第53話 会議<和也side>
出来るだけ南へは行かない様に、街に暮らす人々に通達を出さなければならない。
しかし今、街を離れている多くの冒険者やハンター、それに行商人等にどうやってその通達を出すかが問題だ。
その為、俺は街の代表者10人と会議をしていた。その他には冒険者ギルド支部長のウルガさんとネイガル商会のネイガルもいる。
代表達と言うのは、この街に暮らす貴族達の事であり。日本側からその貴族達によってこの街の運営を任されてもいる。つまり日本とこの街のパイプ役だ。
本来この街は日本によって小さな集落と、友好国を守る為に特殊駐屯地が造られた。
その集落に友好国から人が続々と集まり。奴隷制度で苦しめられてきた者や迫害を受けてきた者達を助けたり受け入れたりし、どんどん大きくなって行った。
そこを友好国は日本の領地とする事にし、ますます発展した。
そんな中、日本の支援をいつまでも受けていてはこれから先もずっと依存してしまうと考えた日本政府は。
初めに集落に住み。商いで成功した者にある提案を出した。
それは、この世界のやり方に則り。貴族制度を立ち上げてこの街の発展を任せ。街のルールから運営等全てを任せる事。
日本側は、いざという時の盾となる事だけの存在に徹し、街からほぼ手を引く。
その為、街の防衛に自衛隊と、俺達夜城組が治安を守っている。
簡単な話。言わば日本のパイプ訳の他に、この世界における街の市議会議員の様なもんだ。
そしてこの場に集まっているのはそんな貴族達は皆、それぞれの店舗を構えている社長でもある。
その場には。自衛隊から陸将の"稲垣浩和"って人が、数人の部下と共に参加していた。
稲垣浩和。
歳は50代前半。身長は180センチ。
前髪が幾らか白髪混じりでグレーがかっている、至って普通の髪型。
顔は真面目そうでいて優しそうな目をしている。でもこの人には一つ、悩みがある。それは、今だに未婚だと言う事。
んなもん知ったことかよ。
これまで良い人はいたみてえだが、結婚まで行き着けていないらしい。
だから最近は諦めつつあるって聞いた。
まぁ、それには色々と訳があるんだけどな……。
「それで? 日本としてはどう御考えなのかお聞かせ頂きたい」
ギルド支部長のウルガさんが稲垣さんに質問を投げた。
「日本としては出来るだけ穏便に済ませたいと言うのが本音ですね」
稲垣さんはウルガさんだけでなく、その場にいる全員に話す。
「現在我が国の特殊工作員からの報告によりますと。帝国側は現在、大規模な徴兵をしているそうです。それと、情報をこちら側に流してくれた者の話によりますと。帝国の地下で、何か怪しい実験を毎日繰り返ししているようでもあります」
「稲垣陸将。やはり攻めて来ると考えるべきなのでは?」
そう聞いたのはネイガルだ。
「以前。仕入れ先の1つが何やら帝国に変な事を聞かれたそうなんです」
「変な事とは?」
「それが眉唾ものの話だったとかで、そこまでは教えてくれませんでした。ですが。その話が眉唾ものでなければ、それは伝説級の魔人を復活させれるんだとか」
「伝説級の魔人。ですか?」
「はい。それ以降、その行商人から仕入れをする事が出来ず。その行商人が忽然と姿を消してしまいましてね……。私としては仕事を畳んでのんびりと何処かで暮らしているのではないかとも思ったのですが。その後暫くしてから帝国の話が出始めましたので、少し心配になりまして」
「それはどの様な行商人でしょうか?」
「種族はヒューマン。いや、人間です。歳は46だったかと。身長は小柄でかなり太った男でして。特徴としては左足を失ってからと言うもの、棒を足に付け、杖を使ってます。名前はローラン。"ローラン・ジョナー"です」
「直ぐに調べて」
ローランか。その男なら俺も何度か会ったことがあるから解る。
稲垣さんは後ろに待機している部下に調べるように伝え、行方を調べることにした。
「無事だといいのですが、一応部下に調べさせますので」
「感謝、痛み入ります」
ネイガルは稲垣さんに対し、右手を胸の前に置いて感謝した。
「他に何か変な噂を聞いたりしたと言う方はいらっしゃいますか?」
そう質問するが、他に情報はない様で皆んな黙っていた。
「ちょっと良いですか稲垣陸将」
そこで俺は口を開いた。
「帝国側が他にも変な行動をしているって報告を受けてますよね? それはどうなってんすか?」
それは夜城組と自衛隊も目撃し。他にも多数の冒険者やハンター達からも報告が上がっていた。
報告によると、帝国側の兵士が数人ずつ、なにやらコソコソと隠れて動いているらしい。
しかし、その場を調べてもなんらおかしなものが見つかっていない。
「おまけにここ最近、冒険者やハンター数人が行方不明になってます」
「それは依頼に失敗し、モンスターにやられたからなんじゃ?」
