第42話 好きだからこそ離れたい<和也side>
その日。俺、美羽、沙耶は、俺達が通っている学園の正門の前に立っていた。
学園の名前は、"都立聖十字学園"。
この学園は美羽以外にも多くのタレントや俳優が通っていることで有名だ。
そしてこの学園で美女ランキングTOP3の2人が正門に立っているだけでかなり目立つ。
1人は歌姫の愛称で親しまれている美羽。
もう1人は次代のアーチェリー界を担うとされている沙耶。
この2人が正門に立っているだけで、自然と視線を集めちまう。
その横には俺だ。
何時もなら美羽と沙耶の周りには他の生徒連中が集まんのに、今日は集まらない。
なんせその横に俺がいるからな。だから周りの連中は俺を怖がって殆ど寄り付きやしねえ。
来るとしたら女子連中ばかり。
でも今日は俺の側に美羽と沙耶がいるからなのか、誰も来ない。
まっ、めんどくさくねえからいいか。
「遅いな……」
おもむろに時計を見ると、予定より12分遅いからそう口に洩らした。
「もう少しで出てくるでしょ」
美羽は両手を後ろで組み、馬鹿3人を待っている。
「も〜、私飽きて来た〜」
沙耶はつまんなそうにその場でしゃがみ、両膝を太ももの上に置いて頬杖している。
そこへ、とある女子生徒が俺に声をかけに来た。
美羽と沙耶は思わず動揺していたが、直ぐに姿勢を正して挨拶する。
「こんにちは、カズ君。学校休みなのに今日はどうしたの?」
とても穏やかな春を感じさせる様な存在で、声を聞くだけでどこか落ち着く。
「憲明と一樹とヤッさんの3馬鹿が今テストを受けてるから、それを待ってんですよ」
けど俺は普段通りの態度を取るが、正直この場に居たくなかった。
「んふふ。ほんと、羨ましいくらい仲が良いんだね」
少女は口の前に軽く握った左手を持って行き、微笑む。
その瞬間、俺は思わず見惚れてしまった。
美羽と沙耶が、そんな俺を見て少し暗くなっているのが分かる。
「先輩こそどうしたんです? 別に部活に入ってる訳じゃないでしょ」
俺がそう質問すると。
「……うん、今日は生徒会で来ていたの」
俺が先輩と言うと、その言葉に顔を曇らせたが、また明るい顔になり、何故ここにいるのかを説明してくれた。
……そして。
「ねぇ、カズ君は何時になったらまた、昔のように私を名前で呼んでくれるの?」
……寂しげな目で微笑み、俺を見つめてそう言った。
やめてくれ……、もう、昔には戻れねえんだよ……。
「出来る訳無いでしょそんな事。今は昔とは違うんだ。ましてや俺は名前で呼んでくれと頼まれた記憶がありませんからね」
……昔みたいに呼びてえよ。
「それに俺は先輩と仲良くしようとだなんて考えたくも無いから、正直目障りでもあるんですよ。だからこれ以上は俺に近づかないで欲しものです」
……嘘だ。
本当ならもっとアンタと話したい……。
「だって先輩はもっと自分の立場を考えた方が良いんじゃないですか? 俺と一緒にいたら迷惑になるんじゃないですかねぇ? "龍巳"生徒会長?」
俺は冷たい言い方で突き放そうとした。
龍巳桜。
身長は160センチちょいの痩せ型で、歳は17歳。俺達の2学年上になる先輩だ。
その名の通り、まるで春を感じさせる様な存在。
髪はパーマをかけたショートボブに、右側の髪に桜の花弁の形をしたヘアピンを1つ付けている。
……まだ、付けてるのか。
そしてこの桜こそが美羽や沙耶を抑え、学園の美女ランキングの頂点に君臨し、学園の生徒会長を勤めている。
その愛らしさと美しさに、男子生徒のみならず多くの女子生徒からも人気がある。
