第331話 夢に溺れたい
どことも知れない場所に、和也と美羽の2人の姿があった。
……いや、どことも知れないと言うのは少し違う。
その場所には満点の星空が見え、その空には不気味な皆既月食ともとれる黒い月が浮かんでいる。
「ねぇカズ、今、何時かな」
「11時を回ったとこだ」
「……もっと一緒にいたい」
「叶えてやりてえが無理だ」
「……わかってる」
肩を寄せ合いながら座る2人の姿はどこかせつない。
お互い愛し愛され、互いに殺し合わなければならない愛しい存在。
美羽としては和也を倒し、永遠に結ばれたい。その願いを成就させる為に美羽は、一度別れる選択を取った。
和也はその事に気づいてるからこそ、それを承諾した。
だが和也の本心は違っていた。
和也は、このまま美羽を連れて行きたい気持ちがあるが、今更それをすれば逆に美羽の怒りに触れると思ってそれが出来ないでいる。
だが例えそれが出来たとしても、きっとゼスト達が良からぬ事に美羽を利用するんじゃないかと心配してしまう部分があった。
和也は知っている。
ゼスト達が美羽に何をしようとしていたのかを。
「……2人きりだね」
「そりゃそうだろ、ここには俺達しかいないんだから」
「この世界で2人だけ。なんか、それも良いね」
「……なぁ美羽」
「ん? な~に?」
「……あの時は悪かった」
「もぅ怒ってないよ。だって、会いに来てくれたんだから」
そこで美羽は横になり、和也に膝枕をしともらうと優しく微笑み、和也の手を取ると両手で頬に当てる。
「カズの手、あったかい」
「ふっ……」
触れる手の感触、温もり、そこから伝わって来る和也の優しい心、それら全てが美羽にとって何よりもかけがえのない世界。
だからこそ美羽はより強く、それを取り戻す為に和也と戦う決意を固めた。
愛する者を殺す決意を。
だが今の時間にそのような話は無粋。
今は何より、2人でいるこの時間を大切にしたいと思っている。
「今度会えるのは春になるんだっけ?」
「そうなる予定だ」
「……アナタが何処にいようと、今度は私が会いに行く」
「あぁ、会いに来てくれ」
「その時はステラ達も一緒」
「大歓迎だ」
「……ずっとこうしていたいなぁ」
「俺もそう思う」
美羽の目に写るは和也。
しかし、彼女の目にはまた別の存在も見えていた事に和也は気づく。
「……その目、お前には今、何が見えてる?」
「……邪魔者。あ~あ、せっかく2人っきりの時間だったのに、なんで今になって出てくるかな。でも出てきたなら丁度良いかも……、私、絶対アンタだけは許さないから」
"支配眼"。
それはその目で支配する事が出来るものであれば支配してしまう力。
彼女の場合、可能な限りの「未來」、その目で見る事が出来る「存在」、時には相手の体や心すらも支配してしまう正に最強クラスの究極能力だろう。
だが彼女はその力が究極能力だとは気づいていない。
故に、そんな彼女だからこそ和也の影に隠れている真なる敵を見る事が出来た。
「……消えちゃた」
「……消えたなら今は気にすんな、俺だけ見てろ」
「ふふっ、ちゃ~んと見てますよぅ?」
「んなこと言って俺以外の奴見てたのは誰だ~? ん~?」
「キャー! あははっ! きゃはははは! ゴメン! ゴメンって! あーーっ!」
まるでお仕置きだと言わんばかりに和也は美羽の脇腹をくすぐり、美羽と一緒に笑う。
「ひーっ! ダメ! そこは! あーーっ!」
「反省したか?」
「反省! 反省したからもうやめて!」
「よし」
「もーっ! 脇腹は弱いって言ってるのに」
「だからこそだろ」
「意地悪。あっ、そう言えばね?」
美羽は憲明とイリスの関係について話、それを聞いて和也は穏やかな表情を浮かべる。
その時の和也は2人が仲良くしてる事に、とても満足していた。
喧嘩もするだろうが心配はいらない。
あの2人なら何時までもずっとお互いを想い合えると信じているからだ。
「でもビックリだよね、あのイリスとノリちゃんが恋人になるなんて、今でも信じられない」
