第33話 堕悲懺悔
アリス達の様子が急に変わったので、俺は緊張した顔でカズに視線を向けると。
「シッ……、コイツらには"感覚強化"のスキルがある。だからそのお陰で嗅覚が鋭くなっているから反応したんだ。恐らく半径数キロ以内で何かを察知したんだな」
「数キロってマジかよ……」
俺はアリス達の鼻の良さにビックリし、アリス達の方へと視線を向けた。
「どうしたアリス? 何かいるか?」
カズがアリスにそう聞くと。
<クルルルッ、クルッ、グルァウ! グルァウ! グルァウ!>
アリスが大きく吠え始め、ヒスイとダリアも同じ様に吠え始めた。
「確定だな。近くに何かヤバいのがいる」
カズはゆっくりと立ち上がり、辺りを警戒しだした。
「なんで分かるんだ?」
俺も立ち上がり、何が来るのか若干不安になりつつも。警戒する為、腰に刺した剣に手を伸ばす。
「何でだろうな? だが俺には分かる」
「場所はどこだ?」
「待ってろ、今俺のスキル、"魔物探知"で探る」
そう言うとカズは目を瞑り、スキル"魔物探知"で周囲にどれだけ危険なモンスターが現れたのか探り始めた。
探り始めて数秒後、カズはニヤリと笑い。そのモンスターがいる方向を指差す。同時にアリス達も同じ方向に顔を向け、低い唸り声を上げた。
「こっちに向かってくる奴が1匹いやがる」
「どんなモンスターか分からないのか?!」
「分かるぜ? コイツぁ珍しい、ランクBからAの超激レアモンスターだ。種族名は"デーモンズ・ベアー"。久しぶりに全力で相手をしなきゃ俺でも負けちまう。距離、500」
「えっ?! BからAランク?!」
ランクを聞いて美羽は動揺した。
「カズでも勝てない様な相手なの?!」
「だから全力出さなきゃ勝てねえって言ったろ? つまり全力を出しゃ勝てる相手だ。それにそのモンスターがなんでBからAランクなのか、後で教えてやる。距離、450」
すると、だんだん木をへし折る音、薙ぎ倒す音が大きくなって来る。
住処にしていた木を折られたからか、大量の鳥達が騒ぎながら飛び立って行く。
カズは懐からタバコを出し、火を付けて吸い始めた。
いやいやいや! 実は余裕なのか?!
そして腰にぶら下げていたデュアルを装備し、ゼイラムに今まで以上に魔力を注ぎ込み始めたのが俺達でも分かる程だった。
凶々しい赤黒い魔力がまるで火花を散らしている様に、音を立てながらゼイラム全体に魔力を帯びているからな。
そしてカズの赤い左目が光だし、赤い光の軌跡を作り出す。
「おいお前ら、下がって見てろ。アリス、ヒスイ、ダリア、お前達もだ。はぁぁぁ……、後、150」
カズの体から凶々しい赤黒いオーラが漂い始め、俺達は強烈な寒気を感じた。
次に、カズはいきなり右手で後方へ裏拳をすると、直ぐ真後ろで空間が砕かれ、そのまま回転する形で左手をその中に突っ込むと中から一本の刀を取り出し、そのままもう一度回転しながら何時でも抜刀出来る構えになる。
その構えは独特で、まるで挨拶するかの様に立って腰を曲げ、右側を相手に向けている。
「なんだよ、あの構え」
それは余りにも不思議な構えだったから俺は思わず口にしていた。
「後、50」
最早目と鼻の先にそのモンスターが来ているのが音の大きさでわかる。
そしてついにデーモンズ・ベアーと呼ばれるモンスターが姿を現した。
赤い目が6つ、頭や体に角やカギ爪の様な形をしたトゲが生え、体は真っ黒で胸には何やら魔法陣の様な大きな模様がある、体長約6メートルの巨大なクマ型のモンスターだった。
そして特徴的なのは、トゲ棍棒の様な太い腕が四つ。
<ガアァァァァァァッ!!>
デーモンズ・ベアーが走って2本の腕でカズを殴りかかる。
「うっせぇデカブツ」