……俺にとって本当は、他の誰よりも最も大切な女性だ。
けどそんな桜に、俺は冷たくすることしか出来ないでいる。
「カズ、そんな言い方……」
美羽は余りにも冷たい言葉だからか、桜が可哀想だと言いたそうな目を向ける。でも、俺の本当の気持ちを知っている美羽は、とても悲しい表情で俺を見る事しか出来ない。
それは沙耶も一緒だ。沙耶は目にうっすらと涙を滲ませて、美羽の後ろに回るとその両肩に手を置き、顔を隠した。
なんでお前らが俺以上に悲しくしてるんだよ……。
「ご、ごめんね……カズ君……」
桜は肩を震わせ、涙が出てこない様に必死に耐えいるのがよく分かる……。
そんな桜が余りにも可哀想だと2人は思うかも知れねえが、俺と桜は生きる世界がまったく違うんだ。
かろうじて美羽はなんとか俺の住む世界に足を踏み入れる事が出来るけどよ、彼女の場合そうじゃ無い。
「私……、カズ君の……、邪魔になるよね?」
流石にその言葉はこたえる……。
けど、俺は必死にその感情を押し殺していた。
「ご、ごめん……なさい。私ったら……」
我慢出来なくなったのか、遂に桜の目から涙が溢れ出してきた。
「あれ……? どうしてかな? な、涙が止まらない……」
「っ!」
俺は口の隅を血が縮み出るほど強く噛んだ。
俺だって好き好んで冷たく言ってる訳じゃないんだ……。
「ご、ごめん……ね」
「……いえ」
桜の気持ちが痛い程分かる……。
何故なら俺達2人は……、本気で好きあっていたから……。愛し合っていたとも言える。
他の誰でもない桜だから、俺は好きだった……。
もし、俺が一般の家庭に産まれていれば。
もし、桜と俺が普通に愛しあえる家庭に産まれていれば。
ここまでお互いが苦しまなくて済んだんじゃねえかと思える。
「ねぇ、カズ君」
「はい」
桜はどうにか涙を止め、再び俺に顔を向けると、その顔は何かを決意した顔をしていた。
「一つ、私の我儘を聞いてくれないかな」
「我儘、ですか。なんです?」
桜は目を瞑り、軽く深呼吸した後、口を開いた。
「今ここで私と……、最後の勝負をして」
なっ?!
桜の目は本気で、俺は驚いて思わず後退りしそうになった。
「先輩、冗談ですよね?」
俺は顔を引き攣らせながら訪ねた。
「私は本気だよ?」
美羽と沙耶は桜を止めようとする。何故なら彼女の心臓は去年移植された心臓だ。
移植されたから後は普通に暮らせるとは限らない。
移植された後、拒絶反応を引き起こして死ぬ事もある。
だから桜の体が完全に普通の体になった訳じゃ無い。
だから俺は桜と勝負する事を躊躇った。
「お願い。私の、最後の我儘を聞いて。カッちゃん」
カッちゃん。それは桜だからこそ許した俺の愛称。
その呼び名と良い、最後の我儘と言うのは、なんともズルい……。
「分かりましたよ。いや……。分かったよ、サーちゃん」
「っ!」
俺は我慢できず、もの悲しい顔で桜の目を見つめ、サーちゃんと呼んでその想いに応えた。
桜はまた泣きそうになり、それを押し殺して俺……、俺を睨む。
「それじゃ、昔のように賭けもしよ」
「賭け? あぁ……、アレか……」
桜はカバンから紙を1枚出すと、そこに何かを書き始めた。
それを見た俺も懐に入れてあるメモ帳を取り出して同じ様に書く。
書き終えた紙を何度か折り畳み。それを美羽に手渡した。
美羽もそれがなんなのか分かっている。だから桜が書いた紙を右のポケットに、俺が書いた紙を左のポケットに入れた。
「準備は良いかな?」
「何時でもいいぜ?」
そしてグランドのど真ん中でお互い睨み合う。
すると俺達2人の周りには多くのギャラリーが集まっていた。