「そうだな。お前が俺を選んだように、人ってのはどこでどう人生が変わるかわかんねえな。アイツらが幸せになってくれりゃ良いんだが」
「私ね、カズに出会えて幸せだよ? だからノリちゃん達も幸せだと思う」
和也の頬に触れ、美羽は優しい笑みを浮かべる。
和也としても幸せを感じているのは間違いない。
「……ねぇカズ」
「ん?」
「私を見て」
「……見てるよ」
「うん」
それから美羽は残り少ない時間、和也と抱き締め合う。
別れる選択を出したとは言え、それはお互いのこれからの事を考えての選択であり、嫌いだから別れる訳では無い。
逆に好きだからこその選択。
故に彼女は選択する。
「ねぇカズ、お願いがあるの」
「なんだ?」
「カズを倒すその時まで、……私の中からカズを好きだった記憶を消して」
そう言われ、ギュッと美羽を抱きしめる和也の手に力が入った。
「……お願い」
「なんの為に……、いや、そうだよな……」
もしかしたら和也の言う真の敵である、和也の中にいる者に美羽は負けるかもしれない。そうなればそれは死だ。
和也ならまだ甦らせる手立てはある、しかし、恐らくそれは出来ないだろう。
故に美羽は和也が好きだと言う記憶を消してほしかった。
和也を取り戻す為とは言え、いざその時が来たら美羽は手を緩めてしまうかもしれない。
……それを美羽は危惧していた。
「好きだよ? でもね? 分かってほしいの」
「……分かってるさ」
「……そんな怖い顔にならないでよ」
苦しい。分かってるからこそ悩み、それが表面に出てしまう。
「これはね? カズを取り戻す為に必要なの」
「分かってるって言ってるだろ……」
「ほら……、もう、時間が無いよ?」
「クソッ!」
怒り混じりの悲しみに、和也の体は震え、涙を浮かべる。
和也としては到底容認する事は出来ない。
なぜなら、愛してくれているならそれを力に変え、必ず来てくれると信じる事が出来るから。
だが美羽は違う。
好きだからこそそれが邪魔をし、和也とまともに戦う事は勿論、その時が来たら倒す事に躊躇してしまうんじゃないかと思っている。
「……お願いカズ」
「ここでそんなふざけた事言いやがって……」
「カズと付き合ってた記憶、それが夢だったと思っていたいの」
「クッ……、お前は馬鹿だよ美羽、大馬鹿だ」
「うん、知ってる」
「クソッ! だったら俺を倒したらちゃんと記憶が戻るようにしてやるよ!」
「うん……、ありがと」
「必ず来い! じゃなきゃ記憶を戻せねえぞ!」
「わかった、カズ……、大好き」
改めて美羽は唇を重ねる。
そして、そのまま和也は"変換"の力を使う。
「(ありがとうカズ、大好き、大好…………)」
重ねる唇が離れ、美羽はそのまま眠りについた。
「……今はゆっくり眠れ。美羽……、俺もお前が大好きだ……。だから、いつまでも夢に溺れて寝てんじゃねえぞ? ……出てこい八岐大蛇」
呼ばれ、美羽の影から八岐大蛇が顔を出すと。
「憲明を呼んできてくんねえか?」
<承知した。しかし、それで本当に良かったのか? 本体が送ってやったら良いのではないか?>
「……下手に送っていってみろ、俺はコイツの記憶を戻しちまうかもしんねぇ。んなことしたら美羽にブチギレられちまうよ」
<くははっ、美羽ならそうするな。待ってろ、憲明がバイクに乗って急いでここに来る>
「……ありがとな」
<……本体と美羽の為だからな、我が出て送ったところで迷惑しかかけんよ>
「んなことねえと思うが」
事実、下手に八岐大蛇が外に出れば余計天候がおかしくなり、酷くなる恐れがある。
これまで出てこれたのは美羽が制御していたからだ。
だからと言って現状の天気を操作する事が出来ない理由がある。
「んじゃ出るか」
今までいた空間が割れ、砕け散って外の世界に出る。
ーー 東京スカイツリー展望台 ーー
「んじゃ少し待つか」
"ゼイラム"で懐からブラックデビルを出して火を着けて吸い、和也は美羽を両手で優しく、お姫様抱っこをしながら憲明が来るのを待ち、外を眺める。
「……今日は良い雨だよちくしょう」