「確かにパーティが全滅するってのはよくある話です。でも、そのパーティはこっちに帰ってきてる途中で消えてしまってんですよ?」
そこで俺は懐ふところからタバコを取り出し、吸い始めた。
「あり得なくないですか? 受注した依頼を失敗しようと達成しようと。生きてるならまず受注したギルドに戻って来て報告するのが当たり前だ。ところがそのパーティは帰ってきていなければ、他の街や国に顔を出したって話を聞かねえんですよ?」
「きっと事故にでもあったんでしょ。動けなくなったところにモンスターに襲われたか、盗賊に襲われたかして帰ってこれないんじゃないかな」
それは確かにあり得なくも無い話だ。稲垣さんがそう思うのも無理は無い。
過去、それで命を落とした奴らがいるのは事実だからな。
そこで今度はウルガさんが口を開いた。
「待ってください稲垣陸将。確かにあり得る話ではあります。しかし、現在この街と他の国や街に行く為の道は我々ギルドが請け負い。危険な場所は避けて舗装されています。ましてや道の途中途中には小さな休憩所や宿泊施設を設け、そこには人間族だけでなく。友好を深めたエルフやゴブリンと言った他種族が交代で行き交う者達に料理を提供したり、宿を運営しています。その事はこの街の者だけでなく、周りの国々にも知られているんですよ? わざわざ別の何処かでベースキャンプを設置するとか……、考えられません」
「では宿泊費用が足りなくてどこかでベースキャンプを設置でもしたのでしょう」
「それなら他の冒険者やハンター達が見かけている筈です! それに先程言われた事故か何かに巻き込まれたとしても。それを伝えに必ず誰か1人は休憩所に助けを求めに来る筈です!」
「そうですか。では我々の方でその冒険者やハンター達が通っていた道を調べて見る事にしましょう。それとその道沿いにある施設の従業員達からも話を聞く事にしましょう。もしかしたらそこで誰かに襲われたのかも知れませんしね」
その言葉に、ウルガさんが怒りをあらわにしていた。
「それは、その道沿いにある施設にいる者達を、疑っていると言う事ですか?」
「他に何か?」
「っ……! それはどう言うつもりだ! 何故彼等を疑う!」
「何故って。やはりそれは金銭目的でしょう。施設には人間やエルフだけでなく、ゴブリンやオーク、コボルトも交代で働いている。彼等はモンスター。いっ時の感情でどう動くか分かりはしない」
「モンスターと言ってもアイツらは亜人種だ! でもアイツらは俺達と友好を深め、お互い協力し合って生きている! 全部が全部悪い奴らなんかじゃ無い!」
ウルガさんはその時、テーブルを叩いて否定した。
確かにその通りだ。
ウルガさんの気持ちはよく解る。でも、信じてるなら逆に事情聴取に協力した方が良いとも思えるな。
「ましてや施設にはアンタら自衛隊も何人か交代しながら護衛をしていた筈だ! それなのに疑うのか!」
「はい」
「なっ……!」
ウルガさんは稲垣さんの言葉に驚き、声が詰まる。
ここは俺がウルガさんを説得する必要があるな。
「ウルガさん。アンタの気持ちはよく分かるよ。でも日本って国の自衛隊はさ、疑わしき物は罰せよ、って訳じゃなく。国を守る訳でも無く。民を守る為に存在している。だからこの街の人々を守る為にもとことん調べなきゃならない。もし、その中に帝国側の間者が紛れ込んでいたらどうする? それを心配してんだ。彼らを信じているなら、分かるだろ?」
「ちっ……、分かったよ」
それから会議は1時間も続き。終わってから俺が会議室を出ると後ろから声をかけられた。
「さっきは助かった」
稲垣さんだ。
「別に。正直、俺は俺で納得出来ないところがあるんすけどね」
俺は仏頂面でそう言い、その場から立ち去って飯を食いに行こうと考えた。
「ははは、君は相変わらずだな。どうだ? 久しぶりにこれから飯でも行かないか?」
珍しいな。
俺はちょっと考え、その言葉に甘える事にした。
向かった先は幾つもの飲み屋が立ち並ぶ飲み屋街。その中の1つ、"リンちゃん食堂"と言う居酒屋の様な店へと入った。
「あらいらっしゃい、どうぞ座って座って」
声を掛けてきたのは割腹の良い、オークのおばちゃんだ。
「久しぶりじゃない稲垣さん。なに飲む?」
「ビールを」
稲垣さんはニコニコとしながらビールを注文し。
「俺はコーラ」
俺はコーラを頼んだ。
「はいよ、ちょっと待ってて」
おばちゃんは微笑みながら冷蔵庫から瓶ビールとコーラの瓶を出し。蓋を開けると俺達に渡し、次にコップを出す。
おばちゃんがオークじゃなく人間であれば、本当にどこかの居酒屋としか思えない。
俺達は互いのコップにビールとコーラを入れあい、乾杯をしてまず一杯目を一気に飲み干す。
「ふうぅぅ、美味い」
「しっかしホント、2人して顔を出すのは久しぶりだねぇ」