ゆっくりと鞘から刀を抜き始めると、それは一瞬の出来事で見えなかった……。
デーモンズ・ベアーの攻撃が直撃したかと思うと、カズはいつの間にか赤い左目の光の軌跡を靡かせ、その真後ろで刀を構えていた。
<ガルアァ?!>
直後、デーモンズ・ベアーの2本の右腕から血が噴き出す。
次に、カズはまた刀を鞘に入れると、デーモンズ・ベアーに向かって真っ直ぐ倒れる。
「カズ?!」
「え?! なに?! なんで?!」
何でいきなり倒れるのか意味が分からない俺と美羽は思わず青ざめた。
けど倒れたと思ったら姿が消え、また何時の間にかデーモンズ・ベアーの真後ろで片膝を地面に付け、刀を鞘に入れている状態だった。
刀が完全に鞘に収まった瞬間、今度は両足の足首から血が噴き出し、デーモンズ・ベアーはたまらず音を立てて前のめりに倒れた。
その姿はまさに懺悔してるように。
<ガッ?! ガアァァァッ!!>
「す、凄え……」
「速過ぎるよ……」
その凄さに俺と美羽は唖然とした。
デーモンズ・ベアーが一瞬カズを見た瞬間。今度は、カズはそのままの形から一瞬にしてデーモンズ・ベアーの目を斬った。
その時、俺はようやく見えた。カズが斬る瞬間、一回転して斬ったのが見えた。
デーモンズ・ベアーはそれで左目を2つ斬られ、左手で顔を抑えながら地面の上で転がって苦しむ。
<ガッ?! ガァア?! ガアァッ!!>
「散れ……。……"堕悲懺悔"」
<ガッ……>
後ろ向きのまま、カズは刀でデーモンズ・ベアーの下顎から脳を貫き。デーモンズ・ベアーはその最後の一撃で絶命した……。
後から聞いたけど、カズの一連の流れに寄る攻撃技。それが、堕悲懺悔。
余りにも実力が違い過ぎる……。
けど、俺はその時思い出した。カズはBランクのディラルボアを簡単に倒し、その後は同時に2匹、魔法による攻撃で倒している。しかも一撃で。
カズのステータスプレートはBランクになっていたけど、そのランクと実力が全く合っていなかった事も知っている。
それは俺だけじゃなく、美羽や一樹、ヤッさんに沙耶も一緒だった。
カズは全力を出さなきゃ負けると言っていた。じゃぁディラルボアの時も全力だったのか?
……いや違う。そうじゃねえ。
ディラルボアの時とデーモンズ・ベアーの時とは雰囲気が全然違う。
たぶん……、わざとそんな事を言って、自分が軽く本気を出したらどうなるのかっていうのを教えてくれたんだと思う。
まっ、カズは不器用なところがあるから仕方ねえのかもしんねえけど。
サンキューな、カズ
その事を俺だけじゃなく、全員が気づいたと思う。
「ん? なんか言ったか?」
「「いや全然」」
「ん?」
やっぱ俺の感は当たってたみてえだな。
その後、俺達はカズに教わりながらデーモンズ・ベアーの毛皮をなんとか綺麗に剥ぎ取り。肉の解体の仕方等も教わる。
「そういやカズ。なんでコイツはBからAランクなんだ?」
俺はカズが後で教えると言っていた事を聞いた。
「あぁそれはな。コイツの強さは本来Bランクなんだ。だが何故Aランクにもなるのか? それはコイツが超激レアモンスターだからなんだ。それとコレだな」
カズは満面の笑みで俺達に、更に説明をしてくれた。
「モンスターのランクってのは何も強さだけで決まる訳じゃ無い。その希少価値で変動する。ちなみにアリス達が何故Cランクなのかって言うと。あの時の場合、その強さとかで決められてしまっているからなんだ。だから野生個体に関してとなると、ランクがまた変わってくる」
ってことは、アリス達は既に捕獲されていたからその強さでランクが決まったのか?
「ちなみにコイツの肉はな、ちゃんと下処理しないと臭みが凄いんだがちゃんと下処理すれば、コレがまた美味えんだよ」
ほほう?
