「あ。来た」
「え?」
セッチが山脈方面の森へ視線を向けるから、俺達は何が来たんだろうとそっちに目を向けた。
すると森の中から地響きを立て、巨大なモンスターがゆっくりと姿を見せた。