オークのおばちゃんはよっぽど嬉しい様だ。
「今日はまだ俺達だけかい? "りっちゃん"」
りっちゃん。それがこのオークのおばちゃんの愛称。
「今日はちょっと用事があって店を開けるのが遅かったからね。そろそろいつもの顔ぶれが来るはずさ」
「なんだ、そうだったのか」
「何か食べるかい?」
「そうだね、それじゃぁ」
稲垣さんは取り敢えずポテトサラダと鳥の唐揚げを注文し。それを俺と分けて食べる。
「ところで最近どうなんだ? 彼らは」
彼らと言うのは憲明達の事だろう。俺がアイツらと行動を共にしている事は、殆どの連中に知られているからな。
「どうってのは?」
「君の足枷になってるんじゃないかと思ってね」
「………」
足枷か……。
俺はその質問に答える気は無かった。
だからただ黙ってコーラを飲みながら食事を続ける。
「それにだ。彼女の事も聞いてる。本当に側に置いといて大丈夫なのか心配なんだよ」
稲垣さんは誰から聞いたのか、ベヘモスの事を聞いてくる。その目は本当に俺を心配している目だ。
「……いったい誰から聞いたのかは聞かないでおくとしてだ。アイツの事を他に誰が知ってる?」
俺は横目で稲垣さんを軽く睨んだ。
「知っているのは俺の他に数人。安心してくれ、口は固い連中ばかりだ。それと特戦の連中だな」
稲垣さんはそう言うとコップにビールを注ぎ、一口飲む。
「信用出来ねえな。……いざとなったらそいつらの記憶を無理矢理にでも消させてもらう」
「怖いな相変わらず、ははは!」
「笑い事じゃねえんだよ。アイツをそこまで警戒する必要はねえよ。だから監視するのはやめてくれないか?」
「それは出来無い相談だ。和也」
俺は数人の自衛隊員が、ベヘモスを監視している事に気が付いていた。
なぜなら俺は、"索敵"の能力を持っているから、直ぐに気づいた。
俺が何故、稲垣さんとプライベートな関係を持っているのかと言うと。稲垣さんは親父の友人の1人だからだ。
1人はヤクザ。1人は政治家。そしてもう1人は自衛隊の陸将。
だから俺は稲垣さんのことをガキの頃から知っていた。
「アイツはそこまで危険な存在なんかじゃねえよ」
「それを決めるのは我々では無い。理解してくれとは言わないさ。だが、人々を守る為にもいざという時の為に備えていなくてはならないんだ。もし、彼女が我々の敵に回ったら、どう責任を取るつもりなんだ? 和也は」
ちっ……、相変わらず頑固な人だな。
「あぁはいはい、分かったよ。だったら監視しているこった。俺は好きなようにアイツを側に居させる」
「気は確かかって言いたいよまったく。まぁ……、君ならどうにかアレを止めれるとは思うが」
稲垣さんはそこでポテトサラダに箸を伸ばし、口へと運ぶ。
「なあ和也。……流石にアレには手を出してないよな?」
俺がいろんな女と関係を持っている事を、この稲垣さんは知っていた……。
だから……、なにも言えない……。
「………」
俺は黙って唐揚げに箸を伸ばして口に運んだ後、タバコを吸い始めた。
「おまっ、まさか……?!」
稲垣さんが溜息をついて頭を抱えた。
「恐れ知らずにも程があるぞお前……。その事を知ってる奴は居ないんだろうな?」
「知ってる奴か……。一般人の1人に抱いてる所を一度見られた」
「お前って奴は……。どこの誰にだ」
「俺の元カノの志穂」
「あぁ、あの子か……。なんでまた見られたんだ、えぇ?」
「勝手に俺の部屋に入って来てどっから見られていたのか。取り敢えずアイツの裸は見られた」
そこでコップに入っていたビールを一気に飲み干した稲垣さんは、りっちゃんにビールの御代わりを注文する。
「気をつけて行動しろ。相手はあの志穂ちゃんなんだからな」
稲垣さんは志穂がどんな女なのかを、過去に部下を使って調べさせ、その性格を把握している。
んなもん俺だって分かってるさ。アイツの性格上、何をしてくるか解ったもんじゃねえからな。
「分かってるよ言われなくてもな。アイツは相当しつこい性格だって事は、俺が1番理解してるつもりだ。いざとなったら記憶を消す」
「だから記憶を消すとかって言うな、怖いから。それで? アイツをこれからどうするつもりだ?」
「アイツは俺に惚れてる。だからアイツは俺の為に動くだろうな。だから下手な行動はしない筈さ。それは俺の方からアイツに言ってあるしな」
「ならいいんだが……」
それから2時間程その居酒屋で食事し。ベヘモスの事以外に帝国の話等、色々と話をしてから別々に帰ることにした。
帝国の1つ、バルメイアの不振な動き。伝説級の魔神とはいったい……。
ゼオルクの街に、暗雲が漂い始める。
ってなことで今回は如何だったでしょうか?
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