「だがコイツを見つけたくてもそう簡単には見つからない程の超高級食材でもあるんだコイツは。だからAランクでもあるのさ。コイツと出会う事事態が余りにも難しいからな。下手をすればその希少価値だけを考えたら、Sランクにもなりかねない程だ」
「ま、マジか!」
俺はそれだけ超激レアなモンスターだからこそ、AランクかBランクなのかと驚いた。
「マジだよマジ。しかもコイツの骨とかは良い武器の素材にもなる。内臓なら高級な薬の素材。だから捨てる部分が無いんだ」
「幾らぐらいするんだ?」
「ん? まあその年の相場にもよるが、だいたい100グラムで大銀貨2枚にはなる」
「へぇ。それって、あの街でだよな?」
「いや、コイツの相場はどこも一緒だ。だからどっかの店に売ればそれだけ貰える」
「なかなかいい金になりそうだ」
「だろ?」
俺達2人はお互い悪い顔で微笑んだ。
「えっ? 骨と内臓は幾らするの?」
そこで美羽も疑問に思った事をカズに質問した。
「まぁ大体は一緒だった筈だ」
「曖昧だなぁ」
美羽は曖昧な答えに呆れた。
「コイツはなかなか良い肉をしてるから、恐らくAランクになりそうだな。いい感じの肉だし、内臓と骨を入れた重さで大体2100キロって所か?」
全体の重さが曖昧でも、約2100キロであるならその売値は……。
俺達は全部売った場合の金額を計算し、出た数字に驚愕した顔でその場に立ち尽くす。
「よ、よ、よ……」
「ん? どうした?」
「4……億……?」
「まあ骨や内臓とかも全部売ったらそのぐらいの額にはなるかな。コイツ自体がレアモンスターでなかなか出会うことが出来ない。だからコイツを討伐して街に持って行っただけでニュースに成る程だからそれだけの大金が動く」
「お、おま、おま」
「ん? オマル? 馬鹿が、やめろよなこんな所で、ガキじゃねえんだ。そんなにしてえなら向こうでしろ」
「いや違うし! お前、億になるんだろ?!」
「だから全部売ったらそんぐらいにはなるって言ったばかりだろうが。何を聞いてんだこの馬鹿が」
「いや、お前、お前、凄すぎるって言いたくてよ」
「あ? なんでだよ」
「だってお前……、売ったら億にもなるモンスターを簡単に倒しちまったんだぞ?! それでいいのか?!」
「何が言いたいのかさっぱり分かんねえよ。取り敢えずさっさと手伝え。早くしねえと鮮度が落ちてそれだけの金額から一気に値段が下がっちまうぞ」
ハッ!
その瞬間、俺達は猛烈な働きぶりをカズに見せ。俺達の頑張りで解体は予定よりも早く終わらせる事が出来たと、カズは喜んでくれた。
「よし、今夜早速コイツを食うぞお。これからその晩飯の下準備を軽くしておく。だからもう少し休憩しておけ」
「い、いいのか?」
「別に構いやしねえよ。どうせコイツは俺が倒したモンスターなんだぜ? それを俺がどうしようが俺の勝手だろ?」
その時、俺達は気づいてしまった。
確かに食いたい。
でも、自分達に金が入って来ないんじゃないかと言う事実に気がついてしまった。
「は、はは……、ですよねえ……」
最早笑うしかなかった……。
「あぁそうそう。例え俺が倒したにしろお前らは俺のパーティメンバーだからな。ちゃんと今回の取り分はあるし。しかもデーモンズ・ベアーって言うボーナスもあるから楽しみにしててくれな」
その瞬間、俺達の頭の中でハレルヤ・コーラスが鳴り響き。天にも昇る気分となった。
か、神だ、お前はまさしく神だ!
俺はお前とダチになれて本当に心から感謝する!!
だってよ、少なからず一人につき数千万と言う夢の様な大金が入って来るんだぜ? そりゃ喜びに包まれるって!
「あっ、そういやこの間お前らに買ってやったモンスターの代金は引かせてもらうからな?」
そりゃ当たり前のことだよねぇ。当たり前であるが故に軽く涙が出てくる……。
だがしかし! それでもまだまだ余裕があるので再び喜びを噛み締められる!
「"バーゲスト"で白金貨3枚。"カーバンクル"で白金貨1枚。"ロックタートル"で金貨8枚。"ブラックスコルピオ"で金貨5枚。魔導書で1人頭白金貨1枚。わかったか?」
「「あぁ、はいぃ……」」
まさか自分達のモンスターがそこまでするとは思っていなかったから、少し落ち込んだ……。
けどよ、裏を返せばそれだけ価値があると言うことでもあるんだし、俺達は気を取り直して喜びを噛み締めることにした。
熊肉が食いたいですねぇ。皆さんは食べたことありますか? どうもYassieです。
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